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幸せは、探すものではなく感じる心を持つこと

1回目の結婚をする前までは、自分がどのように生きたらいいのか本当は何がしたいのかよくわからなくて人生の巨大迷路の中にいるような感じがしてずっと自分探しのようなことをしていました。同時に幸せも探していたように思います。道端でクローバーを見つけたら四つ葉がないか探してしまうこともありました(´∀`*)ウフフその頃は自分に恵まれたものは当たり前だと思い感謝をすることもせず、足りないものばかり求めていたのでしょう。ただどれほど恵まれた環境にいても満たされないと思う人は存在するので、何を手に入れられたから幸せというわけではないのですね。探しても見つからないもの、それが『幸せ』です。芸能人でたまに昔の貧乏だった頃の話をあっけらかんと明るく楽しそうに話をしている人がいますね。もちろん現在は有名になり、物質的にも気持ち的にも満たされているからこそ過去のことを明るく語れるのだと思いますが、どういう状況でも工夫をしながら何か楽しみを見つけたり物事を前向きに捉えられる人だからだと思います。人から見て幸せそうかどうかではなく、自分が幸せと感じられるかどうかそういう心の状態を保てるかどうかが大事。私の友人にもいますが、誰もが羨むような恵まれた人生を送っているのに年齢を重ねるにつれて違和感や疑問を持ち始め、満たされない思いを抱えて生きているとしたら、これまで信じて来た世間一般的な『幸せ』と、自分の求める『幸せ』が違ったのではないでしょうか。結婚をしてマイホームを購入し、可愛い子供に恵まれお金に困っていなくても本人が幸せだと思えないのなら幸せじゃないのでしょう。逆に裕福ではなく慎ましい生活だったとしても日々
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しあわせになりたい

「しあわせは、なるものではなく感じるもの」 と言った人がいた。 それでも多くの人は、「しあわせを感じたい」と言わず、「しあわせになりたい」と言う。「しあわせになる」ためには、昇るべき階段がある。軋む階段はひとつひとつの試練や苦労をイメージさせ、しあわせは上に行かないと、苦労を克服しないと見られない頂上の景色とされてきた。足元に小さな「しあわせ」があったのに、階段の上ばかりを見ている。だから、足裏に触れる温かな感触を感じることができなかった。「しあわせ」は階段の上だけにあると信じ込んでいた。 でも、それは違うんじゃないか?「しあわせ」という言葉の元々の意味を調べてみた。 「しあわせ」は「仕合わせ」であり、良いこと悪いことのめぐり合わせであるという。中島みゆきの「糸」にも、この「仕合わせ」が書かれている。縦の糸はあなた 横の糸は私 逢うべき糸に 出逢えることを人は 仕合わせと呼びます「仕合わせ」は良いことばかりじゃない。めぐり合わせを受け入れて、すべてを感じることだと思う。 そして、この「めぐり合わせ」も一生の中で割合があるという。悲しい時はシクシクと泣く  4×9=36 嬉しい時はハッハッと笑う   8×8=64合わせて人の一生は100になる100%、「幸せ」でいることはない。 だから、36%の不幸せの中にいると「自分は不幸だ」と感じてしまう。 そのとき、64%の「しあわせ」を忘れている。過去、どれだけ「幸せ」であったかも都合よく忘れている。 「しあわせになる」とは、その時の「しあわせを感じる」ことだと思う。 足裏に触れる温かな感触を思い出すことだと思う。「人生プラスマイナスし
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