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【喪失のあとを生きる #1】「もっと何かできたはず」と自分を責めている方へ

大切な方を亡くしたあと、「もっと早く気づけたのではないか」「もう少し優しくできたのではないか」「あの日、別の選択をしていたら」という考えが、何度も心に浮かぶことがあります。眠る前や、ふと一人になったとき。生前の会話や表情がよみがえり、自分の言葉や行動を一つずつ振り返ってしまう方もいらっしゃるでしょう。今回は、「もっと何かできたはず」と自分を責め続けている方へ、お伝えしたいことを書きます。後悔は、愛情がなかった証拠ではありません後悔していると、「本当に大切に思っていたなら、もっとできたはず」と考えてしまうことがあります。けれど、後悔が残るのは、愛情がなかったからではありません。大切だったからこそ、失ったあとに、「あれもしてあげたかった」「この言葉も伝えたかった」と、できなかったことが見えてくるのです。亡くなる前には分からなかったことも、別れたあとには分かるようになります。時間が有限だったこと。何気ない会話が、かけがえのないものだったこと。「また今度」が、必ず来るわけではなかったこと。けれど、今のあなたが知っていることを、当時のあなたがすべて知っていたわけではありません。今の視点で、過去の自分を裁き続けなくてもよいのだと思います。人は、そのとき持っていた力の中で生きています私たちはいつも、十分な余裕や知識を持って行動できるわけではありません。仕事や家事に追われていたかもしれません。自分自身も体調を崩していたかもしれません。どう接すればよいか分からなかったかもしれません。相手との関係が近すぎて、素直になれなかったこともあるでしょう。病状や別れが、これほど早く訪れるとは思っていなかった
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【灯の便り #1】はじめまして。魂の対話案内人・灯守ことはです

はじめまして。亡き大切な方との間に残る想いを読み取り、今を生きるための言葉へ整える「魂の対話案内人」、灯守ことはと申します。このたび、ココナラで文章による故人霊視をお届けするとともに、こちらのブログで、喪失のあとを生きることや、亡き方との絆について綴っていくことにいたしました。最後の一日だけで、二人の関係を決めない大切な方を亡くしたあと、多くの方が心の中に問いを抱えます。「幸せだったのだろうか」「もっと何かできたのではないか」「あのときの私の言葉を、怒っていないだろうか」「自分だけ笑ったり、幸せになったりしてよいのだろうか」特に、最期に立ち会えなかったときや、思うように言葉を交わせなかったときには、最後の数日や最後の会話が、何度も心の中によみがえることがあります。けれど、お二人の関係は、最後の一日だけで作られたものではありません。一緒に食事をした時間。何気なく交わした言葉。言葉にはしなかった思いやり。喧嘩をしたことも、許せなかったことも、その奥にあった愛情も。そのすべてが、お二人の間に積み重なってきた時間です。私は、最後の出来事だけでは見えなくなってしまったものを、もう一度静かに見つめるお手伝いをしたいと考えています。私が受け取るもの私の霊視では、最初から長い会話が聞こえてくるわけではありません。まず、部屋や道、季節、光などの情景が届きます。そのあとに、温度、重さ、懐かしさ、安堵、照れ、心配といった感覚が重なり、最後に短い言葉が浮かびます。それらが、亡き方の記憶として届いているのか、ご相談者さまの心を映す象徴なのか、明確に分けられないこともあります。そのため私は、「必ずご本人が
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