守っているのに、何か違う
健康オタクは健康になれない、と聞いたことはありますか。極端な話だと思うでしょうか、しかし構造としては正確です。健康を目的にした瞬間、思考が変わる。これは毒か、添加物は、糖質は脂質はタンパク質は。外食でメニューを開きながら、食べる前から疲れる。身体を守る行動が、いつの間にか不安を維持するための儀式になっていく。でもこれは健康の話だけではありません。健康との向き合い方は、そのままその人の人生との向き合い方です。身体を監視の目で扱い始めた人は、人間関係も、仕事も、感情も同じように扱います。間違えたくない。失敗したくない。損したくない。通知に反応して眠れない。失敗を避け続けて何も始まらない。もしかしたら意識が高いように見えるかもしれません。でも根底にあるのは防衛です。防衛から動いている限り、何を手に入れても安心しない。次の警戒がすぐそこにある。本当に健康な人は、身体をある程度信頼しています。多少乱れても戻る。少し食べすぎても終わらない。この感覚は人間関係にも現れます。相手を監視しすぎず、失敗を許容し、すべてを制御しようとしない。信頼とは、崩れても戻ってこられるという感覚です。一度壊れて、それでも戻ってきた記憶がある人は、乱れをそこまで恐れません。現代社会を見ると、リスク管理、炎上回避、最適化、失敗回避という言葉で溢れています。ひとつひとつは正しい判断に見える。でも積み重なると、気づけば人生全体が緊張で覆われていく。守っているのに、守るものが増えていき楽にならない。好きに生きているはずなのに、生きれていない。その逆転があちこちで起きています。壊れない人生は、安全かもしれない。 死なないた
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