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食べられない息子の目の前で、私はご飯を食べなければならなかった

抗がん剤治療は全部で5クール。薬を数日かけて投与し、その後は体が回復するのを待つ──その繰り返しでした。でも、息子は抗がん剤の副作用がとても強く出るタイプでした。髪の毛は抜け、血液が作られなくなり、3日に一度は輸血。口の中は粘膜障害で真っ赤に腫れ上がり、血がにじみ、唾液さえ飲み込めない。吐き気もひどく、たった5ccの薬を経鼻チューブから入れただけでも吐いてしまう。誤嚥性肺炎を防ぐため、水さえ飲めなくなりました。そんな状態が、一か月以上続きます。そして、それを5回も繰り返すんです。そんな息子を目の前にして、一番苦しかったこと。それは、毎日ご飯を食べなければいけないことでした。朝も昼も夜も、自分が生きるために、食べなければなりません。つらそうにしている息子の目の前でもぐもぐとご飯を食べないといけないんです。親として、「こんな情けないことはない」と心の底から思いました。親として何もできないどころか、食べたくても食べられない息子を追い詰めるような行為を、目の前でしないといけないんです。本当に苦しくて、情けなかった。でも、息子は、目の前でもぐもぐと食べる私を見て責めたり、泣き散らしたことは一度もありませんでした。まだしゃべれなかった息子は、「今日は何を食べるの?」って顔をして、私のご飯の匂いをスンスンと嗅いで、それで満足したように、少しだけニコッと笑うんです。その笑顔を見るたび、「なんて心のきれいな子なんだろう」「なんて強い子なんだろう」そう思いました。あの時感じた、苦しさも情けなさも、息子の優しさも強さも、きっと私は、生涯忘れることはありません。もし今、お子さんの病気や障害と向き合いな
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「生きてほしい」その願いが、息子に後遺症を残した

2022年の夏から秋にかけて、私と息子は陽子線治療を受けるため、他県の病院へ二人で転院しました。陽子線治療は、とても効果の高い治療です。でも、その一方で、後遺症が多いのも事実です。息子に生じている、・低身長・疲れやすい体・永久脱毛・白内障・高次脳機能障害・学習障害・知的障害これらは、基本的に陽子線治療の影響によるものです。あの時、後遺症を少しでも軽くするために、放射線の線量を減らすという選択肢もありました。線量を減らせば、後遺症の程度も軽くなります。でも、その代わり、生存率は約10%下がります。息子の病気は、本当に恐ろしい病気で、もし再発したら、命を救うことはできません。もしかしたら、線量を減らしても再発しないかもしれない。長く生きられるかもしれない。息子自身は、重い後遺症を背負ってまで長く生きたいとは思っていないかもしれない。将来、「なんで自分はこうなってしまったんだ」と悲しむ日が来るかもしれない。そんなことを何度も何度も考えました。それでも、私は、息子が存在しない未来は、考えられませんでした。そんな未来は存在してはいけないんです。だから私は、線量の多い治療を選びました。陽子線治療は、数ミリのずれも許されません。照射中は眠る薬を使い、頭全体をプラスチックのマスクで固定します。小さな子どもは、眠る薬を嫌がることも多いそうです。でも、息子は一度も嫌がりませんでした。「今日も頑張ってくるね。」「ぼく、すぐ寝んねするから先生がいつも褒めてくれるよ。」いつも誇らしそうに、息子は話してくれます。でも、私の心の中は、いつもぐちゃぐちゃでした。なぜなら、この治療がどんな未来を引き起こすかを、
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「グー」と「パー」で会話していた息子が、また話せるようになりました

私の息子は、3歳10か月のときに、小児がん(悪性脳腫瘍)になりました。腫瘍摘出手術を受けたのですが、その影響で、約半年間しゃべれませんでした。「無言症」と言います。今まで当たり前に聞いていた「ママ」という声が聞けなくなった日のことは、今でも忘れられません。(ちなみに、最後に聞いた声は、残念ながら「ママ」じゃなくて「りんご」…)そんな息子との会話は、「グー」と「パー」のベビーサインでした。✊グーは「いいえ」✋パーは「はい」「お水飲む?」→✊→「今はいらないんだね」「痛い?」→✋→「どこが痛いの?」「眠い?」→✋→「じゃあ、お昼寝する?」一つひとつ確認しながら、会話をしていました。でも、うまく伝わらないこともあります。息子は伝えたい。私は分かってあげたい。お互いにもどかしくて、イライラして怒ってしまうこともありました。そして夜になると、決まって同じことを考えます。「数日から3か月くらいで、また話せるようになるって聞いてたけど、もうすぐ半年になる。」「話せない期間が長いと、発達にも影響が出るっていってたよね…」「本当に大丈夫なのかな…」先が見えなくて、不安でとても苦しかったことを覚えています。でも今、息子はまた話せるようになりました。言葉がたどたどしかったり、うまくしゃべれないこともあります。それでも、一生懸命に話しかけてくれる姿が、本当に愛おしいです。当たり前だと思っていた「会話」が、こんなにも幸せなことだったんだなぁと、日々感じています🍀もし今、お子さんの病気や障害のことで、不安な気持ちを抱えている方がいたら、お伝えしたいことがあります。不安になってしまうのは、それだけお子さんを
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付き添い入院を経験して気づいた、小さな幸せ

夜中の病室。 眠る息子の手を握りながら、不安で胸がいっぱいになりました。 でも、その手の温もりが、何よりの幸せだと気づいたのです。 長男の高熱が3日間続き、酸素濃度が下がったため、私も一緒に付添い入院することになりました。初日は、小さな体に、点滴とモニター、酸素チューブ。たくさんのコードに囲まれて眠る息子の手を握りながら、悪化したらどうなってしまうんだろう、と不安が止まりませんでした。 同時に、 「ただ一緒にいられることが幸せなんだ」と、強く感じました。 この夜は、いつもよりずっと長い時間に感じました。入院生活は、家族や医療スタッフの支えで思ったより落ち着いて過ごせ、 息子も日に日に回復。 8日後、無事に退院できました。 その日の夜は家族全員で食卓を囲み、お互いに笑い合いながら過ごす時間に、胸がじんわり温かくなりました。長かった夜を乗り越えて迎えた日常は、いつもより少し輝いて見えました。当たり前のように思える時間こそ、かけがえのない幸せなんだと。改めて感じた入院体験でした。 ——同じように不安な夜を過ごしている方へ。 あなたの想いが、静かにやわらいでいきますように。 夜明けの光が、心の奥まで届きますように。
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