【喪失のあとを生きる #1】「もっと何かできたはず」と自分を責めている方へ
大切な方を亡くしたあと、「もっと早く気づけたのではないか」「もう少し優しくできたのではないか」「あの日、別の選択をしていたら」という考えが、何度も心に浮かぶことがあります。眠る前や、ふと一人になったとき。生前の会話や表情がよみがえり、自分の言葉や行動を一つずつ振り返ってしまう方もいらっしゃるでしょう。今回は、「もっと何かできたはず」と自分を責め続けている方へ、お伝えしたいことを書きます。後悔は、愛情がなかった証拠ではありません後悔していると、「本当に大切に思っていたなら、もっとできたはず」と考えてしまうことがあります。けれど、後悔が残るのは、愛情がなかったからではありません。大切だったからこそ、失ったあとに、「あれもしてあげたかった」「この言葉も伝えたかった」と、できなかったことが見えてくるのです。亡くなる前には分からなかったことも、別れたあとには分かるようになります。時間が有限だったこと。何気ない会話が、かけがえのないものだったこと。「また今度」が、必ず来るわけではなかったこと。けれど、今のあなたが知っていることを、当時のあなたがすべて知っていたわけではありません。今の視点で、過去の自分を裁き続けなくてもよいのだと思います。人は、そのとき持っていた力の中で生きています私たちはいつも、十分な余裕や知識を持って行動できるわけではありません。仕事や家事に追われていたかもしれません。自分自身も体調を崩していたかもしれません。どう接すればよいか分からなかったかもしれません。相手との関係が近すぎて、素直になれなかったこともあるでしょう。病状や別れが、これほど早く訪れるとは思っていなかった
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