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誰かに必要とされなくても、私は私で大丈夫

「人の役に立ちたい」「誰かを笑顔にしてあげたい」私は、若い頃からそんな気持ちが強くて直接人と関わる仕事にずっとこだわっていたところがありました。誰かに「ありがとう」と言ってもらえる。誰かの役に立てたと実感できる。そんな瞬間が、とても嬉しかったんです。でも、年齢を重ねてきたからなのか最近、少し考え方が変わってきました。たとえ目の前にお客様がいなくても自分が少しでも携わった商品や仕事が知らない誰かの笑顔につながっているのならそれだけで嬉しいなって。この先で、誰かが喜んでくれているかもしれないそう想像すると今目の前にある仕事さえもなんだかとても尊いものに感じられて自然とやる気が湧いてくるんです。直接、感謝されなくてもいい。私のことを知らなくてもいい。ただ、私が関わった何かがどこかの誰かの役に立っている。そのことを想像できるだけで私は十分幸せだなと思えるようになりました。振り返ってみると、若い頃の私は「誰かに必要とされたい」という気持ちが今よりずっと強かったのだと思います。誰かに感謝されることで「私は価値のある人間なんだ」と確認したかったのかもしれません。だから、頑張りました。人の期待に応えようとしました。誰かの役に立とうとしました。でも今は何かができなくてもいい。誰かに認めてもらえなくてもいい。一生懸命頑張り続けなくてもいい。それでも、私は私。あなたも、あなたのままで大丈夫。人の役に立ちたいと思う優しさも誰かを笑顔にしたいと思う気持ちももちろん素敵なもの。でも、それがなくなったとしてもあなた自身の価値がなくなるわけではありません。焦らなくていい。誰かに認めてもらおうと無理に頑張らなく
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普通じゃなくて、いいじゃない

「自分ってちょっと変かも…」そう思ったこと、ありませんか?周りと比べて浮いている気がしたり、人に言えないような癖や考えがあったりすると、「こんな自分、変なのかな」と不安になることがありますよね。 でも、声を大にして言いたいのです。**全ての人は、みんなおかしい。** これは決して悪口ではなく、むしろ“人間らしさ”を表す、やさしい真実なのです。  ■「普通」って、誰のもの?まず考えたいのが、「普通って何?」ということ。 心理学者カール・ユングはこんな言葉を残しています。 > 『正常であるとは、平均的であるということに過ぎない』 つまり、「普通」とは統計上の“平均値”に過ぎず、それが必ずしも正しいわけではないのです。 🧠 **脳科学的にも、人の思考や感性は千差万別。** 遺伝や育ってきた環境、出会ってきた人たち…それぞれ違うのだから、違って当たり前。むしろ、「みんな違ってみんないい」は、科学的にも裏づけがあるんです。 ■「みんなおかしい」と思うと、世界がちょっと楽になる誰かとズレを感じたときや、自分が浮いているような気がするとき—— そんなときはこう考えてみてください。 > 「みんな、何かしら“おかしい”のが普通なんだ」 この視点があるだけで、自分にも他人にも、ちょっと優しくなれる気がしませんか? 相手の「変」にイライラしたときも、「ああ、そういうユニークさがあるんだな」と思えるようになります。 ▼おまけ:自分の“おかしさ”と仲良くなるヒント 1. **自分の変なクセを書き出してみる**    * 思わず笑っちゃうような自分のクセに気づくと、ちょっと楽になります。 2.
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