私には、3つ年下の弟がいました。
私たちは二人姉弟で、子供の頃は毎日一緒に遊びました。
お互いに、友達と遊ぶことは少ない社交性の低い姉弟だったので、お互いが遊び相手でした。
これは偶然なのかもしれません。
または、そのような性格になりやすい親の教育環境だったのかもしれません。
私も弟も、うつ病を患い、希死念慮に苛まれる日々を長く過ごしてきました。
私の両親は「生きていたくない」と泣き叫ぶ二人の子供に、心を痛めていたことと思います。
しかし、病気の真っ只中にいる時、「家族がどんな気持ちになるか」などということを考える余裕などありません。
先月。
2024年10月15日。
私のたった一人の弟は、ALS(筋萎縮性脊索硬化症)という、治療方法のない突然の難病により、他界いたしました。
昨日、無事に納骨を終え、一つの区切りを迎えました。
この一ヶ月半ほどの間。
子供に先立たれた年老いた両親が、どのような思いをするのか、私は最も近い場所で見てきました。
「子供が親より先に死ぬのは親不孝」と言われますが、その言葉から溢れるほどの意味を、教えられる日々でした。
人一倍親想いで、優しかった弟にとって、両親を悲しませる最後を迎えることは、どれほど辛かったことか。
病気のために、体が動かなくなっていく日々、決して回復することなく、ただ最後の時に怯え続ける毎日が、彼に与えられた運命でした。
辛い思いをする両親の姿を見せつけられながら逝かなければならなかった弟の胸の内は、想像するに余りあります。
「生きていたくない」と、私も思います。
いまだにうつ病の症状が強く出る時期には、苦しまされる思い。
「私がいなくなっても、弟がいるのだから、両親は大丈夫だろう」などと考えていた自分が、どれほど浅はかだったか。
子供に先立たれる親の姿を見てしまった今となっては、私はどんなに苦しくても、親より先にいなくなることはできない、と強く強く思います。
弟が命と引き換えに私に教えてくれたことは、私にとって、「生きていなくてはならない苦しみ」と共に、長く、残る楔となりました。
本当に大切なことを学ぶ時、そこには強烈な痛みが伴うのだということを、教えられた思いです。
※霊能者として、今回のことについて別の角度から見えていたこともあるのですが、それはまた、別の機会に。