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ブログ執筆で得られる効果

私がココナラブログを始めようと思ったのは、電話相談の宣伝以外にも理由がある。 カウンセラーに勧められたからだ。 ブログを書くということはカウンセラーに相談するとも、日記をつけるとも違う効果がある。ブログを書くためには客観的視点が必要になるから回復には効果的、と教えて貰ったのだ。 実際、買い物依存の直し方、身近な人の死の乗り越え方を書いたことで一つの大きな山を乗り越えた感覚がある。 発達障害のグレーゾーンの診断を書いたときは、一人で抱えきれないものを開示できたことで「向き合うしかない」と開き直れることができた。 きっとブログに書かなかったら、その後友達に伝えることもできなかっただろうし、発達障害関連を商材にしようとも思えなかったと思う。 それに日記に書くだけだったら、愚痴やら文句やらネガティブな言葉しか出てこない。 カウンセラーに話すと客観的な視点で話すこともでき、第三者の感想も聞け、スッキリするがお金もかかる。 だがブログを書くことは自分の考えを整理できるうえにお金もかからない。 ブログ内容は、人それぞれ違うが、私の場合はこれまで感じていた解決できていないモヤモヤや、本を読んで考えたこと、自分の経験などを載せている。 今まで自分の胸の内に秘めていた考えを整理して記載する。 ずっと自分が考えていたことがおかしいと思い表現できなかったことにいいねがつくと、共感してくれる人が何人もいることを知り、それだけで承認欲求が満たされ共同体感覚を育むことができる。 私にしてみればブログを書くことがコミュニケーションなのだ。 通常、コミュニケーションというと話すことを想像すると思うが、私のように
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僕が、僕の本音を見つけるまで。〜山奥シェアハウス編

僕の心は、今までよりも正直になってきた。以前よりも、やりたいことが明確にわかるようになり、逆に、やりたくないことを拒否する感覚も強まってきた。メンテルヘルス的には、とても良い兆候だと思った。しかし、その影響で心のストッパーが外れ、今まで何年も溜め込んできた「我慢や疲労」が一気に溢れてきた。やりたく無い事をやろうとすると、全身がとてつもないだるさと無気力に支配され、体が言うこと聞かなくなった。考え事をすると、頭にモヤがかかったように思考できなかった。今までのように、無理矢理に自分を奮い立たせて頑張るようなやり方は通用しなくなった。力が湧いてくるのは楽しいと感じる時だけで、基本的には無気力だった。初めは、自分に甘えているのかと思い自己嫌悪に陥ったが、カウンセラーの先生に話を聞くと、どうやらそうでは無いことがわかった。これは心理学的にはアパシーという状態らしく、僕の心は「今は何にもしないで、とにかく休んで。」というメッセージを「無気力」という形に変換して体へ伝えていたようだった。これは想像以上に強力で、当時は、どんなに気合を入れても力が出てこなかった。1度、この状態になると、もはや自分の意思ではどうすることもできず、素直に回復するまで休息を取るしかなかった。仕方ないので、とにかくゆっくり休めそうな場所を探した。自分の気持ちとしては、自然の中で誰にも干渉されずに過ごせる場所を求めていた。その方向性でしばらく探していると、山奥シェアハウスというものを見つけた。そこは、名前の通り山奥にあるシェアハウスで、オーナーごとに色々なコンセプトを掲げて運営されていた。僕が見つけたところは、「山の中で
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僕が、僕の本音を見つけるまで。〜脱サラ編

初めまして。心理カウンセラーのもっくんです。このブログでは、僕はどんな人間で、どんな経験をしてきたのかをまとめていこうと思います。もし、興味が湧いた方は、覗いていってみてください。1年前、僕は会社を辞めた。毎日、満員電車に揺られ、好きでもない仕事をこなす事に限界がきたからだ。また、社長とも仲が悪く、毎日会うのが苦痛だった。それらの理由が積み重なり、僕は会社を辞めた。レールから外れ、路頭に迷った僕は、未来への不安と恐怖で押しつぶされそうだった。辞めた日の夜は、強烈なめまいに襲われた。次の日から、焦って次の職探しをしていたが、どうしても決まらなかった。正社員だけでなくバイトも見てみたが、あまりピンと来なかった。僕は、一人で考えるのに限界を感じ、少し前から良くしてもらっているカウンセラーの先生に相談した。先生によると、僕の中に、「やりたくないことを頑張るキャパ」が残っていないようだった。学生時代からたくさんの我慢を続けてきた僕の体は、次の仕事を決めないことで、僕に危険信号を出していたようだ。イメージすると、僕の体が、「もうやりたくないことはやらせないよ!これ以上、我慢させたら病気になっちゃうからね!」と言っているような感じだ。続けて先生は、「君の対人恐怖や希死念慮も、今までの我慢の積み重なって吹き出したものだよ」といった。実は僕は、中学生の時から、希死念慮や対人恐怖を持っており、大人になってもそれらに苦しめられていた。そうだったのかと。先生の言葉が腑に落ちた。今までは、嫌なことを我慢して頑張らないといけないと思い込んでいたが、その時に初めて、「やりたいことをやってみよう」と思えた。僕
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対人不安・恐怖から抜け出す!

コロナ生活が続いていたから 人と関わるのに不安を感じるのは 当たり前なのかもね まずは、 その緊張・・不安・・があることをよしとしましょう。 なくそうとしても なくならないものだから・・ だから、 緊張や不安を抱えながらも 人と関わればいいんです 余計に緊張や不安を抑え込もうとするから、ぎこちなくなるんですよセルフイメージが低くなってくると 人と関わる怖さが出てくる セルフイメージっていうのは 自分のことを自分が どう思っているのかということ 自分のことを・・ 情けない奴 ダメな奴 なんて風に思ってたら、 そりゃ、人と接するのが怖くなるのは当然だよね だから、自分の思い込みを変えることは大切なことなんだよ人に対する怖さって セルフイメージが関わっているんだ でも、 セルフイメージを書き換えるには 時間がかかるものなんだよ そのために大切なことは・・ 【自己対話】 普段、自分が自分に対して どんな言葉がけをしているかが、 今のあなたのセルフイメージを 作っているんだよ 奥が深いでしょ対処療法的なものになるけど・・ 自分が見られていると思うから 人と関わるのが怖くなるんです だから・・ 「見られている」 ↓ 「見ている」 に変えてあげればいいんです でも、 どうやって見られている状態から、見ている状態にするのかというと、長くなるので・・ またの機会にあなたは自分のことを 認めてあげられていますか?こんなことを感じては・・ こんなことを思っては・・ こんなことをしては・・ こんな自分では・・ ダメだこういう風に 自分のことを認めてあげずに 自分のことを否定ばかり していると・・ あな
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僕が、僕の本音を見つけるまで。〜山奥シェアハウス編②

基本、僕はシェアハウスで、派手なこと何もせずゆっくり過ごしていた暇になったら、自然をぼーっと眺めたり、近くを散歩したりしていた。娯楽といえば、YouTubeとたまに見るNetflixくらいだった。その時は、ゆったりと過ごしているのが一番心地よく、僕の身体もそれを欲していたのがわかっていた。そんな僕に、特に何かを言ってくる人もおらず、みんないい距離感でそっとしておいてくれた。住人さん同士も、お互いを必要以上に干渉することなく、それぞれ自由に過ごしていた。自分で野菜を育てたり、アコギを弾いたり、プログラミングを書いている人もいた。僕の楽しみは、食事の時間だった。できるだけ、安く美味しく作ることを目指していた。付近にはコンビニすらなかったので、週一回、オーナーが隣町まで買い出しに連れて行ってくれた。他にも、自分たちが育てた米やサツマイモがあり、また、知り合いの農家さんが野菜をくれることもあった。米とサツマイモは食べ放題だったので、最悪、お金が無くなっても餓死することはなかった。とにかく食べ物は1番大事で、体温維持のためにも欠かせなかった。冬は、豪雪地帯になるので、家の中まで寒くなることが多く、しっかり食べないと耐えられなかった。また、寝る時は、布団の中があまりにも冷たいので、自作の湯たんぽを使っていた。ただ、正規品の湯たんぽがなかったので、500mlのペットボトルに熱湯を入れて代用した。とりあえず、足が暖まると落ち着いて眠ることができた。しかし、プラスチックなので、直接触れると熱すぎて飛び起きることもあった。他にも、シェアハウスの電気が急に止まったことがあった。原因は、近くの電線が切
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批判される怖さ

私は書くことが好きだ。……いや、「好き だった」。ブログを毎日のように書いていたあの頃。私の指を止めたのは、コメント欄に投げつけられた一言だった。「調子に乗っている」「あなたは傲慢だ」私の書いた事の、どの表現がそう感じさせたのか、全くわからなかった。ただ、怖くて、悲しくて、苛立たしくて、不可解だった。私は丁寧に謝罪した。「いい人」の仮面を被って謝った。けれど、腹の底では怒っていた。そして、どうしようもなく傷ついていた。日常でもその傷を埋めたくて、「他人の一言で傷つくあなたは優しい人」なんてタイトルの本を買って読んだりもした。その後、相手からは「誤解があった」と逆に謝罪の言葉が届いた。けれど、私は癒されなかった。私はその人を憎み、嫌い、そして書くことから遠ざかっていった。あれほど内側から溢れ出ていた言葉は、シュンとしぼんで消えてしまった。もともとの性格もあるが、私は昔から「グループ」で繋がることが苦手だ。腹を割って話せる誰かと、個人的に深く繋がっていることに、安心を感じる。フェイスブックの友達申請や、LINEのグループ招待には、今でも恐怖を感じてしまう。だから、このブログにコメント欄がないことは、私にとって救いでもある。そうなのだ、私は怖がりなのだ。他人からの批判が怖いのだ。私を嫌うのは自由だ。けれど、お願いだから放っておいてほしい。嫌いでもいい。構わない。無視して通り過ぎてほしい。私はただ、静かに、自分よがりの言葉を書いていたい。そして、そんな私のこのブログに「いいね」をつけてくださる、そこのあなた。あなたのその静かな肯定に、私は救われている。実はひっそりと喜んでいる。いつも、
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対人恐怖

人前で不安になったり、緊張することは多いその気持ちが強くて人と会うことに恐怖を抱いたり仕事や外出する際にも苦痛を感じる日常生活を送るうえで支障が出てしまうのが対人恐怖症人前で話すことや他人と接することなど人との交流を避ける震えが起こったり赤面してしまったり身体的な症状がみられる場合もある自己評価が低い他人から否定されることを恐れる周囲の人々と比較して自分自身が劣っていると感じる対人恐怖症の原因はもともとの気質・性格の場合もある何らかのきっかけによっておこるようになることもあるいずれにしても病態が悪化してしまい日常生活への悪影響が見られるようになると引きこもりやうつ病等が併発してくる場合もある対人恐怖症は自分の意思があっても症状が影響して思うように力を発揮できないことが多い 過去のトラウマ過去に人間関係に関する悪い経験やトラウマがあるとその経験が恐怖や不安を引き起こす原因となることがある虐待やいじめ・恥ずかしい出来事などが対人恐怖症の発症に影響を与える可能性がある 心理的要因 個人の自尊心・自己評価・自己効力感など対人恐怖症の発症に影響を与える恐怖や不安を認識し対処する方法に関する個人の考え方や信念も関与している可能性がある 環境要因 幼少期の育ちの環境や親子関係・周囲の人々との関わり方などが対人恐怖症の発症に影響を与える過保護な親や厳しい家庭環境周囲の人々からのプレッシャーなどが恐怖や不安を引き起こす原因となる対人恐怖症神経質な性格や慎重な性格・真面目な性格の人人見知りの激しい人や感受性の高い人などはなりやすいかもしれない大事なことはいったん対人恐怖症になると自分は苦しみ日常生
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人の怒りを見る時

こないだ近所の1年生が外でお父さんに大きな声で怒鳴られてました。ぶちキレされていました。たった2分くらい朝の準備が遅れただけで。心が痛みました。準備が遅れてこまるのは子供。お父さんが困るみたい。お父さんの感情にふれるみたい。子供には自分で失敗する権利も与えられていないのね。お父さん 怒ってた。怒ってる人を見ると心が動揺する。怒ってる人が怖い。反応してしまう。まるで自分も評価をくだされているみたい。びくびくする。小さくなる。怖い人は怖いよ。人の気持ちのわからない、自分の感情しか見えていない人は怖いよ。怒られている側の気持ちも考えられない人間が脅威怖すぎる。目の前に人がいるのにその人の感情が存在していない人間への脅威。なぜ見えないの?私の親もその部類なんだ。他人に心が存在していないような生き方をする。自分はいつも感情を訴えるくせに。変なの。他人の心が見えないなら、他人は存在しないのと同じなんだ。自分だけ
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怒りをぶつけられること

怒りを持っているのは自分だけじゃない。私の感覚では2割くらいの人は怒りに動かされてる。その怒りを敏感に察知してしまう私は、どれくらいの怒りを持っているのだろう。怒りを持っているから他人の怒りが怖いのだろうか。私は怒りを抑圧しているのだろうか。認められているのだろうか。怒りとはしつこい感情だ。それくらい出しづらい感情ということだ。人間とはどうしてここまでに内面の状況の違うものなのか。怒りの度合いによって顔つきまで変わってくる。現実認識まで変わってくる。怒りとは・・・自分の怒りを認めよう。怒りと恐怖は絡み合ってる。怒れば、おいていかれる。怒れば、人は離れていく。怒れば、怒られる。怒れば、一人になる。
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3人以上になると緊張してしまう私が、心を守るために調べてみたこと

私は、1対1の会話であれば何とか話せるのですが、自分を含めて3人以上になると、急に緊張が高まってしまいます。手や体が震えたり、声が出にくくなったり、吃ってしまったり、言おうとしていたことが、頭からすっと消えてしまったり。「どうしてこんなに緊張するんだろう」「みんなみたいに、普通に話せたらいいのに」そう思いながら、何度も落ち込んできました。私は話すことが得意ではありません。でも、このまま「自分はダメなんだ」と思い続けるのがつらくて、同じような悩みについて調べてみることにしました。今日は、その中で「これは私だけの問題じゃなかったんだ」「少し気持ちが楽になった」と感じたことを、まとめてみます。私と同じようなお悩みをお持ちの方のご参考になれば幸いです。⸻■ なぜ「3人以上」になると、急に話せなくなるのか調べていく中で分かったのは、これは性格の弱さや努力不足ではなく、脳の防御反応で起きることがある、ということでした。複数人になると、・同時に複数の視線を意識する・いつ話せばいいのか分からなくなる・変なことを言ったらどうしよう、と考えてしまうこうした要素が一気に増えます。すると脳は、「ここは危険かもしれない」と誤って判断し、体を守ろうとします。その結果、・体が震える・声が出にくくなる・頭が真っ白になる・記憶や言葉が出てこなくなるといった反応が起きることがあるそうです。つまり、話せないのは意思が弱いからではなく、体が必死に守ろうとしている状態なのだと知りました。⸻■ 「スラスラ話せる人」との違い以前の私は、「みんなはちゃんと考えて話しているのに、私はできない」と思っていました。でも調べていくと
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人が怖い…を卒業する心理学 今日からできる対人恐怖の克服法

おはようございます。今日は金曜日ですね。今日を乗り切れば週末です。今日も1日頑張りましょう‼1 対人恐怖とは何か対人恐怖とは、人からどう見られているかを過剰に気にし、緊張や不安を感じてしまう心理状態のことです。軽い場合は「初対面が苦手」程度ですが、重くなると日常生活や仕事に支障をきたします。その背景には、過去の否定的な経験や、完璧主義的な性格傾向、また日本特有の「迷惑をかけてはいけない」という文化的要素も関係しているといわれています。自分を責めすぎず、「これは一つのこころの反応だ」と理解することが、対処の第一歩です。2 心理学的アプローチ① 認知の見直し認知行動療法では、不安を強める「自動思考」に注目します。たとえば「話が下手だと思われるに違いない」という考えは根拠がない場合が多いものです。思考を紙に書き出し、「本当にそうなのか?」「他の可能性は?」と検討することで、不安の強度が和らぎます。また、自分の弱点ではなく、相手の表情や話題に意識を向けると、脳が“対人=危険”と判断しにくくなります。3 心理学的アプローチ② 段階的な暴露不安を減らすには、避け続けるよりも少しずつ慣れることが有効です。これを「暴露法」と呼びます。いきなり大勢の前で話すのではなく、まずは挨拶や短い会話から始め、成功体験を積み重ねます。脳は「この状況は安全だ」と学習し、徐々に恐怖反応が弱まります。大事なのは“完璧な対応”を目指さず、「できた部分」に注目することです。4 日常でできるセルフケア呼吸法やマインドフルネスは、緊張時の心拍や筋肉のこわばりを和らげます。特に腹式呼吸は、自律神経を整え、不安を感じたときで
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---傷つくことを恐れすぎて対人恐怖を患った過去---

こんにちは!自称「8年かけて自力で対人恐怖を克服した」やまだ。です。さて人によっては「対人恐怖」とは言わないまでも、「人見知り」「恥ずかしがり屋」など他者に対して一定の緊張を覚えることがある性格の人がいますよね。人見知り、くらいであれば誰でも持っていそうな性格なので大した問題にならなそうですが対人恐怖、との違いは何か?どちらも他人に対して緊張を覚える。そこは共通してると思いますが根本は「他者から変に思われたくない。嫌われたくない」という気持ちが強いかどうか、だと自分は思っています。対人恐怖、といっても様々なのであくまで私個人が経験して思ったことをつらつらと書かせていただくのですが、 私の場合はとにかく「他者に嫌われたくない。ほんの少しも嫌に思ってほしくない」が根っこにありました。 たとえ誰かから99%好意を持たれていたとしても、1%自分を嫌っている部分があるならば、 その1%が気になって気になって仕方がない… そんな神経質な人間でした。 こんな性格だったので、当然誰かと仲良く、なんて出来ません 仲の良い友人は幸いながらいます。しかし、 たとえ、仲の良い友人が相手でも。 完全に気持ちを楽に、心を落ち着かせて接することは難しかったです。 それは私が常に「1%でも嫌われること。変に思われること」を恐れていたからです。 もう文章読んでるだけで「変だな」と思いますよねw だって「たった1%を気にして怯えながら生活している」のですから 「そんなの99%好意持たれてるんだからOKじゃん!」ってなりますよね? それがですね、 私の場合は、99%OKだから大丈夫!とは、ならなかったんですね。 ホ
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言いたい事が言えない

言いたい事が言えないだから言えるようになりたい誰もが一度は体験する道ですよねみなさんこんにちは京都・大阪心理セラピスト@カナコですこんなお悩みに直面する時言いたい事が言えるようになったら本当に解決か?となると多くの場合言えたあとモヤモヤするんです言いたい事が言えない時おそらく人は我慢していますそして行き着く先はああ、今日も言えなかったああ、ムカつく!ああ、私ってダメだなあああ、自分ってしょうもないなあああ、またやっちゃったああ、やっぱりね繰り返し自分の中で出てくる感情や感覚の方程式がありますここに自分の前提が隠れていますこの自分の前提、セルフイメージとも言いますが人は前提の通り前提に沿って生ききます前提と違う事が起きると何だかザワザワ、ゾワゾワして違和感!違和感!と脳が危険信号を出し前提に戻ると安心して危険信号が止まりますなので、例えば自分の前提が言いたい事を言うと捨てられるという前提を持っていたりすると言いたい事を言うと捨てられるんじゃないか嫌われるんじゃないかハブられるんじゃないか無視されるんじゃないかとザワザワザワザワーっと不安や恐怖が無意識の中で作動し始めますこれが浮き上がらないように言いたいことは言わない出さないと毎回自分が選択をしています言いたい本音と捨てられる嫌われる恐怖がいつも隣あわせで天秤なんですねそしてこの前提を放置したまま言うてしまえ!!とドライブをかけて言った後にはあー言ってしまったあーあの言い方はまずかったあー悪い事したかもあー言うんじゃなかったかもあー私がダメかもと罪悪感や不安や後悔や自分責めがグルグルともこもこと出てくるんですよねそりゃいいわない、
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人の目って誰の目

自分からの冷たい目
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「コミュ障なんて、1番”日本人”じゃん~♪」

「孤独」「対人恐怖」と思うボク。ちょい前にね~「ポリテクセンター広島(職業訓練校)」でのボクが参加している「住宅リフォーム技術科」の同期(5月生)の若い人で、みんなが「自己紹介」している中、彼が「ボクは、コミュ障なので、ちょっと人間関係とかニガテなんですよねぇ~♪」とかって、自己紹介していたのよ。一見すると、そんなに見えない「普通のヤング」じゃったのよ。見た目は「ほんとにどこにでもいるような普通の好青年?」じゃったのよ。^^でも、彼は「ちょっとこういう風なみんなの前で、声を出して自己紹介なんて、ニガテで、趣味とかを言うのも自己表現もとにかくダメなんです。」とかいうワケよ。^^・・・あれ?だけど、けっこう堂々とミンナの前で話しているし、言っていることもしっかりと伝わっているし。・・・とか、ボクも感じたのじゃ。まあ、いきなりの「ポリテクセンター」の先生の提案で突然に「みんなで自己紹介?」が始まったのよ。ボクもちょっと「緊張」というか「ドキドキ」もんじゃったけどね。フフフ。「あ、次の次の次はボクじゃ。」ってね。あ~っ。きんちょ~するじゃんかぁ~!(でもボクは中学校の頃から、オトナにいたるまで、ず~っと弁論大会とか出ていたのじゃ。中学のときは、すんごい緊張してはきそうじゃったけど、高校の時は英語の弁論大会に英語クラブの先生推薦で、出た?のよ。会社に入っても、だれもやりたがらないので、ボクに白羽の矢が立ったのじゃ。もう、ヤメテっ!)あ、そうじゃ。「ポリテク」じゃった。でもね~、「日本人」って、そもそも「恥ずかしがりや」じゃんか。それに「コミュ障」って「誠実な人?」とも受けとれないかな~?
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他人の評価が気になる、人が怖いと感じているあなたに読んでほしい!!

評価が怖い、嫌われたくない…そんな思いに向き合う方法「嫌われたらどうしよう」「あの人、私のことどう思ってるんだろう…」そんなふうに、人の目や評価が気になって仕方がないことってありませんか?周囲の顔色をうかがいながら、自分の気持ちを押し殺してしまうこと。何気ない一言に必要以上に傷ついたり、ずっと考え込んでしまったり…。それはあなただけではありません。そして、それは「弱さ」ではなく、「優しさ」や「思いやり」の裏返しでもあるんです。今回届けたいのは、「人の目が気になる」「評価や承認に振り回されてしまう」あなたに寄り添いながら、少し心が軽くなる考え方や行動のヒントをお届けしたいと思っています。1. なぜ私たちは「人の目」を気にしてしまうのか?私たちは本能的に「集団の中でうまくやっていく」ことを求めています。そのため、「嫌われたくない」「仲間外れにされたくない」と思うのは自然なこと。また現代はSNSや口コミ、レビューなど、あらゆる場面で「評価される」社会です。・「いいね」の数・職場での評価・ママ友同士の暗黙のルール・パートナーや家族の反応こんな風に、私たちは気づかないうちに「他人からの評価」に敏感になっています。2. 「気にしすぎ」は、心の疲れを引き起こす人の目を気にし続けると、少しずつ心が疲れていきます。・誰かの顔色で、自分の言動を決めてしまう・断ることができず、無理なお願いも引き受けてしまう・「あの時の言い方、まずかったかな」と寝る前に反省会をしてしまうこういった習慣が続くと、自分の本音が分からなくなり、自己肯定感が下がっていきます。結果として「自分らしく生きる」ことが難しくなってし
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自分が他人にどう絡むことがデフォルトなのか

これ命題ですね。どういうゴールを想定して絡んでいるのか。これによってすべてが決まるといっても過言ではない。他人との関わりで自分がどんな気持ちを感じるかは、もはやコミュニケーションをとる前から決まっているのである。なにが起ころうと他人が誰であろうと感じる感情が決まっている。それが喜びなのか怒りなのか不安なのか安心なのか。怖いですね、コミュニケーションを取る前から、コミュニケーションを取ったあとの感情は決まってる。怖いですね、コミュニケーションする必要ないですね。コミュニケーションからは何も得られないってことですね。感謝の意図からは感謝を遅かれ早かれ体感する。うひょーって感じ。ポジティブな人はどんなに頑張ってもポジティブな感情を結果的には手に入れるし、ネガティブな意図のある人はどう逃げ回ってもネガティブな感情が迎えに来る
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自分を変えたら対人恐怖もなくなった

私は20代か30代ぐらいまで、ウツっぽかったり対人恐怖だったりしました😣人とうまく関われずなんかいつも孤独感を感じていたかな🙄プライベートはもちろん一緒に遊びに行く人はほとんどおらず、出かけるとすれば職場の飲み会くらい🍺その後仲が深まるというわけでもなく😞「どうしていつもこうなんだろう?」って思ってました😪周りにいる人とたまたま気が合わないのかもとも思ってみましたが、さすがにここまで合う人いないって正直自分の問題だよなと心の中で思ってました😪常に周りの人に劣等感を持ってました😪あの人の方が仕事ができる😞あの人の方が人に好かれる😞あの人の方が性格がいい😞あの人の方が上司から評価されている😞自分はどうしてあの人たちのようになれないんだろう⁉️ そんな考えが毎日頭をよぎっていて、いいかげん嫌になりました😮‍💨こんな一生は嫌だな🤢変わりたい💦とはいえどうする⁉️ とりあえず人にどう思われてるのかは考えるのをやめました😌その人に好かれる必要があるのか?ってところから考えてみたら「一生のうちわずかな期間たまたま同じ職場にいる人に好かれようとビクビクしてる必要はないな」と思ったのです😆逆に周りの人を思いやる気持ちを今まで以上に持つことにしました😌その人から好かれていようが嫌われていようが私はその人を思いやる気持ちを持とう。それでも相手が嫌な態度をしてくるようならその人は自分にとって相手にする価値のない人だってこと。ただたまたま職場が一緒の人と思えばいいじゃん🤗そう考え方を変えてからは自分の行動が少し変わったと思います💡どういうことかっていうと (自分は車通勤だから関係ないんだけど自転車通勤の
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対人恐怖

人が話しかけてくる時、例えて言うなら、球技でボールが飛んでくるような怖さを感じるのだと思います。「来ないで〜!!」という感じ。 そんな状態のまま、学校・職場で生きていくのはつらいですね。 早く対処しないと。
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否定される恐怖

否定されることって怖くありませんか?私はこの気持ちがとても強い。いや、四六時中その恐怖に怯えている。この気持ちが他人の100倍くらいは強い。むしろこの気持ちに常に悩まされている。否定されることが怖い・怖い・怖いなぜなら、否定されたら私の価値が無くなるから。否定されたとき、自分て価値がないんだって気持ちに苛まれるから。なんでこんなにも否定されることが怖いんだろう。たった一つ否定されることだよ?否定されることがなぜそんなに怖いの?なにに怯えているの?これは過去の記憶なんです。否定された過去なんです。向き合えていない過去の気持ちなんです。だからいつまでも成仏できずにうろうろしているんです。
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