絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む

すべてのカテゴリ

5 件中 1 - 5 件表示
カバー画像

内なる神の王国? 聖なる物語に秘められた心身の図像

私たちの「かたち」を象徴する物語、その奥に秘められた意味イエス・キリストの物語は、2000年以上にわたり、西洋文明の礎として語り継がれてきました。誕生、教え、奇跡、そして受難と復活。この物語は、多くの人々にとって信仰の核、道徳的な指針ともなってきました。でも、もしこの物語が、「一人の人物に関する歴史的な記録」だけではないとしたらどうでしょうか。もし、これが私たち一人ひとりの中に存在する、心身のプロセスを象徴する「聖なる寓話」だとしたら・・・?時代と文化を超えて響き合う、救世主の物語太古の昔から、人類が語り継いできた物語の中には、驚くほど似たテーマやヒーローの姿があります。これらは、私たちの奥深くに刻まれた、普遍的な「心のひな形(アーキタイプ)」だと考えられています。どの物語が優れているかを比べるのではなく、それぞれの物語の共通点の中へ、「自身の内なる真実」を映す鍵を見つけることができるかもしれません。このキリストの物語が持つ、中心的なモチーフ。奇跡的な誕生、聖なる日の祝い、12人の仲間、そして死を超えた復活――実は、他の古い神話や人体の象徴と深く共通しています。・ホルス(古代エジプト): 紀元前3000年頃神の愛で母イシスが宿した、光の子の物語。迫害を逃れて育ち、やがて天界の王座に昇る英雄の姿。・ミトラス(古代ペルシャ): 紀元前1200年頃岩から生まれ、冬至の時期に祝われ、命を分かち合う儀式を行った、宇宙の秩序を守る神の物語。・クリシュナ(古代インド): 紀元前900年頃神が人の姿で地上に降り立ち、暴君の魔の手から逃れて育ち、数多くの奇跡を行い、人々を導いた教えの物語。こ
0
カバー画像

トルコ空軍VSトルコ海軍?ギリシャとトルコの紛争

トルコとギリシャの国境についてよく揉めています、欧州側の両国の国境線は河を沿って決められていました。しかし、2020年この河の流れが変わりました、トルコ側に少し曲がりました。河を国境としている場合、河の中心線が国境となります、もし河の流れが大きく変われば両国で再度協議するのは普通です。今回はまさに大きく流れが変わったケースでした、通常両国で協議しなければなりません。しかし、トルコが強引に出兵し変わった部分占領してしまいました。もちろんギリシャはそのまま引く訳にはいかない。実は両国のこのような紛争がずっと続いてきました。1995年トルコの貨物船がわざとギリシャの島で座礁しました、ギリシャは助けてあげようと言いましたが、トルコは自分で解決すると断りました。しかし、この貨物船はトルコの国旗を掲げ、この船はトルコの領土と言い、そのためこの島もトルコの領土だと主張しました。もちろんギリシャは許すわけにはいかないので、双方とも大量な軍隊を集結して戦争する準備をしていました。最後はアメリカが調停して無事に終わらせました。ギリシャとトルコの紛争(希土紛争)は現代において相当珍しいケースです。両国ともにNATOに属していて、盟友とも呼べるはずですが、互い相当相手を憎んでいます。1974年、両国はキプロス問題で戦ったことがあります、すなわち1974年の希土戦争です。ある日トルコ哨戒機は一つ艦隊がキプロス外海にあると発見し、ギリシャ艦隊と思われたため指令部に報告しました。報告を受けた司令部は興奮のあまりすぐ戦闘機編隊を出させ、一連激しい戦闘の末、トルコ空軍が大勝に納めました。一隻軍艦を沈め、二隻軍艦
0
カバー画像

「ロシア美人と文通中~♪^^」

ドラトウーティ(こんにちわ~)^^;今、ちょ~ど「ロシア」の美人さんとメールで「文通中」じゃね。^^名前は「ナタリア」じゃ。住んでいるのは、「モスクワ」にま~、けっこう近い都市じゃ。だから、ヨーロッパにも近い街じゃね。^^いつまで、続くかわからんけど、一応英語でのメールなので、やっぱ「単語」がすぐには出てこないのじゃ。ど~する??ねえ~??彼女は、ロシアで「英語の先生」をやっているので、「あれ?すんごい大量の英文と単語もかなり高度なものが多いなぁ~。」って感じたよ。うぉ~!汗だくじゃぁ~!(^^;でも、現在のロシア情勢とかロシア女性の趣味とかいろいろと聞けて、たのしぃ~♪^^ちなみに好きな映画は「ショーシャンクの空に」とか「フォレスト・ガンプ」や「グリーン・マイル」なんかが好きらし~。社会派かな?!それと俳優では「レオナルド・デカプリオ」のファンじゃそ~じゃ。恋愛もので唯一の好きな映画は、「タイタニック」だという。なるほど。あ、前にも数名と「海外文通」していたよ。^^あれは、もう10数年前の「ギリシャのマリカ」じゃった。彼女は、たしか「アテネ」に住んでいたと思う。とても優秀で「英語、ルーマニア語、ドイツ語、フランス語?」だったか、そう数か国語を操(あやつ)り、仕事はジムの指導員をやっていたね。あれは「マーシャルアーツ」のトレーナーだったと記憶しております~♪^^彼女とは、1年くらいの文通じゃった。でもね~「ギリシャ行くことあったら、アテネで会おう」などという、ちょっと「ウフフ?」なことも約束したぜよ。・・・「アホかっ!?^^;」・・・そういえば、マリカがかなりギリシャの公務員や
0
カバー画像

「教育史点描~最後に残るのは「教育」である~①」

(1)「現代教育」の原点は「ギリシャ・ローマ」にある ①西洋文明はギリシャとローマを抜きに語れない「西洋哲学史は要するにプラトン哲学に対する一連の脚注にすぎない」(アーノルド・ホワイトヘッド) 「プラトンの呪縛」(カール・ポパー) 「ギリシア哲学はしかしヨーロッパの哲学にとってつねに故郷であり、思想が単に宗教的信念や世界観を越えて学としての哲学に高まるとき、ギリシア哲学と対話し対決することが不可欠の精神的営為となってくる。」(角田幸彦) 「征服されたギリシアは、猛(たけ)き勝利者を征服し、粗野なローマに学芸をもたらした。」(ホラティウス) 「ローマは三度世界を統一した(一度は武力で、二度目はキリスト教で、三度目はローマ法によって)。」(イェーリング)「アルケー」論~アルケーとは「万物の根源」のことを言います。 →「人間は万物の尺度である」(プロタゴラス~ソフィスト) →「アレテー」論(徳、本質。ソクラテス)~アレテーとは「国有の優秀性・卓越性」を指し、「犬のアレテー」「馬のアレテー」「眼のアレテー」「大工のアレテー」といった使われ方をします。 →「イデア(真実在)」論(プラトン) →「形相(エイドス)と質料(ヒューレー)」論(アリストテレス) ソクラテス~「ソクラテスより知恵ある者はいない」(デルフォイの神託)が出発点となります。 →「汝自身を知れ」(グノーティ・サウトン)~デルフォイ神殿に刻まれていた言葉で、ソクラテスが常に言っていたとされます。 →「無知の知」~ソクラテスは、人間の魂にとって大切な善美のことがらについて無知であることを自覚するからこそ、知を探し求めるようにな
0
カバー画像

食事と占い

占いは食事の世界にも深く根付いており、健康運や愛情運を高めるために食べ物や食事法を選ぶといった文化が、古代から現代まで多くの国々で親しまれています。特に食材そのものや食べるタイミングが運勢に関わると信じられ、占いによる食事指導が人々の生活の一部として定着してきました。ここでは、食事と占いがどのように結びついているかを、歴史的な事例や文化的背景を交えて紹介します。 1. 古代ギリシャの食事と占星術 古代ギリシャでは、食事と占星術が深く結びついていました。ギリシャの医師ヒポクラテスは、星の配置や季節の変化に応じて食事法を調整することで、健康と運気を保つことができると考えていました。例えば、特定の星座の時期には体調に合った食材を摂ることが推奨され、個々の体質や星座に基づく「食の占い」ともいえるアプローチがなされました。このように、健康を保つための占星術と食事法が融合した形で、古代ギリシャ人の食生活に影響を与えたのです。【出典:Aristotle’s “History of Animals”】 2. 中国の五行思想と食事 中国では、五行思想が食事に密接に関係しています。木・火・土・金・水の五行はそれぞれ特定の食材と結びついており、体調や運勢に応じた食材選びが行われてきました。たとえば、体が冷えやすい人には「火」の要素を持つ赤身の食材が推奨され、逆に暑さに弱い人には「水」の要素を持つ食材が勧められるなど、食事を通じて運気や健康を調整する方法が一般的でした。中国の五行思想に基づく「食の占い」は、現在でも多くの人々に親しまれ、日常生活に取り入れられています。【出典:Deng Ming-Dao
0
5 件中 1 - 5