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目に見えないけど、確かに存在する「器」

心の広さ・受け止める力・余裕…これってなんのことだと思いますか?私たち一人ひとりの心や思考の広さ、受け入れることのできる度量を意味する「器」。「人の器」というもの。まさにそれぞれが持つ柔軟性や他者への理解力に関わっています。どれだけ周りの人々を受け入れることができるか、そしてそのために、どれほどの気遣いを持っているかを表しています。私たちには、それぞれ自分の器があります。そして、それぞれ理解する力・共感する力があります。ただ、この器を大きくすること、つまり、人をより多く受け止められるようになることは、時にはとても疲れることがありますよね。他人の感情や苦しみを感じ取ることで、自分自身が影響されてしまうことがあります。でも、優しさや気遣いは、無理をする必要はないのです。自分の器を意識しながら、少しずつ経験を重ねて、心を磨いて、器を大きくしていけばいいのです。ここで大切なのは、他者に寄り添うことで、自分自身が消耗してしまわないようにすることです。優しさは、自分を犠牲にすることではなく、自分を大切にしながら、無理なく出来る範囲で相手を思いやる。自然体で、相手の感情に振り回されることなく、冷静に優しく寄り添える人が望ましいのです。そうすれば、自分の心の状態に対しても、自分自身の器の力が発揮されると思います。自分と向き合うことを恐れずに、自分を大切に思い、自分らしく生きることに繋がり、心がふわっと軽くなり、毎日が楽しく、そして自由に…。今日も一日、よく頑張りましたね。おつかれさま。
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気楽に読んでください、呼吸のおはなし ~その36~

昨日の記事はひたすら理屈っぽい説明に終始していて味気無かったのではないでしょうか。その前の回の最後の方で、相手の呼吸にほんの少しのエールを送るような取り組みにもなると、そんな事を予告してありましたが、昨日の文だけではどこがエールなのかが分からなかったかと思います。それは、やり方の手順の中に出て来る “ 間(ま) ” のことです。分かってる方も居られたかも知れません。そのような方に取りましては今日の記事は蛇足となってしまいますが、どうかお許しください。相手の肩甲骨を程好く持ち上げた時に感じる間は、例えば、フライ。これは、野球などの球技でボールが空高く打ち上るフライのことですが、最高到達点に達してそして落下に転じる際に、折り返し点が紙に折り目を付けたような角状では無く緩やかな曲線である感覚、呼吸の、吸気から呼気への転換点もそのように捉えてみてください。ご自身の呼吸を大切に見守る習慣が身に付けば、自ずとそうなって来るのも又事実で、そうなれば、人の呼吸の中にもそれに類するものを自然と認められるようになります。走るといったような具体的な全身運動でも、小手先の細かな作業でも、スピードが増すと、呼吸は浅く小さくなって、それが更に高じると、もういっそのこと今度は呼吸を止めることで極力回数を減らしてまで瞬発力の持続に注力するような選択を体はしますので、僕たちは今、ここではその真逆がやりたい訳です。仕事の時に体が強いられる事情は置いといて、今は、少なくとも今は、何も急ぐ必要は無い、慌てる必要は何処にも無い、そんなメッセージを携えて、あなたの両手は相手の肩にあるのです(←ウルトラQでの石坂浩二のナレ
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