誰も悪くないのに、誰かが必ず苦しくなる空気
夕焼けがゆっくりと夜の色に変わりはじめていた。廊下には、三人の足音だけが響いている。誰も口を開かない。さっきの「正々堂々勝負しよ?」という陽菜の言葉が、凪の胸の中で何度も繰り返されていた。(勝負……)そんなふうに思ったことなんて、なかった。ただ静かに、悠真のそばにいられればそれでよかったのに。悠真がふいに立ち止まる。「……二人とも」凪と陽菜が同時に顔を上げる。「俺、誰かを傷つけたいわけじゃない」真剣な声。「でも……気持ちをごまかすのも嫌だ」凪の心臓が大きく跳ねる。陽菜も息をのむ。悠真は少しだけ視線を落とし、それから凪を見る。「凪といると、落ち着くんだ」その一言に、胸がいっぱいになる。でもすぐに、悠真は陽菜の方を見る。「陽菜のまっすぐさも、すごく大切に思ってる」陽菜の唇が、わずかに震えた。「悠真くん……」沈黙。誰も悪くないのに、誰かが必ず苦しくなる空気。凪は勇気を振り絞って口を開いた。「悠真……」声が小さく震える。「わたし、悠真のこと……」言いかけて、言葉が詰まる。怖かった。ここで言ってしまったら、もう今までには戻れなくなる気がして。その瞬間、陽菜が一歩前に出た。「凪ちゃん」やさしい声。「無理しなくていいよ。でもね……」少し照れたように笑って続ける。「私、悠真くんのこと、本気で好きだから」まっすぐな宣言。胸がぎゅっと締めつけられる。悠真は驚いたように目を見開いた。「陽菜……」「だから遠慮しないよ」陽菜はそう言って凪を見る。「凪ちゃんも、遠慮しないで」その言葉が、凪の心を強く揺らした。(遠慮しないで……)ずっと遠慮してきた。想いを胸にしまい込んで、静かにそばにいるだけで満足していた
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