仮にこれが戯曲としても―― ディタイト王国での冤罪事件⑨

記事
小説
 この世界が戯曲? カティア以外は筋書き通りに動くだけの人形? あまりにも荒唐無稽な話に、流石のジルダも姉の言葉をすぐに飲みこめなかった。招待客たちも、王も王妃も、ミハイルも、グランバルト公爵もリチャードも、皆唖然としてリリアンを見つめている。完璧な証拠を突きつけて着せられかけた濡れ衣を跳ね返した今のリリアンの発言でなければ、誰も到底信じられなかったろう。

 ところが、カティアはその問いを聞くや顎を反らしてゲラゲラと笑った。そしてめいっぱい歯を剥き、威嚇なのか笑みなのかよく分からない壮絶な顔をリリアンに向けた。

「やっと分かったの? 完璧な優等生のくせに? そうよ、あんたらはただのゲームのNPCよ! 主人公のあたしに尽くすために生まれてきた作り物なんだよ!」

 他者への思いやりや尊重の欠片もない、利己的な発言。リリアンは真剣な表情でそれを受け止めた。

「えぬぴーしー、というのは人形や役者と同じような意味の言葉かしら。あなたにとってここは自分を中心に回る舞台で、清らかな光の乙女を讃え傅く物語の中なのね?」

 ゲラゲラ、ギャハハと開き直った毒婦が笑う。ジルダは拘束魔法に注ぐ魔力を強め、カティアの頭をぐいと押さえ込んだ。

「そうよ、身の程がやっと分かった? じゃあ今からでもいいからまともな挙動しなさいよ! あたしは光の乙女カティアなんだから!」

 リリアンは深く溜め息を吐き、大きくゆっくりと首を横に振った。

「それは出来ないわ。私も、ここに集う他の方々も、『そんなことはしたくない』から」

「はあ? まだ自分らの立場を――」

「自分の立場を分かっていないのは貴方の方よ。光の乙女が頭を垂れられるのは、代々の光の乙女が人々に深く頭を垂れ、苦しみ悲しむ人々の手をとり、災いや魔を退けてきたからです。何百年の間何人もの光の乙女が積み重ねてきた信頼があったから、貴方も受け入れられた」

 リリアンは声を荒げなかった。顔も険しくはない。ただ、逃げを許さない厳しさをもってまっすぐカティアを見下ろし、言葉を紡いだ。ジルダはいつの間にか、薮の中に潜む狩人のように息を詰めてそれを聞いていた。

「けれど、たとえ神から光を預かって生まれてきた光の乙女でも、神にも隣人にも目もくれず自分勝手な振る舞いを続けるならその言葉を聞いてはもらえない。貴方は縋っている物語の中の光の乙女カティアをきちんと演じられているかしら? もし物語の主人公も貴方のように悪事を重ねていて、それでも崇めるのが私の役目だというのなら――」

 リリアンは背筋を伸ばし、声を張った。凛とした声が冷えた空気を震わす。

「私は自分の良心に従い、その役目を拒否します。仮にこれが戯曲としても、私は何も考えず筋書きに従うだけの人形にはならないわ。カティアさん、学園や王宮の人たちの顔を思い出せるかしら。笑ったり泣いたり怒ったり喜んだり怯えたり驚いたり、色々な感情や思いがそこにあったはずよ。ただ求めたように動くだけの操り人形は、一人もいないのよ」

 ジルダは感嘆しお姉様と呼びかけようとしたが、声は出てこなかった。他の人々もリリアンのスピーチに胸を打たれたらしく、広間の雰囲気は明るい方向に一変している。

「…………はあああ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!? 何いいこと言った風なの? 調子乗ってんの!?」

 だが、ここまで言ってもカティアの心には全く響かなかった。再び危険な光が溢れ出し、拘束魔法を破ろうと内側から膨大な魔力が押し寄せる。

「死ね! ゴミ! リリアン!」

 一瞬の出来事だった。カティアの中から光が噴き出し、防ぐ間もなく何もかもを包み込んでしまう。

「ぎゃああああああああああああああ!!!」

 しかし、その光がリリアンたちを焼くことはなかった。やがて眩んだ目が元に戻り人々が見たものは、自分から発された光の力に焦がされ引き裂かれ、瀕死の状態で呻くカティアの成れの果てだった。
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す