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言いたい事が言えない

言いたい事が言えないだから言えるようになりたい誰もが一度は体験する道ですよねみなさんこんにちは京都・大阪心理セラピスト@カナコですこんなお悩みに直面する時言いたい事が言えるようになったら本当に解決か?となると多くの場合言えたあとモヤモヤするんです言いたい事が言えない時おそらく人は我慢していますそして行き着く先はああ、今日も言えなかったああ、ムカつく!ああ、私ってダメだなあああ、自分ってしょうもないなあああ、またやっちゃったああ、やっぱりね繰り返し自分の中で出てくる感情や感覚の方程式がありますここに自分の前提が隠れていますこの自分の前提、セルフイメージとも言いますが人は前提の通り前提に沿って生ききます前提と違う事が起きると何だかザワザワ、ゾワゾワして違和感!違和感!と脳が危険信号を出し前提に戻ると安心して危険信号が止まりますなので、例えば自分の前提が言いたい事を言うと捨てられるという前提を持っていたりすると言いたい事を言うと捨てられるんじゃないか嫌われるんじゃないかハブられるんじゃないか無視されるんじゃないかとザワザワザワザワーっと不安や恐怖が無意識の中で作動し始めますこれが浮き上がらないように言いたいことは言わない出さないと毎回自分が選択をしています言いたい本音と捨てられる嫌われる恐怖がいつも隣あわせで天秤なんですねそしてこの前提を放置したまま言うてしまえ!!とドライブをかけて言った後にはあー言ってしまったあーあの言い方はまずかったあー悪い事したかもあー言うんじゃなかったかもあー私がダメかもと罪悪感や不安や後悔や自分責めがグルグルともこもこと出てくるんですよねそりゃいいわない、
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ブログ執筆で得られる効果

私がココナラブログを始めようと思ったのは、電話相談の宣伝以外にも理由がある。 カウンセラーに勧められたからだ。 ブログを書くということはカウンセラーに相談するとも、日記をつけるとも違う効果がある。ブログを書くためには客観的視点が必要になるから回復には効果的、と教えて貰ったのだ。 実際、買い物依存の直し方、身近な人の死の乗り越え方を書いたことで一つの大きな山を乗り越えた感覚がある。 発達障害のグレーゾーンの診断を書いたときは、一人で抱えきれないものを開示できたことで「向き合うしかない」と開き直れることができた。 きっとブログに書かなかったら、その後友達に伝えることもできなかっただろうし、発達障害関連を商材にしようとも思えなかったと思う。 それに日記に書くだけだったら、愚痴やら文句やらネガティブな言葉しか出てこない。 カウンセラーに話すと客観的な視点で話すこともでき、第三者の感想も聞け、スッキリするがお金もかかる。 だがブログを書くことは自分の考えを整理できるうえにお金もかからない。 ブログ内容は、人それぞれ違うが、私の場合はこれまで感じていた解決できていないモヤモヤや、本を読んで考えたこと、自分の経験などを載せている。 今まで自分の胸の内に秘めていた考えを整理して記載する。 ずっと自分が考えていたことがおかしいと思い表現できなかったことにいいねがつくと、共感してくれる人が何人もいることを知り、それだけで承認欲求が満たされ共同体感覚を育むことができる。 私にしてみればブログを書くことがコミュニケーションなのだ。 通常、コミュニケーションというと話すことを想像すると思うが、私のように
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人の怒りを見る時

こないだ近所の1年生が外でお父さんに大きな声で怒鳴られてました。ぶちキレされていました。たった2分くらい朝の準備が遅れただけで。心が痛みました。準備が遅れてこまるのは子供。お父さんが困るみたい。お父さんの感情にふれるみたい。子供には自分で失敗する権利も与えられていないのね。お父さん 怒ってた。怒ってる人を見ると心が動揺する。怒ってる人が怖い。反応してしまう。まるで自分も評価をくだされているみたい。びくびくする。小さくなる。怖い人は怖いよ。人の気持ちのわからない、自分の感情しか見えていない人は怖いよ。怒られている側の気持ちも考えられない人間が脅威怖すぎる。目の前に人がいるのにその人の感情が存在していない人間への脅威。なぜ見えないの?私の親もその部類なんだ。他人に心が存在していないような生き方をする。自分はいつも感情を訴えるくせに。変なの。他人の心が見えないなら、他人は存在しないのと同じなんだ。自分だけ
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怒りをぶつけられること

怒りを持っているのは自分だけじゃない。私の感覚では2割くらいの人は怒りに動かされてる。その怒りを敏感に察知してしまう私は、どれくらいの怒りを持っているのだろう。怒りを持っているから他人の怒りが怖いのだろうか。私は怒りを抑圧しているのだろうか。認められているのだろうか。怒りとはしつこい感情だ。それくらい出しづらい感情ということだ。人間とはどうしてここまでに内面の状況の違うものなのか。怒りの度合いによって顔つきまで変わってくる。現実認識まで変わってくる。怒りとは・・・自分の怒りを認めよう。怒りと恐怖は絡み合ってる。怒れば、おいていかれる。怒れば、人は離れていく。怒れば、怒られる。怒れば、一人になる。
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自分が他人にどう絡むことがデフォルトなのか

これ命題ですね。どういうゴールを想定して絡んでいるのか。これによってすべてが決まるといっても過言ではない。他人との関わりで自分がどんな気持ちを感じるかは、もはやコミュニケーションをとる前から決まっているのである。なにが起ころうと他人が誰であろうと感じる感情が決まっている。それが喜びなのか怒りなのか不安なのか安心なのか。怖いですね、コミュニケーションを取る前から、コミュニケーションを取ったあとの感情は決まってる。怖いですね、コミュニケーションする必要ないですね。コミュニケーションからは何も得られないってことですね。感謝の意図からは感謝を遅かれ早かれ体感する。うひょーって感じ。ポジティブな人はどんなに頑張ってもポジティブな感情を結果的には手に入れるし、ネガティブな意図のある人はどう逃げ回ってもネガティブな感情が迎えに来る
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『首が震える状況①黒板が見れない』

『首が震える状況①黒板が見れない』こんにちは、首がうっかり震えてしまう山﨑です。昔のことをふと思いだしました。高校生時代、僕は黒板がみれませんでした。顔を上げると『首が震える』からです。そして、それを気づかれないよう、取り繕うだけで体力を消耗しました。全くを持って無意味な時間でした..自分ではコントロールできない緊張による首の震えに人生を震わされました。周囲にはサボりキャラ、勉強できないキャラをアぴっていましたが、本当は視線を気にすることなくただみんなと同じように普通に勉強したかっただけです。もっと人と仲良くしたかったし、もっと広い世界をみたかったし、もっと自分の未来に挑戦したかった、けど、現実的な理由で学校を辞めれなかったです。リタイヤすると未来はないと言われていたからです。それが正しかったのかどうか、今でもわかりませんが、ただ、一つ言えることは、『本物の情報が欲しかった』です。今のように情報過多な時代とは違い、90年代末期はまだ、薄っぺらいサイトが上位に表示される時代でした。それらを藁をもすがる気持ちで検索をかけ、片っ端から通院していました。心療クリニック、カウンセラー、セラピスト、催眠療法、鍼灸、整体、…全て無駄とは言いませんが、9割以上は効果が続きませんでした。恐らく上記の先生やカウンセラーたちも概ね詐欺師ではなく、自分の信じた道を持って僕に施術を施していたとは思います。しかしながら、そもそも成功事例が少なく、不確定要素が多いそれらを100%信じて行動出来なかった自分に主たる原因であったのではないかと今になって思います。なぜなら、今、本気で自分と向き合い始めてからは情報
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神経質について

おはようございます!あなたは神経質と言われたことはありますか?神経質が原因で本来やるべきことができない状態を神経質症と呼びます。神経質症に陥る人は、自分自身が周りからどう思われているかということばかり考え、本来考えないといけない大事な部分を考えれていません。自分に向かう注意を1つ1つの行動に尽くし、外に向けることで本来やるべきこと、考えるべきことに意識を向けられます。そうすることで神経質の方の良さが出て好かれる人になっていきます♪もし神経質症や社会不安障害、適応障害でお悩み、ご相談などがあればまずはメッセージにてご相談ください。今日も良い一日を(^^)/
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人の目って誰の目

自分からの冷たい目
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否定される恐怖

否定されることって怖くありませんか?私はこの気持ちがとても強い。いや、四六時中その恐怖に怯えている。この気持ちが他人の100倍くらいは強い。むしろこの気持ちに常に悩まされている。否定されることが怖い・怖い・怖いなぜなら、否定されたら私の価値が無くなるから。否定されたとき、自分て価値がないんだって気持ちに苛まれるから。なんでこんなにも否定されることが怖いんだろう。たった一つ否定されることだよ?否定されることがなぜそんなに怖いの?なにに怯えているの?これは過去の記憶なんです。否定された過去なんです。向き合えていない過去の気持ちなんです。だからいつまでも成仏できずにうろうろしているんです。
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