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凪ってさ、ちゃんとしようとしすぎるよね。

公園の空気は、昨日より少しだけやわらかかった。街灯の光が、ブランコの鎖を細く照らしている。凪と陽菜は、近い距離で立ったまま、まだ触れない。でも、昨日みたいな“遠さ”は、もうなかった。「学校、ちゃんといたね」陽菜が、小さく笑う。凪は、少しだけ視線を逸らす。「……いたよ」「でも、なんか違った」その言葉に、凪の心が、静かに揺れる。陽菜は、ブランコに軽く触れる。鎖が、きい、と鳴る。「なんていうか」少し考えるみたいに空を見る。「無理してる感じ、してた」凪の指先が、わずかに動く。その言葉は、思ったより深い場所に落ちた。「別に」反射みたいに返す。でも、その声は少しだけ硬かった。陽菜は、すぐには何も言わない。ただ、静かに凪を見る。逃がさないみたいに。風が吹く。髪が揺れる。凪は、その視線から逃げるみたいに、少しだけ下を向いた。「凪ってさ」陽菜が、やわらかく言う。「ちゃんとしようとしすぎるよね」その瞬間、凪の胸の奥が、小さく痛んだ。“ちゃんと”。その言葉は、ずっと自分を守ってきたものだった。嫌われないように。困らせないように。空気を壊さないように。そうしていれば、安心できると思っていた。でも、陽菜の前にいると、その“ちゃんと”が、少しずつ苦しくなる。「……別に、普通だし」小さく言う。陽菜は、少しだけ笑った。「普通の人は、“普通”って何回も言わない」凪が、顔を上げる。目が合う。逃げられない。でも、不思議と、逃げたくない。陽菜が、一歩だけ近づく。ほんの少し。触れられそうで、触れない距離。「無理して笑ってる時、わかるよ」その声は、やさしかった。責める感じじゃない。見つけてしまった、みたいな声。凪の呼吸が
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みんなといるのに、どこか遠い場所にいるみたいになる。

夜風が、少しだけ冷たくなっていた。街灯の光が、陽菜の髪をやわらかく照らしている。凪は、その横顔を見たまま、うまく言葉が出せなかった。“無理にちゃんとしなくていいよ”その言葉が、まだ胸の奥に残っている。凪は、ゆっくり息を吐いた。でも、胸の苦しさは消えない。むしろ、少しずつ広がっていく。「……変だよね」小さく、凪が言う。陽菜が視線を向ける。凪は、少し迷ってから続けた。「ちゃんと人いるのに」風が吹く。ブランコが、小さく揺れる。「別に、一人じゃないのに」声が、少しかすれる。凪は、自分の指先を見る。昔から、誰かと一緒にいるのは苦手じゃなかった。笑うこともできる。合わせることもできる。困られないように、空気を悪くしないように。ちゃんとやれていた。でも、時々、ふっと苦しくなる。みんなといるのに、どこか遠い場所にいるみたいになる。「……なんか」凪が、小さく笑う。苦しそうな笑い方。「ずっと、“ちゃんといる”だけだった気がする」その言葉のあと、夜が少し静かになる。陽菜は、何も急がなかった。ただ、凪の言葉を待っている。凪は、少しだけ目を閉じる。言葉にしてしまった。今まで、ちゃんと外に出したことのない感覚。凪が、ゆっくり目を開ける。陽菜を見る。街灯の光の中。「陽菜といると」胸の奥が、少し熱くなる。怖い。でも、止めたくない。「……一人じゃない感じ、する」小さな声。消えそうなくらい。でも、ちゃんと届く声。陽菜の目が、少しだけ揺れる。驚いたみたいに。でも、すぐにやわらかくなる。「そっか」それだけ。たったそれだけなのに、凪の胸の奥が、ゆっくりほどけていく。理解された。そんな大げさなものじゃない。でも、ずっと閉
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……なんで呼ぶの

校舎を出るころには、空はもう薄い群青になっていた。昼の熱が少し残った風が、制服の袖を静かに揺らす。凪は、スマートフォンを片手に持ったまま、ゆっくり歩いていた。返信は、まだしていない。『帰り道』その短い言葉だけが、胸の中で、何度も小さく響いている。駅へ向かう生徒たちが、前を通り過ぎる。笑い声。自転車のブレーキ音。遠くの踏切。全部、いつもの帰り道。でも、凪の足だけが、少しだけ落ち着かない。スマートフォンが、また震える。凪は立ち止まる。街灯が、静かに灯り始めている。画面を見る。『もう着く』短いメッセージ。場所は書いていない。なのに、どこなのか、わかってしまう。凪は、画面を見たまま動かない。心臓の音だけが、少し大きい。行く理由なんて、ない。急ぐ必要もない。でも、足が、もう迷っていない。曲がり角を、一つ。その先に、公園へ続く道がある。昨日と同じ景色。でも、昨日より、少しだけ空気が近い。凪は、スマートフォンをポケットにしまう。そのとき、前から歩いてくる人影が見えた。陽菜。街灯の下で、足を止める。目が合う。昨日みたいに、長い沈黙はない。でも、言葉も、すぐには出てこない。陽菜が、少しだけ笑う。「来ると思った」やわらかい声。凪は、答えない。代わりに、ほんの少しだけ、近づく。その距離に、陽菜の目が、静かに揺れる。風が吹く。髪が、少しだけ触れる。凪は、そのまま陽菜を見る。昨日より、近い。なのに、まだ、はっきりとは触れられない。「……なんで呼ぶの」小さく、凪が言う。陽菜は、少しだけ目を細める。考えるみたいに、空を見る。それから、「わかんない」そう言って、笑った。その曖昧さに、凪の胸が、また静かに鳴る。
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ちゃんとしていれば大丈夫。優しくしていれば嫌われない。

ブランコは、ゆっくり揺れていた。きい、と小さく鳴る音が、夜の静けさに溶けていく。凪と陽菜は、並んで座ったまま、しばらく何も話さなかった。でも、その沈黙は、不思議と苦しくなかった。夜風が、二人の髪を揺らす。街灯の光が、足元にやわらかい影を落としている。凪は、鎖を軽く握ったまま、前を見ていた。“理解される価値がある”そんな言葉を、昔の自分は信じられなかった気がする。ちゃんとしていれば大丈夫。優しくしていれば嫌われない。空気を読めば、ちゃんとここにいられる。そう思っていた。でも、今こうして陽菜の隣にいると、それだけじゃなかったのかもしれないと思う。「……静かだね」凪が、小さく言う。陽菜が、少しだけ笑う。「うん」短い返事。でも、その声の温度が、やさしい。また沈黙が落ちる。普通なら、何か話さなきゃと思う時間。でも今日は、それがない。凪は、少しだけ不思議だった。誰かと一緒にいるのに、頑張って空気を作らなくていい。ちゃんと笑わなくていい。何か話題を探さなくていい。ただ、ここにいる。それだけでいい。その感覚に胸の奥が、少しだけ熱くなる。「……陽菜といると」凪が、ぽつりと言う。言葉を選ぶみたいに、少し間を空ける。「なんか」ブランコが、きい、と鳴る。「呼吸、楽」言ったあとで、凪は少しだけ視線を落とす。恥ずかしくなったみたいに。でも、陽菜は笑わなかった。からかいもしない。ただ、少しだけ目を細める。「そっか」小さな声。その一言だけで、凪の胸の奥が、また静かにほどける。陽菜が、足で少しだけ地面を蹴る。ブランコが、ゆっくり前に揺れる。「凪ってさ」夜風の中で、陽菜が言う。「ずっと息止めて生きてた感じする」凪
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何を覚えているのか。どうして今なのか。

陽菜の指先が、ほんの少しだけ、こちらに向いた。呼ぶほどでもない。でも、気づかないふりはできないくらいの動き。凪の足が、もう一歩だけ前に出る。砂の上で、小さく音がした。その音に、陽菜の視線がわずかに揺れる。逃げるでもなく、受け止めるでもなく。ただ、そのまま。距離が、少しだけ縮まる。それだけで、空気の密度が変わる。言葉を探そうとして、やめる。今は、いらない気がした。代わりに、呼吸がそろう。同じ速さで、吸って、吐いて。それだけで、さっきまでの遠さが、少しずつほどけていく。ブランコが、もう一度だけ鳴る。陽菜が、目を伏せた。ほんの一瞬。それから、また顔を上げる。「……来たね」小さな声。凪は、うなずく。声にすると、壊れそうで。でも、伝わってほしくて。「……うん」それだけ。沈黙が、すぐに戻る。でもさっきまでの沈黙とは、少し違う。逃げ場としての静けさじゃなくて、置いておいても大丈夫な静けさ。陽菜が、ブランコに手をかける。鎖が、軽く揺れる。「ここ、覚えてる?」振り返らずに言う。凪は、少し考えてから、うなずく。「……うん。たぶん」はっきりしない返事。でも、陽菜は、それでいいみたいに、小さく笑った。「わたしは、ちゃんと覚えてる」その言葉だけが、少しだけ重く落ちる。凪の胸が、また静かに鳴る。何を覚えているのか。どうして今なのか。聞こうとして、やめる。まだ、そこまで踏み込まないほうがいい。そんな気がした。陽菜が、ブランコに座る。きい、と音がして、ゆっくり前に揺れる。ほんの少しだけ。子どもみたいに強くは蹴らない。ただ、体重を乗せただけの揺れ。「ね」揺れながら、言う。「さっきの続き、ここでしてもいい?」凪は
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言葉にならなかった部分。 それが、今、ここにある。

街灯の光が、すこしだけ色を持っていた。あたたかいようで、どこか冷たい。夜の公園は、音が少ない。遠くで車が通る気配と、ブランコの鎖が、かすかに揺れる音だけ。凪は、立ち止まった。ポケットの中の指先に、まだ体温が残っている。さっきまで握っていたスマートフォンの感触。あの声。あの間。ゆっくり、顔を上げる。そこに、いた。陽菜は、ブランコの近くに立っていた。照明の下で、輪郭がやわらかく浮かんでいる。思っていたより、近くて。思っていたより、遠い。風が、二人のあいだを通り抜ける。髪が、ほんの少しだけ揺れた。目が合う。それだけで、時間が止まったみたいだった。ああ、ちゃんと来たんだ。誰も言っていないのに、そんな言葉が、空気の中に落ちた。凪は、ほんの一歩だけ、足を動かした。でも、それ以上は進まない。陽菜も、動かない。ただ、見ている。少しだけ、泣きそうな顔で。でも、笑いそうでもあって。どっちとも言えない、その表情。凪は、視線を逸らさなかった。怖くない、とは言えない。でも、逃げたくない、とも思った。さっきの電話で、確かに触れたもの。言葉にならなかった部分。それが、今、ここにある。ふたりの間に。ブランコが、きい、と小さく鳴る。風のせいか、陽菜の手が、少しだけ動いた。それだけで、凪の心が、かすかに揺れた。近づくでもなく、離れるでもなく。ただ、立っている。それなのに、何かが、確実に変わっていく気配がした。夜は、静かに深くなる。そして、まだ何も始まっていないのに、もう、戻れないところまで来ている気がした。
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今から、少しだけ外に出られる?

通話の向こうで、陽菜が小さく息を吸う。「じゃあさ」その一言で、空気が変わる。「今から、少しだけ外に出られる?」凪の指が止まる。「え……今?」夜。部屋。さっきまでの“安全な距離”。全部が、一瞬で揺れる。でも、陽菜は続ける。「5分だけでいい」やわらかい声。でも、逃がさない。「同じ空気って言ったじゃん」少し間。「ほんとに、同じとこで感じてみない?」凪の心臓が、大きく鳴る。怖い。でも。逃げないって、決めた。凪は立ち上がる。パーカーを羽織って、ドアに手をかける。「……出る」短く。でも、ちゃんと前を向いた声。陽菜が、少しだけ笑う。「いいね」その声が、背中を押す。凪は、静かな廊下を抜けて外へ出る。夜の空気。少し冷たい。心が、はっきりしていく。「どこ?」凪が聞く。陽菜は、すぐに答える。「学校の近くの公園」あの場所。今日の続きが始まった場所の、少し先。「先に着いたら、ブランコね」軽く言う。でも、意味は重い。「ちゃんと見るって言ったでしょ?」凪の胸が、また鳴る。「……うん」歩き出す。夜道。街灯。静けさ。でも――もう一人じゃない。同じ方向に、同じ速度で、もう一人も動いている。凪は、少しだけ笑う。(ほんとに、来るんだ)その気持ちが、少しだけ嬉しい。そして、止まりかけていた物語が、一気に“動き出す”。
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