何を覚えているのか。どうして今なのか。

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コラム
陽菜の指先が、ほんの少しだけ、こちらに向いた。

呼ぶほどでもない。
でも、気づかないふりはできないくらいの動き。

凪の足が、もう一歩だけ前に出る。

砂の上で、小さく音がした。

その音に、陽菜の視線がわずかに揺れる。
逃げるでもなく、受け止めるでもなく。
ただ、そのまま。

距離が、少しだけ縮まる。

それだけで、空気の密度が変わる。

言葉を探そうとして、やめる。
今は、いらない気がした。

代わりに、呼吸がそろう。

同じ速さで、吸って、吐いて。
それだけで、さっきまでの遠さが、
少しずつほどけていく。

ブランコが、もう一度だけ鳴る。

陽菜が、目を伏せた。

ほんの一瞬。

それから、また顔を上げる。

「……来たね」
小さな声。

凪は、うなずく。

声にすると、壊れそうで。
でも、伝わってほしくて。

「……うん」

それだけ。

沈黙が、すぐに戻る。
でもさっきまでの沈黙とは、少し違う。

逃げ場としての静けさじゃなくて、
置いておいても大丈夫な静けさ。

陽菜が、ブランコに手をかける。

鎖が、軽く揺れる。
「ここ、覚えてる?」

振り返らずに言う。

凪は、少し考えてから、うなずく。

「……うん。たぶん」
はっきりしない返事。

でも、陽菜は、それでいいみたいに、
小さく笑った。

「わたしは、ちゃんと覚えてる」
その言葉だけが、少しだけ重く落ちる。

凪の胸が、また静かに鳴る。

何を覚えているのか。
どうして今なのか。

聞こうとして、やめる。

まだ、そこまで踏み込まないほうがいい。
そんな気がした。

陽菜が、ブランコに座る。

きい、と音がして、
ゆっくり前に揺れる。

ほんの少しだけ。

子どもみたいに強くは蹴らない。
ただ、体重を乗せただけの揺れ。

「ね」
揺れながら、言う。

「さっきの続き、ここでしてもいい?」

凪は、少しだけ間をおいてから、うなずいた。
「……うん」

ブランコの揺れが、ほんの少しだけ大きくなる。

夜の空気が、また動く。

凪は、その場に立ったまま、少しだけ近づく。

手が届く距離ではない。
でも、離れてもいない。

その曖昧な位置に、立つ。

陽菜が、こちらを見る。
さっきより、少しだけまっすぐな目で。

「ちゃんと見るって、言ったでしょ?」
やわらかい声。

でも、逃げ場はない。

凪は、息を吸う。
そして、逃げなかった。

「……見る」
その言葉が、夜に落ちる。

小さく。
でも、はっきりと。

ブランコが、きい、と鳴る。
その音に重なるように、

ふたりのあいだの何かが、
ゆっくり、ほどけていく。

まだ、全部じゃない。

でも、たしかに、触れはじめている。
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