なのに、一瞬だけ、違うものを探してしまう。
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コラム
午後の授業は、静かに進んでいく。
黒板に、白い文字が増えていく。
チョークの音が、一定のリズムで続く。
凪は、その音を聞きながら、
ノートにペンを走らせる。
ちゃんと、書いているが、
でも、どこかで、
別の音を待っている気がする。
隣の席から、ページをめくる音。
ふと、顔を上げる。
そこには、いつもの教室。
いつもの景色。
なのに、一瞬だけ、
違うものを探してしまう。
すぐに、目を戻す。
理由は、ない。
でも、
探していたことだけが、少し残る。
先生が、質問をする。
名前を呼ばれて、凪は立ち上がる。
答えは、わかっている。
口に出す。
間違っていない。
「正解」
その一言で、席に着く。
小さく息を吐く。
できている。
ちゃんと、いつも通り。
でも、さっきの一瞬が、
まだどこかに残っている。
授業が終わる。
チャイムが鳴って、
一気に空気がほどける。
椅子の音。
話し声。
笑い声。
その中で、凪はゆっくりと立ち上がる。
ポケットに、手を入れる。
スマートフォン。
指先が触れる。
取り出す。
画面を、つける。
通知が一つ。
短い名前。
一瞬だけ、息が止まる。
凪は、そのまま画面を見つめる。
開くまでの、ほんの数秒。
それだけで、
周りの音が、遠くなる。
指が、少しだけ動く。
でも、止まる。
まだ、開かない。
なぜか、
ここで止めておきたい気がした。
このままでも、
もう、わかっている気がして。
「帰る?」
後ろから、悠真の声。
凪は、画面から目を離す。
「……うん」
短く答える。
スマートフォンを、ポケットに戻す。
まだ、見ていない。
でも、さっきまでより、
少しだけ、心臓の音がはっきりしている。
教室を出る。
廊下の光が、少しだけ長く伸びている。
窓の外、空が傾いていく。
その先に、昨夜の場所がある。
凪は、少しだけ視線を向ける。
ほんの一瞬。
すぐに前を向く。
歩き出す。
でも、足の向きがほんの少しだけ、
変わっている気がした。
まだ、言葉にはならない。
もう、戻らない。
そんな気配だけが、
静かに、残っている。