誰かを悪にしない勇気 ― 正義はなぜ衝突するのか ―
争いの多くは「正義と正義」の衝突ニュースを見ていると、こんなふうに思いませんか?「どうして、こんなにひどいことが起きるのだろう」でももう一つ、ちょっと考えてみたいことがあります。多くの争いが「悪」と「正義」の戦いではなく、「正義」と「正義」の衝突から生まれているということ。守りたいものがあるとき人は強くなるどの国にも、守りたいものがあります。家族。文化。土地。信念。それを守ろうとするとき、人は自分の行動を「正しい」と感じます。そして同じように、相手にも守りたいものがあります。その二つがぶつかったとき、人はこう考えてしまいます。「自分が正しいのだから、相手は間違っている」その瞬間、世界は二つに分かれてしまいます。正しさが世界を狭くする瞬間正義は本来、とても大切なものです。けれど、それが「絶対の正しさ」になったとき、世界は急に狭くなります。相手の言葉は届かなくなり、背景も見えなくなり、最後には「敵」という言葉だけが残ってしまう。相手にも正義があるかもしれない私はときどき、考えることにしています。「私は正しいか?」ではなく、「相手にも正義があるのではないか?」と。この考えを持つだけで、世界の見え方は少し変わります。争いはすぐには消えないかもしれません。でも理解しようとする視点が生まれた瞬間、「敵」という言葉の輪郭はほんの少し柔らぎます。日常の中にもある小さな衝突この構図は世界の戦争だけではありません。家族の中で。職場で。友人関係で。「自分は間違っていない」「相手が分かってくれない」そんな衝突は、私たちの日常にもあります。だからこそ、この問いは遠い国の話ではなく、私たち自身の生き方にも
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