小説『仮にこれが戯曲としても―― ディタイト王国での冤罪事件①』

記事
小説
 いよいよ春が近い。王家に次ぐ権勢を誇るグランバルト公爵家のコンサバトリーには陽光が満ち、うらうらと暖かかった。

「お姉様、やはり私許しがたく思ってますわ!」

 そんな場に似つかわしくない大きな声を上げたのは、グランバルト家次女ジルダ。切れ長の目はキッと吊り上がり、カップを持つ指には力が入って細かく震えている。目の前のテーブルに並んだ好物たちに目もくれず、彼女は堪えてきた憤懣を迸らせた。

「近頃のミハイル殿下の態度は目に余ります! いえ、前から思うところはございましたが、お茶会やお出かけの誘いに返事もしないなんて失礼にも程がありますわ! お姉様は殿下の婚約者だというのに……。いくら王太子でも、いえ王太子だからこそあんな不実は許されません!」

 高潔で意志が強い――強すぎて他者との衝突を招くのがまだ青い点だが――可愛い妹の憤りに、姉であるリリアンは苦笑した。

「声を抑えなさいジルダ、うちの中とはいえ誰が聞いているか分からないわ。むざむざ自分の立場を危うくしてはいけません」

 ジルダはハッとして口を噤んだ。同時にあることに気づき、エメラルドのような目を見開く。

「お姉様、殿下が不誠実という点を否定なさらないの……?」

 ジルダにとってリリアンは、いかなる時も理性的かつ優しい理想の淑女だ。ミハイルにどれほどそっけない態度をとられても理解しようと努める姿の、なんと健気だったことか。『互いの両親が決めた結婚だもの、すぐには受け入れられなくても仕方ないわ』と微笑み愚痴のひとつもこぼさなかったお姉様が、殿下を庇わないなんて。

 リリアンは自分の紅茶にスプーン一杯砂糖を加え、軽くかき回す。そしてカップを手に取り、飲むでもなく赤い水面を見つめた。微笑んではいるが同時に苦い感情を滲ませた、肉親のジルダですら見たことのない表情で。

「あのねジルダ。……力及ばなかったの。私なりに殿下ときちんとした関係を築こうと努力したけれど……殿下は婚約解消を望んでおられるわ」

「なんですって!? 陛下や王妃様はお許しになられたの!?」

「いいえ、どうやらお二人はまだご存知ですらないみたい。きっと婚約解消に値する正当な理由を見つけられてないのね。だから、『作る』べく水面下で事が動いている」

「作る……!」

 その言葉の意味を悟り、ジルダは両手で口元を覆った。死神の冷たい手が肩に置かれたかのように、ゾッとした悪寒に襲われる。リリアンはカップを置き、ジルダをまっすぐ見つめた。

「だからどうか、しばらく気をつけてね。今みたいに学校の長期休暇でもない限り私と会う機会はないのだし、あなたを利用する可能性は低いと思っているけれど」

「お姉様、お姉様は大丈夫なの? 何か手を打ってらっしゃるんですか?」

 心配そうに見つめ返すジルダに、リリアンはにっこりと微笑んだ。これはジルダもよく知る、上品かつ頼もしい笑みだった。

「ええ、してもいないことで失脚するつもりはありません。断固戦い、そして勝つつもりよ。――さあ、お茶にしましょう。こんなに用意してもらったのにいただかないなんてもったいないわ」

 そう言ってクランベリーのパウンドケーキを皿に取るリリアン。ジルダもそれ以上は何も言わず、紅茶に口をつけた。これからどうなるのか不安は残っている。でも姉が勝つと力強く宣言したのだから、それを信じたいと思った。懐深いお姉様にとうとう見限られた、あの愚かな王子に未来はあるまい。

「ああそうだわ。もしかしたら近々お父様がアストリー伯爵令息とあなたをお呼びになるかもしれないから、そのつもりでいて」

 ふと思い出したようにリリアンが呟いた言葉に、ジルダの胸はざわりと騒いだ。

 そして数日後、婚約者のリチャード・アストリーと共に父グランバルト公爵から話を聞き、予感が的中したことを知るのだった。
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す