「して、過去を映し出す魔法とはどのようなものか」
挨拶を交わしてすぐ、王は尋ねてきた。ジルダは答える。
「我が祖父が開発した遠眼鏡の法を応用したものでございます。鏡や水面に離れた場所の景色や音を映すことが出来るこの魔法をさらに便利なものにすべく、グランバルト家は三十年間研究を続けてまいりました。私の婚約者であるアストリー伯爵令息も協力してくださり、半年前に『過去の出来事を映し出す』ことに成功したのです」
これまでに並べた証拠たちだけでもリリアンの潔白を国中に信じさせるには十分だったろう。だがリリアンと父であるグランバルト公爵は、ダメ押しと宣伝を兼ねてこの画期的な魔法を披露することにしたのだ。開発者のジルダとしてはもっと色々な機能を実現させてから発表したかったのだが、濡れ衣を着せられそうな姉の役に立つならそんな欲望に意味などない。
さっきまで部屋の壁にかけられてこのホールの状況を映していた大きな鏡は、グランバルト家の従者たちによって運び込まれ魔法で高く持ち上げられていた。数百人の人々が注目するそれを見上げながら、リチャードが続きを引き受ける。
「実演してみましょう。今から約一年前に行われた王立学園の卒業式の様子をこの鏡に映してみせます」
そして精神を集中させ詠唱を始める。リチャードの魔力が鏡に集まり、鏡面が青い光で満たされていく。若き秀才が詠唱を終え鏡に手をかざした刹那、光が弾け鏡の中の光景が変わった。
「おお……!」
会場がどよめく。紛れもなく、一年前に開かれた卒業式の模様が映し出されていた。あの日降っていた季節外れの雪がちらちらと窓の外で舞っているし、送辞を述べているのはその後亡くなった前学園長だ。何より当時の卒業生であるリリアンやミハイルの姿が見える。取り巻きに囲まれそれ以外からは距離を置かれたカティアもいる。――金糸で狼が刺繍されたハンカチで涙を拭いている。
「これまでの実験の結果、現状遡れるのはおよそ23年前までです。しかしこういった検証には十分活用出来るでしょう。同じ手順を踏んで魔法を使えば、誰でも過去を振り返ることが出来ます」
ジルダの説明に、王は髭をさすりながら唸った。
「なるほど。異なる家や組織に属する者たちに同時期の光景を映させ、照らし合わせれば偽証を防げるのだな」
「その通りでございます。さて、本題に移りましょう。この魔法を使って、光の乙女の告発に出てきた『最高学年に上がってすぐの頃の図書館の隅』の様子を映し、我が姉リリアンと光の乙女の実際の会話を確認するのです」
「ダメーっ!!! ダメよそんなの、ダメに決まってる!!!!!」
カティアが金切り声を上げてジルダたちの方へ飛び出した。頑是ない子供のように喚きながら一同に掴みかかろうとしたが、衛兵が立ちはだかりあっさり取り押さえられた。ミハイルは彫像のような凛々しい顔を真っ白にして立ち尽くし、ただ鏡を見上げている。
過去の再生はすぐ始まった。国内有数の蔵書を誇る学園内の図書館。書架に囲まれた静かな一角に、制服姿のリリアンとカティアが立っている。
「カティア様、ゼファー導師のおっしゃる通りもう少し教えについてお勉強なさってはいかがでしょう? 神から大いなる光を預かった光の乙女として、その神や光について無知なままでは支障が出てしまいます」
提案の形をとって穏やかに述べるリリアン。その言葉を聞いた光の乙女は、ムッと顔をしかめた。
「私は既に神に選ばれ任されています。ちゃんとお祈りもしていますし授業にも出ているし、十分でしょう?」
「ええ、もちろん存じ上げています。けれど学年末試験の結果が……その、あまり芳しくなかったでしょう。我らが神について知らない状態では、神の御心に従って人を助けることも出来ないと思いますの」
リリアンは慎重に言葉を選び、説得しようとする。だがカティアには全く届かなかった。露骨に苛立った顔をリリアンに突きつけ、唸るような低い声で言い返す。
「指図しないで、あなた本当に鬱陶しいわね。私の出来が悪いっていうの? あなたに何が分かるっていうの? 汚らしい出来損ないじゃ聖女やれないっていうの?」
「いいえ、私そんなことは」
「嫌味はもういい? 卑しい孤児だと思って馬鹿にしてるんでしょ。私も忙しいの。私のやり方に口出さないで」
カティアは一方的に吐き捨てると、苛立たしげに立ち去った。残されたリリアンは肩を落とし、深くため息をつく。
「……どうしたら聞いてもらえるかしら。毎日のように先生たちと口論になって辛いでしょうに……」
困り果てた才女の嘆きを最後に、映像は終わった。