絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む

すべてのカテゴリ

6 件中 1 - 6 件表示
カバー画像

二人で話しながら漫才を作るメリット

M-1グランプリ2018で披露された和牛の「ゾンビ」というネタは,「もしも俺がゾンビに噛まれたらどうする?」「いや『どうする?』って言われても」みたいな二人の会話から誕生したネタなのかどうかは定かではありませんが,和牛のお二人ならではのネタの作り方ゆえに生まれたネタのような印象を受けます和牛のお二人は,二人で話しながらネタを作っているようです。それは,「会話を漫才にしている」とも言えるかもしれませんし,その場で即漫才を始めてみるという即興漫才的な作り方とも言えるかもしれません会話というのは相手の反応によって思いも寄らない方向に転がることがよくあるので,片方が台本を書くスタイルではなかなか思いつかない,二人だけのオリジナリティ溢れるネタができたりします和牛のネタは全体的にそんなかんじがします。それぞれの地がもろに漫才に出ているのも,そうやってネタを作っているからなのだと思います
0
カバー画像

二人の会話や個性を漫才に"昇華"する

和牛の場合,水田さんがボケで,川西さんがツッコミというのが基本のスタイルですが,M-1 2019で披露された「物件選び」のネタでは,後半は水田さんが小ボケで,川西さんが大ボケという形に変化します(川西さんもボケるネタはほかにもたくさんありますが・・・)和牛のように二人でしゃべりながらネタを作っていると,こうなるのはむしろ自然だと思います。普段の会話でも,片方がボケ続け,もう片方がツッコみ続けるというパターンはあまりなく,ボケに対して乗っかったりすることで盛り上がる場合もよくあります。和牛の漫才も,川西さんが水田さんのボケに乗っかることによって後半ドンっと盛り上がったりしますボケとツッコミを最初から完全に分けてネタを作ると単調になる恐れがありますが,二人の会話や個性を漫才に昇華することができれば,その二人にしかできない漫才に仕上がります
0
カバー画像

"漫才"という生き様

和牛のお二人を見ていると,本当に「漫才が生き様」というかんじがしますコントでも落語でも,「芸」にはその人の生き様が投影されますが,漫才というのは極端なことを言えば,日常を全部ネタにすることも可能なので,より一層「生き様」という言葉がしっくりくるのだと思いますM-1用のネタ作りから完全に解放されたこれからの和牛の漫才には,これまで以上に二人の日常が垣間見えるネタが増えそうな予感がします。楽しみです
0
カバー画像

お笑いにおける「芸」と「悪ふざけ」の違い

本番中にアドリブなどを入れて本気で「笑ってもいい」というか,そのほうが楽しさがお客さんにも伝わるというのは漫才の醍醐味もちろんこれは,お客さんに伝わるネタ作りや話芸を磨く努力があってこその話自分たちだけでおもしろがっているのは「芸」ではない
0
カバー画像

漫才のネタを"丁寧"に作るとどうなる?

ネタを作るときに「整合性や一貫性を持たせること。嘘をつかないことを意識している」という言葉の通り,和牛のお二人はとても丁寧にネタを作っていますボケというのは,「とにかくおもしろいことを言えばいい。変なことをすればいい」と思っている方もたまにいらっしゃいますが,一貫性なく変なことを言い続けると,漫才の作品性は失われます(あえてそういうはちゃめちゃな漫才をするというのも一つの芸風とも言えますが・・・)和牛のお二人はこれを意識して丁寧にネタを作っているので,何度もみたくなるのだと思います。作品なんですよねほんとに「はちゃめちゃで刹那的な漫才が好き」という方もいると思いますが,私は作品性が高いネタが大好きです最後は好みですが・・・
0
カバー画像

和牛のネタの作り方

「二人でしゃべりながら作る。ある程度しゃべって盛り上がったら,一息ついたところで忘れないように各々自分の覚えやすい形でメモる(『台本』という形ではない)相方のメモの仕方は知らないし,たぶん見ても分からない。できないときは全然できないが,『おもしろいなぁ』と思うネタは作るのも速い。ケラケラ笑ってる時間が多い」2020年10月14日「芸人リモートーク」
0
6 件中 1 - 6