「な……」
ホールにいた全員が驚愕で固まった。床に叩きつけられた騎士の軽鎧が一部融けている。あの目も眩むような光にはそれなりの威力があるのだ。
「陛下、退避を!」
「リリアン、ジルダ、下がっていなさい」
場の空気はにわかに張りつめた。パニックを起こした一部の招待客が我先にと出入り口に駆け寄る。護衛たちは王や王妃を庇うべく前に立つ。娘二人を背中に隠すように歩み出たグランバルト公爵が、防御魔法で障壁を創り出す。
「うあああああ、イライラする! 馬鹿にしやがって! リリアン!」
カティアは夏の太陽のようにギラギラと白い光を溢れさせ、ダンダンと足音を立てて迫りくる。魔術にも長けた近衛数人が制圧を試みるが、度々噴出する強烈な光の魔力がそれを阻み負傷者が増えていく。
「……なんてこと。あんな爆発的な力、初めて見たわ」
グランバルト家の姉妹は、自身も障壁を張りながらジリジリと後ずさった。聖女とは程遠い暴力の塊を目の前に、リリアンの頬を汗が一筋伝う。
「ええ。詠唱も手順もあったものじゃありませんわ。豊富に持っている魔力が憤怒の感情と共に爆発して無秩序に迸っている。まるで火山の爆発ね」
ジルダも同様に下がりながら、少しでもカティアから遠ざけようとリリアンを後ろに庇おうする。あの女の標的は間違いなくお姉様だ、何としてでも守らなくては。数ある魔法の中から無力化に最も適したものを探すべく、頭脳を最大限回転させる。
しかし、計算が狂うのはいつも決まって全く予期せぬ時で。
「キャッ!」
正装用のヒールが高い靴は、このように緊迫した状況で履くことを想定していなかった。バランスを崩したリリアンが床に倒れ、魔法の盾が揺らいで消えかける。それはあまりにも大きな隙だった。
「お前のせいでぇっ!」
「リリアン!」
「お姉様っ!」
獰猛な野犬のようにランランと目を光らせたカティアが飛びかかる。光が膨れ上がり、ジルダやリチャード、グランバルト公爵や王たちをなぎ倒した。床に転がりながらジルダは必死に姉へ手を伸ばすが、届かない――。
その時、リリアンの表情が覚悟を決めた鋭いものに変わった。唇が動き、手のひらから針のように細い青色の光が放たれる。それは白い光を穿って突き進み、今にも掴みかかろうと床を蹴るカティアの右足に当たった。
「ぎゃっ」
ベチャッというような音を立ててカティアの上半身が床に落ちた。氷魔法を受けた足が凍り付き、床に縫い付けられたのだ。ジルダとリチャードはほぼ同時に跳ね起きた。かつてないほど速い詠唱で厳重な拘束の魔法を織り上げ、聖女の皮を被った化け物を床に縛り付ける。
「……なんとかなったわね」
身を起こし立ち上がろうとしながらリリアンが呟いた。膝が震えており、なかなか上手く立てない。無理もないだろう。リチャードが歩み寄り、そっと手を差し伸べる。
「お義姉さん、大丈夫ですか?」
「ええ、ありがとう。心配させてごめんなさい」
一旦靴を脱ぎ、リチャードの助けも借りてようやくリリアンは立ち上がった。王やグランバルト公爵なども次々身を起こす。
「いいえとんでもない、僕こそ助けに入れず不甲斐なかったです。あの一瞬で力負けしないよう魔力を一点に集めたとっさの判断、難しい状況で的確な場所に命中させた集中力。大変見事でした」
リチャードの言葉にリリアンはニコリと微笑んだ。そしてくるりと踵を返し、カティアに向き直った。
「カティアさん。もしかしたら私たちがこうしてお会いするのはこれが最後になるかもしれません。だからどうか、一つ質問に答えて下さい」
うつ伏せで床に拘束されたカティアは、この期に及んで野犬のように吠えた。
「ハア!? 何言っちゃってんの? お前生意気なんだよ! ただのウザいNPCのくせに、こんなのゲームのストーリーにないのに、こんなクソ展開クソイベントっ」
「それです」
リリアンの声は穏やかだったが、聞くに堪えない喚きをすっぱりと断ち切った。他に喋る者はなく、ホールはしんと静まり返っている。
「あなたは時々、不思議なことを仰ることがありましたね。同級生を指して『脇役』『人気キャラ』と呼んだり、『明日の武術大会では彼が勝つ』『明日は確定で雪が降る』など未来を予知するようなことを呟いたり、何か気に入らなかった時に『キャラと違う』『ストーリーにない』と怒ったり……。まるでこの世界が何かの筋書きに沿って動いているかのようなことを、たくさん仰っていました。まるで自分以外の人はその筋書き通りに動くお人形なのだと、固く信じていらっしゃるような印象を受けました」
予想だにしなかった内容の発言に、ジルダは戸惑って姉の顔を見た。微笑んではいない。脆いガラス細工を扱うかのような、静かな緊迫感が菫色の瞳に満ちている。妹には目もくれず、ただカティアをじっと見下ろしてリリアンは言った。
「あなたは何を知っていて何を考えてらっしゃるの? この世界を戯曲か何かだと思ってらっしゃるの?」