校舎を出るころには、空はもう薄い群青になっていた。
昼の熱が少し残った風が、
制服の袖を静かに揺らす。
凪は、スマートフォンを片手に持ったまま、
ゆっくり歩いていた。
返信は、まだしていない。
『帰り道』
その短い言葉だけが、
胸の中で、何度も小さく響いている。
駅へ向かう生徒たちが、前を通り過ぎる。
笑い声。
自転車のブレーキ音。
遠くの踏切。
全部、いつもの帰り道。
でも、凪の足だけが、
少しだけ落ち着かない。
スマートフォンが、また震える。
凪は立ち止まる。
街灯が、静かに灯り始めている。
画面を見る。
『もう着く』
短いメッセージ。
場所は書いていない。
なのに、どこなのか、
わかってしまう。
凪は、画面を見たまま動かない。
心臓の音だけが、少し大きい。
行く理由なんて、ない。
急ぐ必要もない。
でも、足が、もう迷っていない。
曲がり角を、一つ。
その先に、公園へ続く道がある。
昨日と同じ景色。
でも、昨日より、
少しだけ空気が近い。
凪は、スマートフォンをポケットにしまう。
そのとき、
前から歩いてくる人影が見えた。
陽菜。
街灯の下で、足を止める。
目が合う。
昨日みたいに、
長い沈黙はない。
でも、言葉も、すぐには出てこない。
陽菜が、少しだけ笑う。
「来ると思った」
やわらかい声。
凪は、答えない。
代わりに、ほんの少しだけ、近づく。
その距離に、
陽菜の目が、静かに揺れる。
風が吹く。
髪が、少しだけ触れる。
凪は、そのまま陽菜を見る。
昨日より、近い。
なのに、まだ、
はっきりとは触れられない。
「……なんで呼ぶの」
小さく、凪が言う。
陽菜は、少しだけ目を細める。
考えるみたいに、空を見る。
それから、
「わかんない」
そう言って、笑った。
その曖昧さに、
凪の胸が、また静かに鳴る。
安心じゃない。
でも、もう戻りたいとも思わない。
ブランコが、風で小さく揺れる。
きい、と音がする。
その音の中で、
二人のあいだの距離だけが、
少しずつ、静かに変わっていく。