■核保有における思想リテラシーとは
流れに入ったので、今回は核保有についてお話をさせて下さい。今回もまた、とても受け入れ難い内容になると思います。
【核を持つのか持たないのか】この問題は、何処まで行っても思想リテラシーの領域になります。
「理想的にどうするのか。」「現実的にどうするのか。」
この2点で意見が別れるのです。
⇒「平和を維持する為にこそ核を持つべきだ。」
⇒「いや、そもそも核を持っていたら真の平和なんてない。」
⇒「いや、現実的に核を持たないと日本はいつか滅ぼされる。」
こんな具合です。
では、そもそも核を保有している国とはどんな国なのか。
歴史的に見ても、何処からどの角度から見ても、悪の枢軸です。
つまり、悪の世に則った上で物を言えば、核を持てば優位にも立てるし、対等な扱いを受けられる可能性を持つ。ですが、核を持つということは、悪に対抗し、悪の心に加担しなければなりません。どれだけ綺麗ごとを並べても。
それはつまり、悪人に対して、外交や戦争や人の命を天秤に掛け、似非平和を保つという世界線になります。【賛成派】
現実的に悪が牛耳っている世界。
日本も核を持とうじゃないか。
持たなければ日本の平和も保てないのだから。
【否定派】
世界で非核条約を結べばいい。
核や生物兵器を作らせなければ良い。
作ろうとしたら無期懲役にすれば良い。
お解りの通り否定派の意見は実現されない訳です。つまり「現実的」に、巨悪と対抗する為に核を持つのかといったお話。(非核三原則や核不拡散条約、日米原子力協力協定の話は省きます)ノーボーダーでも取り上げられていましたが、パールハーバー以前に、日本でも核開発をしていたそうです。開発に
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