昨夜の空気が、まだ残っている。
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コラム
朝の光は、やわらかいのに、どこかまぶしかった。
カーテンのすき間から入ってくる白い線が、
部屋の中に細く伸びている。
凪は、目を開けたまま、しばらく動かなかった。
昨夜の空気が、まだ残っている。
あの場所。
あの距離。
あの声。
「ちゃんと見るって、言ったでしょ。」
ふと、その一言が浮かぶ。
胸の奥が、ほんの少しだけ、動いた。
起き上がる。
スマートフォンは、静かなまま。
画面をつける理由を探して、やめる。
何もないのに、
なぜか、それでいい気がした。
教室は、いつも通りの音で満ちていた。
椅子を引く音。
誰かの笑い声。
遠くで名前を呼ぶ声。
凪は、自分の席に座る。
机の上に手を置いたとき、
ふと、指先に意識がいく。
昨夜、少しだけ前に出した足。
あのときの感覚が、なぜか残っている。
「おはよ」
横から声がして、顔を上げる。
悠真が立っていた。
いつもの距離。
いつもの表情。
「……おはよう」
凪は、少し遅れて返す。
「昨日さ、連絡しようと思ったんだけど――」
悠真が話し始める。
その声を、ちゃんと聞こうとする。
でも、途中で、
ふっと、別の声が重なる。
「5分だけでいい。」
ほんの一瞬。
凪は、目を瞬いた。
「……凪?」
呼ばれて、意識が戻る。
「あ、ごめん」
小さく笑って、言う。
悠真は、少しだけ首をかしげたあと、
「いや、いいけど」と軽く流す。
会話は、そのまま続く。
いつもと同じ内容。
いつもと同じテンポ。
でも、
どこか、少しだけ、遠い。
休み時間。
廊下の窓から、外を見る。
校庭。
揺れる木。
その先に、公園の方向がある。
凪は、無意識に、そのあたりを見ていた。
何かを思い出そうとして、
でも、はっきりさせないまま、目を離す。
「なに見てんの?」
後ろから、蓮の声。
振り返ると、
やわらかい笑顔がそこにある。
「……別に」
凪は、少しだけ首を振る。
蓮は、それ以上聞かない。
隣に立って、同じ方向を見る。
沈黙が落ちる。
心地いいはずの、静けさ。
でも、
凪の中で、何かが合わない。
理由は、わからない。
ただ、ほんの少しだけ、
その静けさが、昨夜と違う。
凪は、ゆっくり息を吐く。
そして、視線を前に戻す。
「……戻ろ」
短く言う。
蓮は「うん」とだけ返す。
ふたりで歩き出す。
廊下の音が、少しだけ近くなる。
席に戻って、椅子に座る。
教室のざわめきの中で、
凪は、手のひらをそっと握った。
何かを確かめるみたいに。
でも、
何を確かめたいのかは、わからない。
ただ、ほんの少しだけ、
どこかが、変わっている気がした。