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親が子を育てるのではない

福寿は親子のご相談もよくいただきます。神経の細やかな、感度の高いお母様からのご相談が多いように思います。いいかえれば、子どもの一つ一つの言動に反応しすぎているということ。お子さんの行動は命に係わること以外は「見守る」が基本です。見守っているのですから、お子さんから見えないくらいの場所で見守るのがいいでしょう。小さい時に歩こうとするお子さんを毎回手を出して抱っこしていれば一生歩けません。転んでも見守ることが必要です。お子さんが大きくなれば問題や障害も大きくなってきます。それでも見守り続けるということです。海外の子どもたちは、小さい時から「自分で決める。」を教えられています。そして決めたことに対する結果に責任を持つということもあわせて教えられます。しかし、日本の多くのお子さんは、小さい時は少々過保護に親が選んでくれ、その結果上手くいかない時も、親が次のフォローを出してくれます。ひどい時は自分で選んでいるように見せて「親が喜びそうなもの」を選んでしまっていることがあります。そのまま大きくなって本当は何が欲しいのかわからず、自分で選ぶことさえできない大人になっているお子さんも多いようです。だから親子そろって人生を選び、結果を受け取るということができないで立ち止まっているような形になります。スピリチュアルな世界では「子どもの方が親よりも魂のレベルが高い。」と言われています。つまり親が子どもを育てるのではなく、子どもに親にしていただいているのです。うちの子は問題が多いと思っている時は、自分はまだまだだと思ってよし。お子さんの言動を通して、振り回されている自分が、どうやって正しい道を選ぶこと
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子供に依存する母親の特徴:子供に依存しない方法

うつ・毒親サバイバー名古屋のフレンドリーな宇宙人自立コーチ三島です😉「自分の人生」を築いて来なかった母親「生きる目的」を実感できていない母親このような親は、「子供の人生」を使って「自分の人生」に意味を見い出そうとします。なぜなら、「本当の自分」で生きていない親は、心の虚しさ(不安感/欠乏感/無価値感)を埋めるため、子供に依存したくなるからです。今回の記事は、これまでのご相談で感じたことをまとめました。◆子供に依存する母親の特徴 育児や介護など特別な事情がない専業主婦の方は、子供の人生に首を突っ込む過干渉の傾向を感じます。(共依存=共支配) 自分の心の問題(不安と欲求不満)を子供に投影して、余計な世話焼きを〈仕事〉にすることで不安を解消する「典型的な家族依存症」です。 家族を使って自分の存在意義を見出している人は、問題がないところに問題を作り出したり、嬉々として”家族のため”に頑張る私を演じたりします。 仕事は「自己表現の手段」ですが、「母親」や「妻」は家庭内の役割でしかないので、個人のアイデンティティにはなり得ません。 私の知る限り、家庭の外で「自分の世界を持つ専業主婦」に比べると、人付き合いが少ない専業主婦は、夫や子供にしがみつきがちです。 子供を心配するつもりで、余計な口出しをして嫌われてしまう母親は、「自分の居場所」を確保したいエゴ(承認欲や支配欲)が隠れていることもあります。 そもそも、エゴ(不安/恐れ)を「役割」で満たそうとすることが間違いなのです。 エゴ(不安/恐れ)を克服して「自立する前」に親になった方ほど、家族依存を起こす傾向を感じます。 (エゴは悪者ではな
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ハリーポッターと呪いの子を観て感じたこと~親子の確執~

息子がハリポタ世代。本も映画もすべて観ているので19年後のハリーの物語にずっと興味がありました。3時間40分のロング講演でしたがストーリー展開が早いのであっという間に終わった感じ。あの魔法の世界観を舞台で表現するってどんな何だろう?と思っていたけれど、演出と舞台装置が本当に素晴らしく、魔法界にワープできました!舞台演出や世界観も素晴らしかったのですが主題は何ぞや?「優秀な父、それを越えられない息子との確執」生まれた時に両親を殺されてしまって父親との触れ合いなく育ったハリーそして、魔法学校で英雄だった父親を持つ息子アルバスこの葛藤からの行動がストーリーとして描かれています。鑑定ご依頼で一番多いのは恋愛問題なのですが、最近は親子問題でのご依頼も増えました。自分の産んだ子なのに、全く理解できない兄弟を平等に扱えなくて自責の念に駆られる子離れをしなくてはと分かっていても気持ちが納得できない親の呪縛から逃れたいがどうしても親元に戻ってしまう親の一言一言で一喜一憂して軸がぶれる心理学的見地からのセッションもできますが心理占星術で出生図を読みながらセッションさせていただくと腑落ちしていただけることが多いです。血がつながっている夫に似ている祖母に似ている○○に似ているそういう家系という視点ではなくこの人はこういう資質でこういう使命感をもっているということを具体的に理解できると親子でも、別々の個体と思えるようになります。私も、長く悩んでいた母親との問題星を読むことによって俯瞰できて、楽になりました。自分の取り扱い説明書が手に入ると親や子の取扱説明書も手に入れられます。恋愛以外でも気になることがあ
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自分を取り戻すための「感情の掘り下げ」

日常において むかつく!ありえないし・・・ 普通はさ!!! ひどい!!! なんで伝わらないの!!! 感情が揺れ動くことってありますよね! 親子関係・恋愛関係・夫婦関係・職場関係ひとそれぞれに、一番感情が揺れ動く、苦手分野があったりします。現在ココナラでは男女関係において、お電話相談を承っておりますが、元をたどればすべて同じどんな人間関係でもネガティブ感情が揺れ動きお困りでしたらご相談承ります。✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ネガティブ感情に支配される。そういう時、その感情の下には貴方のホンネや前提が眠っています(*˙˘˙*)ஐそんな時にはその感情を深堀して奥底に眠るあなたのホンネを導き出します。人はネガティブ感情が生まれるとないものにしたくなります。ところが、押し殺したり我慢したりすることで実はその感情は心の奥底でどんどん大きくなっていっています。ネガティブ感情に支配されたときそれをないものにせず、丁寧にその感情を深堀する。これひとつで悩みなんてなくなるんじゃないかと思う程にこのホンネを掘っていく作業はとても大切なのです❗️どんな仕事をしているかも どんな立場であるかも関係ない 幸せな人生を切り開くために 必須なこと‼️ これをやらないと 本人は気づかないうちに 人生で同じことをずっと繰り返します⚠️ 登場人物や舞台のセットは変わるのに ストーリーの筋書きは全部一緒 でも筋書きが変わっていないことに なかなか人は気づけないものなのです。 これ、医師や心理を学んでいる 誰かと繋がらない限り気付かれない為 自力ではそのまま無理矢理表面上のテクニックで 対処療法を重ねているに過
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親子関係を築く第一歩:子供の気持ちに寄り添う大切さ

こんにちは!親子の未来相談室の絆です。今回は、親子関係をより良くするための「寄り添う姿勢」の重要性についてお話ししたいと思います。子供の気持ちを知るための第一歩とは?子供が学校や社会で困難を感じた時、多くの親御様が「どうすれば助けられるのか?」と悩みます。しかし、最初に大切なのは「解決方法」ではなく「お子様の気持ちを知ること」です。親子関係において、子供が親に「自分を理解してもらえている」と感じることで、心を開きやすくなります。そのためには、以下のような工夫が役立ちます:話を最後まで聞く子供が何を感じ、何を考えているのかを話し終わるまで焦らず聞きましょう。途中で意見を挟むと、子供は「理解されていない」と感じてしまうことがあります。共感の言葉を使う「それは辛かったね」「大変だったね」と共感を示す言葉をかけることで、子供の気持ちに寄り添うことができます。質問ではなく感想を伝える「どうしてそんなことをしたの?」と問い詰めるのではなく、「そう感じたんだね」と感想を伝えると、安心感を与えられます。親子関係を深める3つのヒント親子関係を良好に保つには、日々の小さな積み重ねが大切です。以下のヒントを参考にしてください:1. 1日5分だけでも一緒に過ごす時間を作る忙しい毎日の中でも、子供と向き合う時間を意識的に作りましょう。一緒に夕飯を食べる、寝る前に少し話すなど、短い時間でも大丈夫です。2. 「ありがとう」を伝える習慣を持つ親から子供に「ありがとう」と伝えることで、子供は親の愛情を感じやすくなります。また、親自身も感謝の気持ちを持つことで、ポジティブな家庭環境を作れます。3. 子供のペースを
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「鏡の中のマリコ」 子供を通じて、自分が癒されるということ

「実をいうと私はマリコが好きではありませんでした」この本は、4人の子供を持つお母さんのエッセーになります。活発で元気いっぱいの明るい娘、マリコの言動にどうしてもイライラしてしまい、「このままではこの子がダメになってしまう」と分かっていても、娘マリコへの言葉の暴力を払ってしまうのです。そして、挙句の果てには、19歳の時に精神科へ入院し、重い精神薬を飲み続けることになります。この本の著者、牧さんは、夫婦で長年鍼灸院をされていて、私は一度お世話になったことがあります。とても穏やかなご夫婦で、「4人も子供さんがいるなんて、幸せな家庭なんだろうなぁ」と、勝手に想像していたので、この本を出版されたことを知り、かなりショックで涙しました。そんな過去があったなんてと。。。精神病院に入院するまでの牧さんの言葉は、まるでナイフのようで本当に私自身も胸が痛くなるほどでした。しかし、牧さんのマリコに対する言葉遣い、気持ち、そして(私の脳裏に浮かぶ)牧さんの表情までもが、マリコの入院をきっかけに、どんどん変化していくのが感じ取れました。そして、マリコを強く虐めてしまうのは、マリコのせいではないことに気づかされるのです。そこから、マリコさんは精神薬の断薬をされ、社会人として復帰されたそうです。「理由がわからないまま言葉で虐め、虐めながら自分はなんとひどい母親なのだろうといううしろめたさを常に抱えて暮らしていました」私自身も、自分の子供に対して強く当たっていた時期があり、この言葉にはとても同調してしまいます。分かっていても、止められず、そんなことをしてしまう自分を責めてしまう。私自身は、「このままでは、私が
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「自己否定の正体」と「本物の癒やし」

名古屋のフレンドリーな宇宙人自立コーチ三島です\(^o^)/今日も昔のブログをココナラでご紹介します♪◆自己否定とは自己否定というと、「怒り」や「悲しみ」などのネガティブな感情を思い浮かべるかもしれません。もちろん、そういった感情もケアが必要ですが、私がアプローチする「自己否定」とは「無意識の領域」に抑圧した「不都合な自分」を指します。「本当の自分」から切り離した「自分の一部」=「影の自分」に意識を向ける作業が「本物の癒やし」です。エックハルトトールは「意識の光をあてる」と言っていますね😉被害者意識が強い状態では「自分を見つめ直す作業」が難しいため、すぐに問題解決に入っていけません。そのため、被害者意識から当事者意識に意識を転換させる目的で、あえて「不都合な自分/シャドウ」と向き合ってもらいます。誰かに「愛」を与えてもらえないのであれば、自分の中にある愛(=健全な自己愛)を育てましょう、というのが私の方針です😊自分の中に愛が育っていないと、エゴの「色眼鏡」が邪魔して、外側の世界をありのまま受けとめることが難しくなってしまいます。◆自分を責めていませんか?意地悪な自分ズルい自分傷つきたくない自分損したくない自分人の悪口を言う自分人から褒められたい自分普段「良い人」や「いい子ちゃん」を演じている人ほど、こういった「心の暗闇」を否定して認めようとしません。心の暗闇 = 悪いものという「思い込み」があるのかもしれませんね。でも「ネガティブな自分」も、大事なあなたの一部なんですよ😉そもそも「良い悪い」という評価は、エゴ/自我が決めていることであって、すべては「中立」ですからね。「この自分
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「お母さんが可哀想」だと思わされていた私。

※母親を嫌いになりたい話ではありません。 ただ、自分の人生を守るための話です。 答えを出すための記事ではありません。 ただ、同じ場所で立ち止まっている人に、 「ひとりじゃない」と伝えたくて書いています。 幼い頃、私は母の愚痴の聞き役だった。その内容は、父のことだけではなかった。友達関係がうまくいかなくなった話も、近所で起きた些細な出来事も、母の身に起きるすべての不満や不安は、いつも私のところに流れてきた。私は聞き役であり、共感役であり、母の感情を受け止める“受け皿”だった。それは、寂しいとか、誰かに寄り添ってほしいという話ではなかった。話の核はたいてい父のこと。そして、お金のことだった。「お父さんが好き勝手にお金を使うから、うちは貧乏なんだよ」その言葉を、私は何度聞いたかわからない。小さな私は、それを疑うことなく受け取っていた。母は被害者で、父が悪い。そう理解することが、この家で生きるための正解だった。当時、母は働いていなかった。節約しているようにも見えなかった。冷蔵庫には、食べきれないほどの食べ物がいつも詰め込まれていた。それでも、「貧乏なのは父のせい」という物語だけが、繰り返し語られていた。私はいつの間にか、母の味方になる役を引き受けていた。父を責め、母をかばい、「お母さんは可哀想なんだ」と思い込むことで、この家のバランスを保とうとしていた。今ならわかる。あれは同情ではなく、役割だった。母の感情を受け止め、母の怒りに共感し、母の世界観を正しいものとして引き受ける役。そうすることでしか、家庭の空気は保たれなかった。子どもだった私は、母を守ることでしか、この家に居場所を持てな
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母との関係を断ちたいと思った日のこと。

※これは、特別な家庭の話ではありません。 母との関係に違和感を抱えながら、 「私が我慢すればいい」と生きてきた人なら、 どこか心に引っかかる話だと思います。 答えを出すための記事ではありません。 ただ、同じ場所で立ち止まっている人に、 「ひとりじゃない」と伝えたくて書いています。 --- それは、何か特別にひどい出来事があった日ではなかった。 怒鳴られたわけでも、 決定的な言葉を投げつけられたわけでもない。 ただ、いつものように、 私は傷ついて、失望した。 「またか」と思った。 同時に、「もう無理だ」とも思った。 子どもの頃、 私の中にはいつも心配と不安があった。 それは特定の出来事というより、 空気のように、常にそこにあるものだった。 でも、周りからはそうは見えていなかったと思う。 元気で明るくて、 何でもそつなくこなす優等生。 「しっかりした子」 「手のかからない子」 そう言われるたびに、 私はその役を疑わずに生きていた。 小さい頃から、 私は母を気遣って生きてきた。 母が可哀想だから。 母が不安定だから。 母を心配させてはいけないと思っていたから。 それがおかしいなんて、 当時は思わなかった。 --- でも大人になり、 子どもを持ち、 逃げ場のない修羅場を重ねる中で、 私はようやく気づいた。 私が守ってきたのは、 母だけじゃない。 母の感情によって、 私の人生が縛られていたという事実だった。 距離を取れば、 楽になると思っていた。 でも、そう簡単には終わらなかった。 今日みたいな日が来るたびに、 私は何度でも失望し、傷つく。 そのたびに思う。 私は、 どこまで健
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