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赤の魅力

赤いものは、何かと興奮する。 シャア・アズナブル(自転車)も赤 時計も内側が赤 ヘッドセットも赤 PloomXも赤(限定品) ミニトマトも(成れば)赤 そして今回の赤は ラディッシュ…だ。 あなたは見たことが あるだろうか、 土を持ち上げて実る、 赤いラディッシュを。 ラディッシュの葉は 低く広がる。 葉の大きさを見ながら どれどれ…と、 葉をめくる。 少しエロティックに感じる行為だ そして、ある日… 黒い土から、 赤く… 丸みを帯びた… ラディッシュが…顔を出す。 可愛くて、Sexyなコだ。 すぐにでも、手にしたい気持ちを グッと堪えて 何日か待つ。 美しい球形に仕上げるためだ。 それまでの間、 その赤く丸い膨らみを毎日 魅せつけられるのだ。 Hi.Honey? 今日もダメなのかい? アタシを 近所のスーパーで売ってる ミニトマトと一緒にしないで。 もう少し、 この景色を観ていたいの。 わかったよ、Honey… 勝負をしないか? 明後日の朝、もし晴れたなら 俺の勝ち、どうだい? …そんな妄想をするほど ラディッシュは魅力的だ。 これは妄想ではない。 19歳の頃 新宿のショットバー、 私は独りでカウンターにいた。 オールドチャーターの美しいボトルネックから、心地よい音を鳴らして グラスに注がれるバーボン。 ちなみに今のボトルは、コストカットのせいなのか、全く美しくなくなった。ラベルすらも… 高校時代から、ショットバーやプールバーに出入りしてたので そこまでは 普通のことだった。 同じくカウンターに独りで座る 赤くタイトなワンピース以外は。 何となく会話が始まり、そして 別
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コスパのいいウイスキー

コスパのいいウイスキーということでスコッチ・ウイスキーTeacher's Highland Cream(ティーチャーズ ハイランド クリーム )にチャレンジ!近所の酒屋にて購入。700ml 921円安い!生産地はスコットランド。TEACHER'S 先生?師匠といったほうがしっくりくる?CREAM?甘い香りがするのかとおもいきや、普通にウイスキーのスモーキーな香り。CREAMは、あのアイスクリーム、生クリームとは違い、 最上の部分、精華、粋(すい)、真髄という意味もあるそうで、 上質と捉えても良いようです。よく考えると、なんと今年に入ってビールはお正月に外食で飲んだだけでした。飲酒自体は、週に二度ほどで、だいぶ酒量は減りました。いつのまにやら、焼酎、ウイスキーといった蒸留酒を選ぶようになっており、飲み方は炭酸水で割ったハイボール、チューハイになってきています。※チューハイは焼酎のハイボールを略した言葉だそうです。蒸留酒は、ビール、ワインより糖質が少ないそうで多少は糖質制限にも貢献していると良いのですけどね。若かりし頃は、アメリカン系のロックばかり聴いていたのでもっぱら、バーボン(ケンタッキー州産のウイスキー)をメインに、それも、ストレート、ロックで飲んでいたのですが、だいぶ、飲む量、飲み方が変わりました。あまりにも深酒をすると、翌朝、残ってしまい、仕事のパフォーマンスにも影響しますしね。一度、覚えてしまった禁断の果実の味は、もう忘れることってできないのかもしれません。今回は、特にビジネスネタではないです。
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運も実力のうち④~ソムリエが語るウイスキーの話~

5大ウイスキー3か国目はアメリカです。アメリカのウイスキーは衰退しきってから徐々に復興してきました。そして何かが衰退すると、何かが発達するものです。アメリカンウイスキーは移民してきたスコットランド人やアイルランド人によってもたらされました。アメリカ独立後ウイスキーに対し重税が課せられます。本当に政治家重税大好きですな。製造業者は税金から逃れるため、当時独立13州外だった内陸のテネシー州やケンタッキー州へ移動しました。この辺りはトウモロコシの生産に適していたためバーボンウイスキーの製法が確立されます。南北戦争後は生産量が増大し国内で大きく発達していきます。1920年の連邦禁酒法により多くの蒸留所は閉鎖に追い込まれます。取り締まりは厳しく、密造もスコットランドほど発達しませんでした。1933年には撤廃されましたが、州ごとには禁酒法を残している場合もあり、そして第2次世界大戦の影響もあり復興が軌道に乗ったのは1950年以降でした。スコットランドの重税も、アメリカの禁酒法もそうですが、昨日まで飲めたお酒を今日から飲めませんとなると人間辛いものです。我慢は長続きしませんから。アメリカは密造もままならない。こうなると頼る手段は一つ!密輸です!!さて問題です。アメリカの人々は何をどこから密輸していたでしょうか?
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私のブログ22(次回は26日予定です)

慣れない土地で、ベストなパフォーマンスを発揮しなければ、応援にきた意味がありません。ちょうどいいことに、飲み歩く店もほとんどない地域が多かったので、ホテルや民宿では寝ることに専念し体力と免疫力の回復に努めました。ヘビースモーカーでしたが、タバコも控えるように心がけました。ちなみにラッキーストライクが定番だったので、出張時にはカートンをスーツケースに入れていました。地方によっては、なかなか見つけることが難しいこともありました。パッケージは、ソフトにこだわりがあってボックスは好まなかったこともあります。今では嫌煙家ですが、当時は愛煙家でありケンタッキーバーボンの愛飲家でもありました。アルコール系はタバコよりも大好きで、酒に好き嫌いはありませんでした。当時はバーボンでしたが、日本酒も品評会に参加するほど大好きでした。バーボンは荒いお酒との認識でしたので、持ち運びに便利でラッパ飲みでも許されると勝手に思っていたのです。日本酒は、料理と風情が揃っていることを求めていました。日本人だからでしょうか、作り手のこだわりまで楽しみたかったのです。
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