仮にこれが戯曲としても―― ディタイト王国での冤罪事件 完

記事
小説
 花が開き麦が芽吹き小鳥が歌う、春の盛りのブルクスタ王国にて。王太子ユースタスと隣国ディタイトの公爵令嬢リリアンの婚礼の儀は、つつがなく厳かに執り行われた。一抹の寂しさを感じていたジルダも、ユースタスと並んで神の祝福を受けるリリアンを晴れやかな気持ちで見守ることが出来た。壮麗な大聖堂で夫婦の誓いを立てる若い二人はとてもお似合いで、後に何度も絵画に描かれることとなった。続く祝宴は三日三晩続き、老いも若きも男も女も平民も貴族も食べ、飲み、歌い、踊り、祝って楽しんだ。誰もが若い二人と両国の明るい未来を確信しながら杯を合わせ、夢のような時間を過ごしたのだった。

 式から十日後。ディタイト王国に帰国したジルダは体を休め細々とした用事を済ませてようやく通常の生活に戻った。やることは山積みだ。回顧の法と命名されたあの過去を映し出す魔法のさらなる改良、父の書類仕事の手伝い、領内の視察、自分とリチャードの婚礼についても話し合いが始まっている。それに……。

「まずは、留守中『あれ』に動きがなかったか確認しに行きましょう」

 ジルダはそう呟き、支度のため動き出した。



 万一の事故の際に王城や民を巻き込まないよう、王立魔法研究所は都からかなり離れた山間部に建てられている。グランバルト家は代々魔法の研究や開発が得意な者が多いため生家に立派な研究室を備えているが、大掛かりな実験をする場合はわざわざここまで来て数日滞在することも珍しくなかった。

 要件を告げると、係の者がすぐ地下の研究室に案内してくれた。壁も床も天井もむき出しの石で出来た広い部屋は、この季節でも肌寒い。書き物をしたり薬草を煎じていた数人の研究者が、入ってきたジルダを見て快活に挨拶をしてくれた。

「皆さんお疲れ様です。『対象』の状態はどうですか?」

 尋ねると、一番近くにいた研究者が答える。

「特に変わりありません。一度発作が起きましたが、短時間で落ち着きました」

「そう」

 ジルダは部屋の奥に進み、そこに置かれた直方体の大きな箱を覗き込む。数十種類の薬草から作られた特殊な薬液の匂いがツンと鼻を刺激する。

「あ……う……」

 その薬液に、カティア・フルーテの成れの果てが浸かっていた。

 カティアは全身が焼けただれあちこちが欠損したが、迅速な処置のおかげか奇跡的に一命をとりとめた。歩いたり話したりはおろか自力での飲食も出来ないので、本当に命だけ繋ぎとめられた状態だ。以降ずっとこの地下室で治療と研究と管理をされている。食事は日に二回、穀物や野菜を極限まで煮詰めて液状にしたスープを管で直接喉に流し込まれる。一日一回もしくは薬液に排泄物が混じっているのが確認された時に薬液が取り替えられ、一週間に一回全身を清拭され別の薬を塗布される。それだけの日々を、彼女はずっと過ごしている。

 かつて己を飾って好き放題に振る舞っていたとは信じがたい裸の肉塊に手をかざし、ジルダは魔力を探ってみた。

「……相変わらず魔力はほとんどないわね。大きなダメージを受けたとはいえ、これだけの時間があれば多少は魔力が回復してきてもおかしくないのに」

 共に箱を覗く研究者が頷く。

「ええ。過去の光の乙女の記録と比べて怪我の治りも遅すぎます。その左頬の火傷なんか、今でも生々しいままですし」

 その時カティアが身じろぎ、火傷のせいで引きつった唇から威嚇するような唸り声が漏れた。目は両方ともすっかり駄目になっているが、こちらの声は聞こえているらしい。ジルダを敵視しているところをみるに、自分を省みようとは思わないらしい。

「確認された禍々しい魔力は強まったりしていません?」

「いいえ、むしろ弱まりつつあります。これは『対象』が衰弱してきているからだと我々は――」

 無視して会話を続けようとしたその時、元光の乙女が呻き、激しく身を捩った。元々ぐちゃぐちゃな顔が苦悶でさらに歪み、薬液の水面が大きく波打つ。傷一つ一つから黄金色の光が柔らかく漏れている。

「まあまた発作が」

「といっても落ち着くまで待つしかないんですよね。どの麻酔や鎮痛剤も効果がなくって」

 カティアは時折、この奇妙な発作に襲われる。全身の傷が光を放つ間、激痛に苛まれるようなのだ。痛みを和らげるべく様々な手段が試されたがどれも効果なし。最近ではもう、過ぎ去るまで皆遠巻きにして見守るだけになっている。

「う、――――! ――――! ……あ」

 カティアを包みながらも癒さない、神々しい光。それは、光の乙女の本分を放り出して甘い蜜だけを吸おうとした彼女への神からの贈り物なのかもしれないと、ジルダはそんなことを考えた。

                                END



私塩メロンはこういった小説を執筆するサービスを販売しております。もし形にしたい物語があれば是非ご相談ください。
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す