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小説『仮にこれが戯曲としても―― ディタイト王国での冤罪事件①』

 いよいよ春が近い。王家に次ぐ権勢を誇るグランバルト公爵家のコンサバトリーには陽光が満ち、うらうらと暖かかった。「お姉様、やはり私許しがたく思ってますわ!」 そんな場に似つかわしくない大きな声を上げたのは、グランバルト家次女ジルダ。切れ長の目はキッと吊り上がり、カップを持つ指には力が入って細かく震えている。目の前のテーブルに並んだ好物たちに目もくれず、彼女は堪えてきた憤懣を迸らせた。「近頃のミハイル殿下の態度は目に余ります! いえ、前から思うところはございましたが、お茶会やお出かけの誘いに返事もしないなんて失礼にも程がありますわ! お姉様は殿下の婚約者だというのに……。いくら王太子でも、いえ王太子だからこそあんな不実は許されません!」 高潔で意志が強い――強すぎて他者との衝突を招くのがまだ青い点だが――可愛い妹の憤りに、姉であるリリアンは苦笑した。「声を抑えなさいジルダ、うちの中とはいえ誰が聞いているか分からないわ。むざむざ自分の立場を危うくしてはいけません」 ジルダはハッとして口を噤んだ。同時にあることに気づき、エメラルドのような目を見開く。「お姉様、殿下が不誠実という点を否定なさらないの……?」 ジルダにとってリリアンは、いかなる時も理性的かつ優しい理想の淑女だ。ミハイルにどれほどそっけない態度をとられても理解しようと努める姿の、なんと健気だったことか。『互いの両親が決めた結婚だもの、すぐには受け入れられなくても仕方ないわ』と微笑み愚痴のひとつもこぼさなかったお姉様が、殿下を庇わないなんて。 リリアンは自分の紅茶にスプーン一杯砂糖を加え、軽くかき回す。そしてカップを手に取り
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仮にこれが戯曲としても―― ディタイト王国での冤罪事件④

 ミハイルと同様に、リリアンはざわつく群衆をものともせず凛として歩いていく。ただし、ざわめきの内容は少々異なっていた。「おお、リリアン嬢」「やはり信じ難いな……」「まあなんて素敵……」「一体何をなさるんだろう?」「あの自信、きっと勝算がおありだぞ」「見てあの首飾りのダイヤモンド。きっと去年話題になったものだわ、羨ましい」 先が見えない展開に不安は残れど、人々がリリアンに向ける顔はおおむね明るい。その姿の華やかさに断罪と反論の最中ということを忘れ、憧憬の眼差しを向けたり興奮して囁きあう婦人方もいる。その姿は一般的に思い描かれる罪人像とはかけ離れていた。 父譲りの黒い髪は優雅なシニヨンに結い上げられ、ヘアピンについた小さなダイヤモンドたちが夜空の星々のように煌めいている。ピーコックグリーンのドレスは艶やかな最高級のシルクで作られており、まるで柔らかく豊かな光そのものを纏っているようだ。アクセサリーに使われている宝石はダイヤモンドとアメジスト。彼女の菫色の瞳とよく似た輝きを放っている。 国内最大級のダイヤモンドを胸に光らせながら王のもとまでやってきたリリアンは、淑やかにカーテシーを行った。「国王陛下、ならびにお集まりの皆様、ごきげんよう。お騒がせして申し訳ございません」「よい。光の乙女への加害について、其方の言い分を聞こう」 その言葉を聞いたリリアンは王の目をまっすぐ見て言った。「挙げられた罪状、全て身に覚えのないことです。一つずつご説明いたします。まず、光の乙女の私物を取り上げたり壊したりした疑いについて」 そこで初めて、公爵令嬢は婚約者の方を向いた。「証拠として出されたそちらのブ
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小説『仮にこれが戯曲としても―― ディタイト王国での冤罪事件③』

「まあ婚約破棄ですって。随分と強いお言葉を使いますのね」 ふわりと扇子を扇ぎ、ジルダは呟いた。声に冷ややかな軽蔑が乗るのをもう抑える気にもなれなかった。 いずれ王になれば国の隅々まで気にかけ様々な身分や立場の民たちを慮ることが求められるというのに、ミハイルはこのホールにいる人々のことすら見えていない。お集まりの諸侯が黙って眉をひそめているのは、カティアを憐れんだりリリアンへの怒りを押し殺しているからではない。告発の内容や証拠の正当性をうっすらと疑う不信感ゆえだ。 光の乙女が崇敬され丁重に扱われるのは、魔を祓い心を照らす光の力と清らかな慈愛の心で国を守り人々を助けてきたからである。勉強を嫌い礼節を欠き複数の男を連れて遊んでいる者がその名を振りかざしても、何にもならない。いずれ成長して落ち着けば立派な聖人になるだろうという期待から、在学中はある程度お目こぼしいただけていたようだが……その期待も萎れて久しいようだ。 対するリリアンは、勉強熱心で努力家と幼少期から評判の才女。特に言語学と地理歴史に優れ、留学や外遊で訪れた他国の王族と話して心を掴んだエピソードには事欠かない。この若さで教育や文化振興にも尽力しており、昨年秋にグランバルト公爵領に建てられた大劇場には立地の選定から携わっている。カティアが元いた孤児院で読み書きの出前授業をした際、一度も帰ってこないカティアの近況を尋ねられ返答に困ったというのも有名な話だ。 二人の信用には天と地ほどの差がある。だからリリアンが影でカティアをいじめていたなどと言われても、なかなか信じられないのだ。加えて王宮への出入りも多い上位貴族らは王太子が婚約
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小説『仮にこれが戯曲としても―― ディタイト王国での冤罪事件②』

 宮廷楽団の演奏と貴族たちの談笑が混じり合い、巨大なホールは心地よいざわめきで満ちている。純粋に談笑する者もいればこの場でも抜け目なく相手の腹を探る者もおり、過ごし方は実に様々。とにかく今宵王城に招かれた客は全員、思い思いの方法で主役の登場を大人しく待っていた。「ミハイル王太子殿下のおなり!」 しかしその主役である王太子ミハイルが現れた途端、会場は驚きと困惑で満ちた。王族の御前のため大声で騒ぐような者はいなかったが、数百人が一斉にどういうことかと呟けばそれなりの大きさの音の渦になる。ざわつく人々の前をミハイルは一人で堂々と歩いていった。金の御髪や空色の瞳が眩く非常に立派な姿だ。だが、当然一緒だと思われていた婚約者リリアンの姿は見当たらない。 今宵の宴は王太子ミハイルの成人を祝いグランバルト公爵令嬢リリアンとの婚礼について正式に発表する場のはずだ。だから王太子入場の折、誰もがミハイルとリリアンが共に入場すると信じて疑わなかった。それが王太子一人だけ現れるなんて、何かよほどのことがあったとしか思えない。招待客たちが戸惑う中一段高い王太子の座までたどり着いたミハイルは、眼下の人々をぐるりと見回し口を開いた。「静粛に! ……皆が戸惑うのはもっともだ。何故婚約者のリリアンがいないのか、と。残念ながらこの場で僕とリリアンが並ぶことはない。彼女は、光の乙女カティアを虐げ排除しようと目論んだのだ!」 衝撃的な発言により会場は一層ざわついた。リリアン嬢の知性や品性の評判は五十年に一人の才女と謳われるほど高く、にわかには信じがたい告発である。それは国王も同じだったらしく、騒ぎを破る重々しい声で息子
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