小説『仮にこれが戯曲としても―― ディタイト王国での冤罪事件③』

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「まあ婚約破棄ですって。随分と強いお言葉を使いますのね」

 ふわりと扇子を扇ぎ、ジルダは呟いた。声に冷ややかな軽蔑が乗るのをもう抑える気にもなれなかった。

 いずれ王になれば国の隅々まで気にかけ様々な身分や立場の民たちを慮ることが求められるというのに、ミハイルはこのホールにいる人々のことすら見えていない。お集まりの諸侯が黙って眉をひそめているのは、カティアを憐れんだりリリアンへの怒りを押し殺しているからではない。告発の内容や証拠の正当性をうっすらと疑う不信感ゆえだ。

 光の乙女が崇敬され丁重に扱われるのは、魔を祓い心を照らす光の力と清らかな慈愛の心で国を守り人々を助けてきたからである。勉強を嫌い礼節を欠き複数の男を連れて遊んでいる者がその名を振りかざしても、何にもならない。いずれ成長して落ち着けば立派な聖人になるだろうという期待から、在学中はある程度お目こぼしいただけていたようだが……その期待も萎れて久しいようだ。

 対するリリアンは、勉強熱心で努力家と幼少期から評判の才女。特に言語学と地理歴史に優れ、留学や外遊で訪れた他国の王族と話して心を掴んだエピソードには事欠かない。この若さで教育や文化振興にも尽力しており、昨年秋にグランバルト公爵領に建てられた大劇場には立地の選定から携わっている。カティアが元いた孤児院で読み書きの出前授業をした際、一度も帰ってこないカティアの近況を尋ねられ返答に困ったというのも有名な話だ。

 二人の信用には天と地ほどの差がある。だからリリアンが影でカティアをいじめていたなどと言われても、なかなか信じられないのだ。加えて王宮への出入りも多い上位貴族らは王太子が婚約者を煩わしく思っておられることにも気づいているので、『リリアンに叱られた腹いせか何かで結託した二人が、叱責の内容に尾ひれをつけて騒いでいるだけではないか』とでも思っているのだろう。まるで信用されないなんて、未来の統治者と聖女として致命的ではないだろうか。

「……グランバルト公爵、何か反論はあるか」

 鏡の中の王がため息交じりに声を上げる。ミハイルは胸を張ったまま父から公爵へ視線を移す。その様子を見るに、ため息の理由を理解してはいないようだ。呼びかけに応じ、グランバルト公爵が王族の前に進み出た。きっちりなでつけられた黒い髪、皺ひとつない一級品のスーツ、理性的な緑色の瞳。実の子が告発されたにも関わらず、公爵は身だしなみから振る舞いまで少しの乱れもなかった。きちんと礼をし王をまっすぐ見つめ、落ち着いたテノールを会場に響かせる。

「国王陛下。恐れながら、何かの間違いであるかと存じます。我が娘リリアンはそのような事をする人間ではありません」

 ミハイルが顔を顰めてみせた。

「肉親である其方はそう言うだろうな。しかし、こちらは証拠と証人を揃えているぞ」

 しかし、公爵は平然として頷く。

「殿下のご懸念の通り、私は娘を可愛く思っておりますから正義や道理に背いて庇うかもしれません。ですから、きちんと互いの主張とその根拠を明示し第三者に判断を仰ぎましょう。まずは、リリアンの言い分もお聞きください」

 まるで示し合わせていたかのように、タイミングよく会場後方の扉が開いた。そこには渦中の公爵令嬢リリアンが立っており、ドレスの裾さばきも鮮やかに王座に向けて歩き始めた。
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