絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む

すべてのカテゴリ

2 件中 1 - 2 件表示
カバー画像

嫌われる努力

心理カウンセラーのアヴニールです。 「嫌われる努力」をしてしまう人達がいるんです。 無意識な行動だけれど 相手が拒絶するまで何度でも シツコクつっかかっていったり 相手が嫌がる行動をしたりします。 例えば、 「私と仕事、どっちが大事なの?」という 質問を何度も何度も繰り返して 相手が怒り出すと「ほら、やっぱり私は大事じゃないのね」 と納得する。 例えば、彼のことが大好きなのに 全然好きでもない人と浮気する。 浮気に気がついてくれない彼に対して 「私の事、大事じゃないから気がつかない」と思う。 彼にバレて怒られると 「私の事、大事じゃないから許さないんだ」と思う。 最初のうちは相手も許そう、 理解しようとしますが、 段々と嫌になってきます。 そして突き放されると 「あっ、やっぱり私は嫌われるんだ」と 納得してしまう。 自分では、 「幸せになりたい」 「愛されたい」 と思っているのに どうして、そんなことをしてしまうのか。。。原因は、 子どもの頃に親から受け取った 禁止令かもしれません。 例えば、 「あんたさえいなきゃ、私は○○できたのに」と 言われていると 「私は、いない方がいいのかも」 「私のせいで、ママが辛い思いをしてしまう」と 思い込んでしまいます。 例えば、 「余計なことしないで、ジッとしていなさい」と 言われていると 何をして良いのか、わからないまま 大人になってしまいます。 親にとっては、しつけだったり 軽い気持ちで言ったことだったりしても 子どもの受け止め方で 強い禁止令になって、大人になっても そのままということがあります。 禁止令を解除することはできます。 スィ
0
カバー画像

他人のルールが私の中で鳴り響く

誰かを見てイライラするとき。それは相手が悪いというより、自分の中に居座っている「他人のルール」が警報を鳴らしているだけかもしれません。たとえば、仕事をのんびりやっている人を見て「早くしろ」と腹が立つ。ここで、怒りの正体を切り分けてみます。その人の遅さのせいで、あなたの作業や調整が増えている(実害がある)なら、それは感情ではなく「コスト」の問題です。淡々と境界線を引けばいい。負担の再配分を求めればいい。一方で、実害がないのに、ただ腹が立つ。その場合それは正義ではなく、あなたの中に住み着いた「誰かの声」が反応しているだけです。子どもの頃に「早くしなさい」「ぐずぐずするな」と急かされ続けると、急ぐことは「必要な能力」になります。それは同時に、「命令」の形で心に残る。そして時間が経つほど、その命令は当たり前になり、いつの間にか「自分の主義」へと擬態していきます。だから、のんびりした人を見ると、のんびりだけでは済ませられない。「時間がもったいない」「やる気がない」もっともらしい正論をまとわせて裁きたくなる。相手が間違っているからではありません。あなたの中で「ゆっくりしてはいけない」という禁止の声が、今も生きているからです。ここで必要なのは、相手を諭すことでも、説教でもありません。自分の中のルールに、確認を取ることです。「これはコストか。 それとも禁止の声か。」言葉を投げる前に。振り上げたくなった手は、相手ではなく自分を縛る「構造」へ向け直す。主権を取り戻すとは、そういうことです。禁止の声に気づくのには、後悔も反省もいらない。ただ気づいて回収していくだけです。
0
2 件中 1 - 2