小説『仮にこれが戯曲としても―― ディタイト王国での冤罪事件⑤』

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 早々に大勢は決したが、リリアンは手を緩めなかった。

「――私が小さな炎を魔法で操ってカティア様にけしかけ、怯えるカティア様を嘲笑したという件。確かに私はその時間帯に中庭にいました。そして笑顔で魔法を使っていましたから、証人の皆様はきっとその場面を見て誤解されたのだと思います。しかし、その魔法は人を害するためのものではございません」

「で、では何のためだというんだ」

「ミハイル」

 それまで一言も発さなかった王妃が、不意に口を開いた。

「その時リリアンが使っていた魔法は、遠眼鏡の法です。彼女はそれを使い、遠く離れた王宮にいる私に学園の様子を見せてくれていたのです」

「え……」

 顔をより一層青くした息子に、母は小さくため息をついた。

「その数ヶ月前、夏季休暇の時です。リリアンを王宮に招いてお茶をした際、彼女は学園での話を数多くしてくれました。どの話も興味深くリリアンが生き生きと日々を過ごしているのが伝わってきて……思わず自分の在学中を思い出して懐かしみました。そんな私の様子をリリアンは覚えていてくれたのです。先代グランバルト公爵が開発した魔法で学園と自分の様子を届けられないかと関係者にかけあい、実現したのがその日時。公式の書類も残っていますし、当日問題がないよう見守っていた宮廷魔術師たちが証言してくれることでしょう。それでも、リリアンに非があると思いますか?」

 王妃は己の玉座の上で動じず、我が子に厳しい顔を向ける。眼差しは冷徹だったが、目ざとい者はその瞳の奥に苦渋を見た。

「おいたわしや王妃様。立場の制約がありながらも殿下が立派に育つよう尽力されていたのは私にも伝わってますわ。それなのに……」

「ジルダ、合図だ」

 惨いぐらいの親不孝に思わず涙ぐんだジルダは、リチャードの言葉に目を瞬かせた。見ると鏡に映ったリリアンが、胸の前で右手首を左手首で握っている。指輪のアメジストが目配せをするように光った。

「まあ本当だわ。行きましょう」

 事前に打ち合わせた通り、若い二人は部屋を出てすぐの場所にある巨大な両開きの扉の前に立った。重厚な扉はその先に広がるホールの音を一切通さないが、おおよそ何が起こっているかジルダには想像がついた。重苦しい空気の中、きっとリリアンはこんなことを言っているだろう。

「最後に、言葉の暴力について。正直に申し上げますと、私は光の乙女に苦言を呈したことが何度かございます。神から光の力を頂いている身だから聖書を勉強なさいとか、複数の殿方に思わせぶりな態度をとり続けるのは少々不誠実ではないか、先生が提案してくださった勉強会について全く無視してしまうのはよくない、など。つい、いきすぎて厳しく言ってしまったことはあるかもしれません。しかし彼女の出自や容貌などに触れて侮辱をした記憶はございません」

 もしかしたら、ミハイルかカティアが『リリアンに自覚がなくてもカティアが傷つくには十分な暴言だった』とでも言い返しているかもしれない。だが、リリアンの言葉もこれから起きることも変わらない。

「ただ、それはあくまで私の主観です。言った側と言われた側は違う人間ですから考えも受け取り方も異なります。これもまた、第三者に客観的に見て判断していただく方がよろしいでしょう。けれど形あるものとして何も残っていない過去の会話をどうやって? ……それを解決する手段をお持ちしております」

 ゆっくりと大扉が開き、豪華なシャンデリアの光が隙間から溢れ出す。ジルダはリチャードがそっと差し出した腕をとり、微笑んだ。

「私の妹ジルダと婚約者のアストリー伯爵令息が共同で開発した、過去を映し出す魔法をご覧に入れましょう」

 その場の全員の視線が二人に降り注ぐ。何ら恐れることはない。姉が任せてくれた一世一代の大役を見事にやり遂げるまでだ。大詰めの舞台に現れる役者のように胸を張り、ジルダは会場へ踏み込んだ。
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