【性格診断】「○○型だから」は本当にその人を表しているのか
近年、性格診断が大きなブームになっている。SNSのプロフィールには、自分がどのタイプなのかを書くことが当たり前になり、「私は○○型です」「△△型なのでこういう性格です」という自己紹介も珍しくなくなった。マッチングアプリでも、「○○型の人と相性がいい」「恋人は○○型が理想」「友達も同じタイプが落ち着く」といったように、診断結果を一つの判断材料として人間関係を築く人も増えている。もちろん、性格診断そのものを否定するつもりはない。自分の考え方や得意不得意を知るきっかけになることもあるし、「自分にはこういう傾向があるのか」と客観視できる道具としては、とても面白いものだと思う。しかし、その一方で、私は最近少し気になる相談を受けることが増えてきた。「○○型だと思って付き合った彼氏なのに、○○型ならこんなことはしない。」「○○型なのに考え方が違う。」「この人は本当に○○型なの?」さらには、「○○型らしい考え方になるように直してほしい。」そんな相談まである。その話を聞くたびに思う。人間は、診断結果一つで説明できるほど単純な存在ではない。同じ家族で育っても性格は違う。同じ学校に通っても価値観は違う。経験してきた出来事も、傷ついてきた理由も、嬉しかった思い出も、それぞれ違う。だから、同じ診断結果であったとしても、全員が同じ考え方になるわけがないのである。診断メーカーは、「こういう傾向があります」と教えてくれることはあっても、「あなたは絶対にこういう人間です」と断言しているわけではない。人には必ず例外がある。むしろ、その例外こそが個性なのだ。それなのに、診断結果という一つの枠を絶対視してしまうと、「
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