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親と距離を置くと罪悪感が出るのはなぜ?|冷たい子供

親と会ったり連絡を取ったりすると疲れる。それなのに、距離を置こうとすると「自分は冷たい子どもなのではないか」「親を見捨てているのではないか」と罪悪感が出る。この罪悪感は、距離を置く判断が間違っている証拠とは限りません。親の期待に応えることを「正しいこと」として覚えてきたため、自分の判断を優先しただけでも、悪いことをしたように感じてしまう。親から離れたいのに、離れると自分を責めてしまう親と話すたびに否定されたり、細かく口を出されたり、親の機嫌を取る役割になったりする。関わると疲れることは分かっているため、会う回数や連絡を減らしたいと思う。それでも実際に距離を置くと、親不孝なことをしているような感覚が出てくることがあります。「育ててもらったのに申し訳ない」「親も年を取っているのに」「悲しませているのではないか」と考え始め、距離を置きたいと思った自分を責めてしまう。親に従っても苦しく、従わなくても罪悪感が出るため、どちらを選んでも落ち着きません。この状態を、単に「親を大切に思っているから」と説明するだけでは不十分です。親への思いやりとは別に、親の希望に応えられない自分を「悪い子」と感じる仕組みがあります。親の期待に応えることが「良い子の条件」になっている子どもの頃から、親の言うことを聞けば認められ、反対すると不機嫌になられたりかんる。親の希望と違う選択をすると、責められたり、悲しそうな態度を取られたりする。このようなことが繰り返されると、「親を満足させること」=「自分が正しい人間であること」が結びつきます。すると大人になってからも、親の希望に沿わない選択をしただけで、「自分が間違って
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弟が教えてくれたこと

私には、3つ年下の弟がいました。私たちは二人姉弟で、子供の頃は毎日一緒に遊びました。お互いに、友達と遊ぶことは少ない社交性の低い姉弟だったので、お互いが遊び相手でした。これは偶然なのかもしれません。または、そのような性格になりやすい親の教育環境だったのかもしれません。私も弟も、うつ病を患い、希死念慮に苛まれる日々を長く過ごしてきました。私の両親は「生きていたくない」と泣き叫ぶ二人の子供に、心を痛めていたことと思います。しかし、病気の真っ只中にいる時、「家族がどんな気持ちになるか」などということを考える余裕などありません。先月。2024年10月15日。私のたった一人の弟は、ALS(筋萎縮性脊索硬化症)という、治療方法のない突然の難病により、他界いたしました。昨日、無事に納骨を終え、一つの区切りを迎えました。この一ヶ月半ほどの間。子供に先立たれた年老いた両親が、どのような思いをするのか、私は最も近い場所で見てきました。「子供が親より先に死ぬのは親不孝」と言われますが、その言葉から溢れるほどの意味を、教えられる日々でした。人一倍親想いで、優しかった弟にとって、両親を悲しませる最後を迎えることは、どれほど辛かったことか。病気のために、体が動かなくなっていく日々、決して回復することなく、ただ最後の時に怯え続ける毎日が、彼に与えられた運命でした。辛い思いをする両親の姿を見せつけられながら逝かなければならなかった弟の胸の内は、想像するに余りあります。「生きていたくない」と、私も思います。いまだにうつ病の症状が強く出る時期には、苦しまされる思い。「私がいなくなっても、弟がいるのだから、両親は大
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