動けるようになった私を振り返ってみた
前回の記事で、「ちゃんとしてから動く人」から、「動きながら育てる人」になっていたことに気がついた。でも、ふと疑問が湧いた。私は、どうして動けるようになったんだろう? 昔は、本当に動けなかった。「完璧じゃなくてもいい。」そう言われても出来なかった。 出来るなら、とっくにやっている。そう思っていた。だから私は長い間、「私は完璧主義なんだ。」と思っていた。でも、今振り返ると私は完璧を目指していたわけじゃなかった。本当に避けたかったのは、負の感情を感じることだった。正解が必ずあった学生時代。間違えたら怒られる。恥ずかしい。責められる。嫌われる。そんな感覚が積み重なって、私は、負の感情そのものを感じるのが怖くなっていた。でも、この数年。私は「感じる」ということを何度もやってきた。悲しい。悔しい。恥ずかしい。怖い。感じないようにしていた感情を、そのまま感じてみた。嫌な気分になるし、避けたいし、気を逸らしたくなるけど、感じていくと不思議な感覚があった。 感情は確かにある。でも、今の現実を見てみると、「あれ?それ、本当に起きてる?」と思うことがあった。思い込みだったこともあれば、違う見方が出来ることもあった。感情は、現実そのものじゃなかった。「恥ずかしい」がある。「怖い」がある。「悲しい」がある。ただそれだけで、私が消えることもなかったし、負の感情と一緒に存在してる今ある安心も見えるようになってきた。昔は、負の感情=危険だったけれども、負の感情=ある。になった。だから最近、改善点を見つけた時も、「なんでこんなミスしたんだろう。」とは思わなかった。 「あ、ここ直そう。」そう思っただけだった。外側
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