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言の羽8 即興詩「えのぐ」

えのぐいちょうにかざした もみじの手形 山に友禅 宵の藍染 栗もリンゴも 熟れては落ちて 顔出すキノコは 鼻をくすぐる 夜長のコオロギ 切なく誘う ひぐらし呼ぶは 冬か涙か 日々の五感が えのぐに変わる。 芸術の秋 絵がかけずとも----------------------------------------秋? もしかして冬!?皆さんこんにちは、こんばんは。国際派占い師の百音です。言の羽シリーズ第8回。読んでいただいてありがとうございます。今作「えのぐ」はまたまたお友達のラッパーさんの放送内でできた即興詩。「秋」のテーマでランダムにコメントされた単語を切って貼って、その場でできました。秋色満載の作品を載せたはいいものの・・・寒すぎるーーーーーーもしやもう冬ではと疑い始めたモネですwww皆さんもミノムシみたいに毛布にくるまって、ご自愛くださいね。----------------------------------------感謝を込めて2言の羽ラッキーナンバーキャンペーン🎊 このブログを読んで、キーワードを覚え、 占いメニューのトークルームで 教えてくださった方には、 リーディングのあとにヒーリングも サービスでお付けします。新商品も対象です!!ヒーリング特盛!!↓↓↓期限は 【今日】から【2週間】!! #7にも別のキーワードがつきます。 両方みれば2回の鑑定が ヒーリング付き!! ヒントは… 「私の名前」 ではいきますよ?キーは… 「印象」
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気楽に読んでください、呼吸のおはなし ~その75~

今日もお読みくださっている皆さん、ありがとうございます。今日も街を歩きましたが、「一曲やってください」とギターは手渡されませんでした。即興の話をしているところでした。頭で考えてはいけない、それが即興の極意です。呼吸もそうだったように、考えを止める努力は不要で、考えよりも一層も二層も深い処に即興は居ます。タイトル通りに呼吸のことをこのブログでたくさん書いていた時に、雑念がどんなに肥大しても気にすることは無いと述べました。雑念に覆われた層の深い処には必ず呼吸が息づいていて、雑念ごときでは決して止まらないその営みの強かさにこそ気付くことが大事ですと。即興も同じ、一瞬考えてしまうのは大きな脳を持つ人間の性質上当たり前のことなので、それはそれとして放っておいて、その下を迸る体からのメッセージを経由無し翻訳無しでサラッと出してしまうことが大切です。これは、危険な事だと思われるでしょうか。呼吸をあれやこれやといじくり回さないことを奨励する理由は、酸素という生命維持に不可欠な要素を得る為に、わざわざオーバーワークとなるような運動としての呼吸を体は絶対に提案しないと考えるからでした。傷を負っても時間が経つと自然に塞がっている、そんな体に任せるのです。有害な菌やウイルスが侵入すると免疫力で闘ってくれる、そんな体にです。もしも何か思い詰めて追い詰められて、悩みや恐怖に圧し潰されそうになって思い余って岸壁に立ち尽くしたとして、そこに足を運ばせたのが暴走する頭・思考の仕業だとすると、もしもその時突然想定外のタイミング、アクシデントで足を滑らせて本当に崖から落ちそうになった時に咄嗟に何かにしがみ付いて助か
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気楽に読んでください、呼吸のおはなし ~その70~

皆様、いつもいつも本当にありがとうございます。70回目です。これからもどうぞ宜しくお願い致します。昨日はホントに好き勝手に生意気なことを書き連ねました。背骨は常に呼気と共に伸びる。眠っている時でも何時でも何処でも、背骨は息を吐きながら伸びている。自分の根幹を成す背骨、正に生きる上での中心軸だけは、どんな時でもアウトプットに備えるように、いつでもロケットの発射台のように、エネルギーが進むべき方向のガイドとしての動きを続けているという訳です。前々回までの結構な回数を費やして、自分を大切にするところから始まって、呼吸が本当の意味で深くなって、その真の深さから必然性を持って折り返し上昇するエネルギーは生まれ、その象徴として声があり、表現があるという内容を順を追って説明した訳です。そしてそれらの試行錯誤は、やっておいて決して損は無いとも思っています。ただ、そのような試行錯誤は上手く行けば行くほど、比較対象としての存在感が肥大するという最大の欠陥をも抱え込む皮肉な結果をもたらしたりもします。これが、大きな脳を発達させた人間の最大の弱点かとも思えることです。印象的な成功例であればある程それは、最も肝心な “ 今 ” を委縮させてしまうのです。そんなことになる位だったら一切のリハーサル的思考はやめて、意味や目的を考えずにひたすらに背骨を感じながら呼吸を味わう方がよっぽど " その時 " に役立つ、相応しい即興の表現を発揮出来るのでは無いかと最近は特に考えます。そうなんです、リハーサルとか予行演習とかあの類は、その必要性の無い時に恰もその必要性があるかのように自分をコントロールする世界です。詰ま
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気楽に読んでください、呼吸のおはなし ~その73~

本日もお読みくださり誠にありがとうございます。昨日の文を自分で読み返してみて、余りの難解さに今日その注釈を入れようかとも思ったのですが、蟻地獄にはまりそうなのでやめときます。その代わりに、即興や自由に関して少し書いてみようかと思います。即興とは、きっと皆さんご存知かと思いますが、事前の取り決めや約束事無く物事を進めて行くことです。インプロヴィゼーションと言われることもありまして、音楽でもお芝居でも即興演奏、即興芝居というのがあります。この即興の世界ですが、突き抜けて目覚めてしまえば病み付きになること間違い無しの楽しさなのですが、最初は苦手な人が殆どです。全くの丸腰の状態で、舞台装置も伴奏も何もない所で、何でもいいからやってみてくださいと言われて間髪入れず即座に何か出来る人は少ないと思います。一瞬の躊躇い、イメージを思い描く間がそこに介在してしまうのが自然で普通の反応ですから。そこでこんな遊びから初めてみるんです。例えば目の前のパソコンのキーボード、或いはスマホ、これを、声のトーンだけで表現しようとしてみてください。一瞬たりとも考えてはいけません(笑)パッと見て適当に出した声が一番いいのです。声じゃなく、唾を飲み込んだりしたら、その音でもいいですし、でもこれは続け難いですけどね。それでその声を出し続けて、声のトーンだけでは表し切れない何かを感じたならば、今度はそこにリズムを加えてみます。勿論言葉では無いけれども色んな子音、ノイズのような音、母音も色々と変わっても構いません。そんな風に一見何の脈絡も無いような事を続けていると、きっと自然にメロディーのような音程の変化が起きているのに
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