『誰かを救いたい』気持ちが生まれた時、本当に救われたいのは私だった。
ヨガをきっかけに、心が軽くなる感覚を知った私。こんな風に心を軽くすることができるなら同じように苦しんでいる方のお力になりたい!ふとそんな思いが湧いてきました。それと同時に感じた違和感。それは...『今私が誰かを救っても、説得力がない』ということ。表では平気なふりをして『私はヨガで心が軽くなりました〜!!🥰』と伝えても、裏では苦しんでいる矛盾だらけの自分が容易に想像できてしまったからです。確かに、ヨガを続けていくうちに自分に対する気づきが増え自分を大切にする選択が少しずつできるようになりました。でも、それでも、苦しみの中でもがいていたのもまた事実。いい日もあるけど、悪い日もある。少しポジティブに前を向ける日があっても、また別の日には自己否定の波にのまれてしまう...感情の揺らぎが大きくとても不安定な状態でした。そんな自分の状態に気づいたから『誰かを助けるのは、きっと今じゃない』と感覚的に感じたのだと思います。この違和感の正体が明らかになったのはそこから何年も経ってからのこと。当時の私は、自己否定を繰り返しどんどん自信を無くしてしまっていました。そして劣等感は膨らむばかり…”ありのままの自分”を認めるのが怖かった。(”落ちぶれていく自分”という見え方をしていた)誰かを救うことで、”私はまだ大丈夫”そう感じたかったのだと気づきました。あの時の”誰かを救いたい”は本当は”私が救われたい”だったんですね🥺電話相談を始めた今でも感情の波がないわけではありません。でもそれは、誰でもあるものですよね^^いい時も、悪い時も『今日は○○だな。』と”ただ見る”そこにジャッジは下しません。そして、どん
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