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引き寄せも自然の内のこと

おはようございます。最近、お米がうちにたくさんです。そこにふるさと納税の謝礼のお品もお米にしていたので予期せず昨日届き、サラさんはどうしように包まれていました。過去置いてたお米に虫がわいたことがその記憶を通して、現象を見たのですね。今回はわからないし、またなるようになるか・・・とそのどうしようはなくなりました^^そうそう、『引き寄せ』ということについても感じたこと・・・・個人的な”私”が、あれが欲しいあれが欲しい・・・とたまたま来ることもあったり来ないこともあったりとそれもまた自然なことですが広がりの中で”私”の背後のわたしに開かれてくるとここに起きたこと、現れたものが間違いなくわたしから創造されたもの・・・そのように感じられるようになり”私”の都合関係なくこれがそれなんだ~という心地が生まれてきます。なので、引き寄せようという動きが無くなり同時に力みも和らぎここに間違いなく必要なことは現れてる。もう叶っているんだ。そう、気の楽さも副産物のように現れてくるように感じています。一見不都合に見えることも”私”からは自然に様々な反応は変わらず湧いてきますがあまりそこにかすらないというのか・・・昨日もお話の中で”お仕事の量が少ないし、もっと稼ぎたいのだけどどうしたらいいのかな・・・”と彼に相談したら”今がちょうどいいのではない?”という表現が返ってきたそうで・・・真理をついているというのか・・・どのように見えて感じていてもこれが今ちょうどいい。それは”私”の都合ではなくわたしにとって・・・今日も気楽な一日になりますように・・・・ありがとうございます🌠
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わたしはわたし。あなたはあなた。

自分の見えているものが全てではない自分の常識が全てではない人には人の真実がありそれを認めて生きていこう」例えば最近はLGBTとかジェンダーなんちゃら(あんまり詳しくなくてすみません)という言葉がありますが私はそんな言葉さえも必要はないと考えています。わたしはわたし。あなたはあなた。その感覚を皆でおおらかに共有できさえすればそれだけでいい事。そんなふうに考えているからです。ですが人間というのはたくさんの言葉が必要なもので本当にたくさんの言葉や枠を作っていきます。言葉を作って共有し初めて意識ができます。でもその「言葉」に縛られすぎると、言葉の意味だけが一人歩きし区別ではなく差別が生まれたり本来の意味から大きく外れた解釈をされだしたりします。だから人や物事と関わる時常に大切な意識は「自分の見えているものが全てではない自分の常識が全てではない人には人の真実がありそれを認めて生きていこう」この感覚だと思っています。私自身元々が他人との境界線が曖昧な「エンパス体質」ですから自分以外のものと共鳴しやすくこの感覚をむしろ「普通」に持って生きていました。このエンパス体質、一般的に生きづらさに焦点があてられがちですがエンパス意識が開けば開いていくほどに、自分が楽になるのを発見しました。自分の芯はがっちりと自分の真ん中と繋がりつつハートをどんどんとオープンにしていくそうなるためにいくつもの魂の修行をしてきましたが、気づき出すとスルスルと点と点が繋がってきました。「わたし」のことも「あなた」のことも大切に思うって事。本当にシンプルなことなんですよ^_^エネルギーヒーリング各種/ヒーリング伝授を行ってい
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私という塊

今日はいとこからとても嬉しいご報告がありました。 この喜びもわたしの中で湧き上がり そして消えていきます.サラさんのおかげという表現が現れていましたが実はそうではなくて・・・そのようなことがわたしの中でその表現が起きたということわたしの中に全てが現れてる そこに 今まで馴染みのあった 私という塊含めてすべて その塊は 名前、記憶、知識、私が掴んできたもの全て含まれてる わたしに開かれるが起きてくるのは この塊が壊されるにつれて… その人の物語により 癒しが起きて受け入れられる状態が起きてくるのか 絶望が起きて破壊されるのか 探求に疲れて緩めた瞬間に現れるのか… それぞれな気がします。 わたしの掴んでいるものは 何一つなく 全てがわたしの中で 過ぎ去っていくもの もしその私の崩壊を 起こそうとしているのであれば 私という塊が発動されてるという気づきでもあって… わたしは隠されたまま… わたしからの現れ 命の現れの中に 私がしていることがあるのかどうか じっくり観ていくと なかったということが 徐々に見えてくるかもしれません。 このような文章が目に触れるようになるということも わたしの中に開かれようとしているということなのでしょう。私の全てが崩壊され明け渡される準備が整ってこられているのかもしれません。このサラさんもそうでした。
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基本のスタイル

いつもご覧くださり、ありがとうございます♡基本のスタイル持っていますか?よく「わたしは●●な人」って言うけど。本当にそうなのかな?私って何者なんだろう。自分で決めている「わたし」それは本当の「わたし」なのかな。私で言えば。数年前とは自分のレベル?段階?が変わったっと思っています。数年前と同じ私はいないんです。その考えにはもう戻れなくて。数年前の”わたし”も”私”だった。今の”わたし”も”私”わたしは変化するのですね私とは思い上がり?過信?考えていたら時間だけが過ぎていっちゃう。基本のスタイル基本自分のことは自分でやる自分の責任は自分でとる。それは希望で。自分のことを自分の責任でしっかりやっていると明るい。そうすると一緒にいる人も変わる。希望だな~やっぱ。普段の生活の基本、質を上げることで変化していけるのかな。うーん。ぐるぐる。さて、文字書きますか…これから書道やろう。朝はいいのぅ。(おばあちゃん的(笑))わたしの時間を最高で満たす。わたしの空間を最高で満たす。そして今日が人生最高の一日。ではまた!
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同じ世界に住んでいるようで住んでない🌍

みんな同じ世界の中に住んでいる。 だから見ているもの、感じているもの、 それらすべても同じなはずと感じる。 だけど、人は誰しも 自らが意味づけした主観的な世界に住んでいる。 「わたし」次第で見え方も感じ方も変わる世界に。 そこは複雑に考え出すと複雑になるし、 シンプルに捉えるとすべてがシンプルになる。 厳しく見ると暗くて居心地が悪く、 優しく見ると明るくて居心地が良い。 ひねくれて受け取ると凍えそうに冷たくて、 素直に受け取るととてもあたたかい。 だから問題は世間や社会がどうであるかではなく、 「わたし」がどうであるか、ただそれだけ。 世界は他の誰にも変えられない。 そう、「わたし」以外は無理なのだ。そして世界は「わたし」が変われば 例外なく幸せを感じられるようにできている。 試してみたい方?🙋‍♀️ 変わった方が ずいぶんとお得に生きられる気がしてくる🌱 だから他者や状況が変わるのを待つのではなく、 「わたし」が変わる勇気を持って幸せになろう🕊️
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【新築一戸建て】「二世帯住宅の勧め」

敷地が狭い場合、ご両親がローンを組めない年齢、所得の場合は二世帯住宅を建築することも選択肢です。 奥様の親と同居する二世帯は成功しますが、 お嫁さんを迎える二世帯は、失敗することが多いいです。  早い方は1か月以内に同居できないと逃げ出してしまう奥様も存在します。 二世帯住宅は玄関が1つ又は2つ、浴室2つ、キッチン2つ、トイレ洗面所2つ造りますが、 奥様のご両親と同居する場合は、キッチン1つ、浴室1つで二世帯で暮らす事も可能です。 しかし、世帯を分け、水道メーター、電気メーター、ガスメーターを2つにしますと、将来一世帯になった場合は、使わない、水道、電気設備機器など「使わない設備」が発生します。 一世帯だけ水道、電気を止めますと、水質は悪化して、電気も止めると24時間換気も止まり、建物が傷みます。 世帯毎に光熱費は支払う取り決めをしても、止めたときには問題が生じます。 本当に仲の良い二世帯家族、夫婦ならメーターは一つで賄えます。定額で親世帯に支払うかどうかを決める事ですが、上手くいく親子間なら電気を使いすぎている、水道を使いすぎているなどの言葉は出てきません。 又玄関も分けることも不要です。 室内で行き来出来る住宅が二世帯住宅の定義です。 玄関を2ヶ所設置する場合は室内をドアで仕切り玄関ホールなどで行き来ができるようにします。時にはシューズクロークを行き来出来る場所にしたりもします。  しかし玄関ドアが2ヶ所で室内で行き来できてしまうと、片方が出かける時に施錠をしても反対のドアから出入りできてしまうので防犯上の懸念が残ります。 二世帯住宅の問題点は将来使わない部屋が出来てしまう
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神さまの星

おはようございます☆湧いてくる感覚に素直に行動できたり、そのままを許せたり・・・命の輝きを曇らせずに存在できることも、幸せの一つですね☆だんだんと意識の変化と共に、目を通して外を見てるという感覚からわたしの中に私や見えるものたちが現れてきているという感覚に変化しつつあるように感じています。そうなると、貴方も私も、本質のわたしの一部ですから人の数だけの体験が現れてきているという視点でもありますね。だから、人の数だけものの見方や捉え方があってもいいということ。違っていて当たり前なのですね。それぞれの世界観を味わい体験し、わたし自身を知るという経験の中にある。ある意味、関わる人たちはもう一人の私なんだな~って*^^*私が、わたし(本質)を体験してる。その他人(私)を見て、あれやこれやと湧いてくる否定や非難するエネルギーは、自分自身の中に握りしめてる考えそのもの。考えは必要ないんだなあと気づきますね。私たちには解らない中で、全て調和の動きがあるんだもの。ケガして動けないという体験があればその人を看病するという体験その人を治すという人の体験・・・そんな風に完璧に、調和の中で必然に関わり合いが起きてきてる。それぞれの魂の体験したいように。今ここで、湧いてくるままに・・・それが命の表現であって、あるがまま・・・たとえ、不安の中にいても、それが悪いわけではなく不安不安不安・・・そんなエネルギーが湧いてきてるだけでそれを感じている私がいるだけ。そこに何のジャッジもいらなくて・・・いいんじゃないですか?と許してあげるとふわっと、また内なる光が柔らかく輝き出すのを感じます。もともと輝いていて、曇らせ
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休みたい気持ちと、立ち止まれない気持ちのあいだで

こんばんは、みゆです☘️今日はわたしも正直苦手分野”おやすみ”についてお話したいと思います。休むことが必要だということは、もう十分に分かっている。無理をし続ければ、心や身体がどこかで限界を迎えることも、頭では理解している。それでも、実際に立ち止まろうとすると、なんだか重たくなってしまう。そんな感覚の中にいる時間は、とても息が詰まります。「休みたい」という気持ちは、確かにここにある。けれど同時に、「今はまだ休めない」という感覚も、同じくらい強く存在している。どちらが正しいわけでもなく、どちらかを選べるほど、心は単純ではない。その狭間にいる時間が、静かに、そして長く続いていく。。。。。そんな時は休めない自分を責める気持ちも、それでも休みたいと願う弱さのような感覚も、どちらも無理に追い払わず、ただそこにあるものとして感じる。何かを決めるためではなく、変わるためでもなく、ただ今の状態を、そのまま見つめる。文字にすることは容易いけれど、習得するには難しいものです。動けないわけでも、完全に止まっているわけでもない。前にも後ろにもはっきり進めないまま、それでも日々は続いていて、心だけがその場に留まっている。その曖昧さの中に、言葉にならない疲れが静かに溜まっていきます。何も解決しなくても、何かを選ばなくても、今ここにある感情が、ただ存在している。それだけの状態を、否定も肯定もせず、ただ静かに受け入れている時間が”休むこと”なのだと、わたしは思います。みゆ
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贈る言葉

――わたしから、わたしへ。このブログは、自分自身に向けて綴った言葉たちです。・自分に厳しすぎるあなた・一歩踏み出す勇気がほしいあなた・いま、立ち止まっている誰かそんな人の背中にも、そっと届いてくれたら嬉しいです。【これまでのわたしへ】よく頑張ってきたね。大丈夫。わたしは、ちゃんと見ているよ。辛いときも、苦しいときも、歯を食いしばって一生懸命、生きてきた。その分、少し疲れちゃったんだよね。うん、大丈夫。もう休んでいいよ。ねえ、何が飲みたい?あたたかいお茶かな? 冷たいジュース?それとも、ほっとする白湯かな。いま、どんな気持ち?どうしたい?わたしに教えて。【いまのわたしへ】「このままじゃいけない」って思ってるよね。「変わりたい」って、ずっと願ってる。でも、どうしたらいいかわからない──本当にそうかな?どうすればいいか、ほんとうはもう気づいてるんじゃない?小さな一歩を踏み出してみよう。コツコツ続けるのは大変だけど、わたしならできる。1日1歩。ときどき後ろに下がる日があっても、それでもちゃんと進んでいける。大丈夫。わたしを信じて。わたしは、わたしのために生きていけるよ。【未来のわたしへ】未来のわたしは、今のわたしを見て笑ってるかな?幸せに過ごしていますか?どこで、誰と、なにをしているんだろう。…ううん、言わなくていいよ。大丈夫、ちゃんとそこまで行くから。だから、そこで待っててね。たぶん大笑いしてるんだろうな。今のわたしだって、昔の自分が狭い世界でじたばたしてたことを「かわいいな」って笑えるから。広い世界に飛び出してたくさんのことを学んでその場所へ、自分の足でたどり着くから。もう少しだけ
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かみなりの住むところ

「あっ”かみなりさん”だ・・・」そう思うようになったのはいつからだろうか。物心ついたときのような氣もするし、最近のような氣もする。とにかく、私の節目にはかならず”かみなりさん”がやってくる。そうだなあ。あの時の話をしようか。私が退院したとき、家族に祝福され、友人からはDMが届いた。どこか嬉しく、入院生活の思い出がよみがえり寂しさに浸っていたら「ゴロゴロ・・・ゴロゴロ」そっとカーテンを開けて、空を見ると、さっきまで晴れ間だったのに重たい雲が顔をのぞかせていた。私は嬉しくなった。先ほどまでの寂しさは吹き飛び、目の前の重々しい景色に心は踊るばかりだった。いつも挨拶をする。私の中のルーティンだ。「”かみなりさん。よーきてくれた。ありがとう。”」”かみなりさん”との会話は少ない。ほんの数分で立ち去ってしまうからだ。けど、全然平気だ。寂しくなんかない。だって、また会いに来てくれるから。「あっ”かみなりさん”だ。」今日も私は空を見上げる。
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「私にしかできない何かが、きっとある」 ~相田みつをさんの言葉に、心がほどけた日~

お疲れ様です、咲良です🌿ふとした瞬間に、自分が何のために生きているのか、わからなくなる時ってありませんか?人は誰しも、心が疲れていたり、大きな壁にぶつかっていたりすると、「私なんて…」と小さくなってしまうことがあります。そんなとき、私は一冊の詩集を手に取りました。それは、相田みつをさんの言葉に出会うためだったのかもしれません。「私がこの世に生まれてきたのは、私でなければできない仕事が何か一つこの世にあるからだ」この言葉を目にした瞬間、胸の奥がじわっと熱くなりました。「そうか、私という存在は、ただ偶然ここにいるわけじゃない。意味があるんだ」そう思えたんです。この世界にはたくさんの人がいて、たくさんの仕事がある。でも、「私にしかできないこと」って、必ず一つはある。それは誰かを励ますことかもしれないし、誰かの心に寄り添うことかもしれない。もしかしたら、それは自分では気づかないくらい、ささやかなことかもしれません。でも、それが「その人にしかできない尊い役割」なんですよね。誰かと比べなくていい。自分の命に、静かに耳をすませて現代はSNSなどで、つい他人と比べてしまいがちです。「私はあの人みたいに輝いてない」「もっと立派なことをしなきゃいけない」そう思って、自分にダメ出ししていませんか?でも、相田みつをさんの言葉は教えてくれます。「あなたがそこにいるだけで、すでに大切な意味があるんだよ」と。誰かの心に笑顔を灯した日。子どもに優しいまなざしを向けた日。「ありがとう」と言われた日。それが、もうあなたにしかできないことだったのかもしれません。あなたにしか咲かせられない「花」がある人はみんな、自分
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できたよりも、「したこと」を褒めよう✨

こんばんわ、みゆです。「できたことを褒めましょう」そんな言葉を聞くと、なんだか胸が苦しくなることがありませんか?なぜなら、わたしたちは「できた」の基準を、知らず知らずのうちにとても高くしてしまいがちです。完璧にできた、最後までやりきった、成果が出た、誰かに認められた——そういう状態を「できた」と呼んでしまうと、ちょっとやって疲れてしまった日や、途中で止まった日は、「できなかった日」としてカウントされてしまいます。でも、本当はどうでしょう。やろうと思った。手をつけた。途中まででも進んだ。それって、何もしていない状態とは全くちがいます🌷たとえば、✔ 朝ベッドから起き上がった✔ 忙しい中でも、お昼をちゃんと食べた✔ 気が重かったけど、資料を開いてみた✔ 誰かの言葉に傷ついたけど、飲み込んでやりすごした✔ 本当は泣きたかったけど、ぐっとこらえて一日を乗りきったそれは「できたこと」と言うよりも、「したこと」💫「朝、起きた」「机に向かった」「人の話を聞いた」「ごはんを食べた」「一歩、踏み出そうとした」そのすべてが、ちゃんと前に進んだ証です⭐️「できたかどうか」で自分をジャッジすると、できなかった日は、自分を責める材料になってしまいます。「また今日も何もできなかった」「私ってだめだな」そんな言葉が、心の中にずっと居座ってしまうのです。でも、「したこと」を見る習慣があると、小さな一歩にちゃんと気づけるようになります☘️「今日はできなかったけど、手をつけようとした」「ほんの少しでも、動こうとした」「やるか迷って、とりあえず考えた」その積み重ねは、確実に前に進む力になっていきます🩷誰かにとっては当
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やる気って、案外、簡単!

何にもやる気が出ない時一つだけやってみよう例えば、カバンの中を整理するとかトイレ掃除をするとか気付けば体が動き出している体が動けば、呼吸も心も動き出す
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幸せになる方法

 幸せとは今が楽しい事、心穏やかな事です。  お金を持っていると幸せであることも一理あります。 幸せな人は将来の事を考えていません。 どうなるかわからない将来を悲観しても、今が苦しくなるだけです。 それなら、今を楽しく過ごした方が得です。 但し周りにいる人が辛く悲しんでいる中で 自分一人だけ幸せですという事はあり得ません。 周りの人が幸せで、自分も幸せはあり得ます。 二人称の場合は、目の前にいる人が幸せなので自分も幸せという事はあり得ます。 目の前にいる人が辛く悲しいでいますが私は幸せですという事もあり得ません。 幸せは一人ではなれないのです。 過去の辛いことをいつまでも悔やんでいるうちは幸せとは言えません。 幸せ=NOW 、現在、今なのです。 悲観的な人は幸せを感じる機会を自分で少なくしています。 人生楽しい事よりも辛い事が多いい事も事実です。 辛いときでも、その中に楽しみ、長所を見つける事ができる人が幸せな人です。 幸運は人がもたらします。 笑顔の人には人が集まります。 怒っている、不満が多いい人は避けられてしまいます。 運も避けて通りすぎます。 幸せになる方法は、笑顔になる事です。 そして人にやさしくすることです。 困っている人には手を差し伸べること。 人の話に耳をかたむける事ができる人が幸せになれるひとです。
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なんて、素敵なの

貴方は強い貴方は喜びに満ちている貴方はほかの人と違うそして貴方は貴方自身を誇りに思っている
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負の感情

怒りなどの負の感情を悪いもの、持ってはいけない感情だと思ってはいませんか?人間なのですから、喜怒哀楽、全ての感情を持って然るべきなのでは。怒りは、誰に対して抱いていますか?怒りの感情を感じた引き金となった出来事に関係する人ですか?それは、本当?嫌いだと感じた人のことを、本当に、嫌いだと思っていますか?嫌いだと思っているのは、誰ですか?誰かが関係している出来事をきっかけに、嫌いだという感情を抱いた場合、その人のことを嫌いだと思ってしまうのは、当然のことだと思います。嫌いなのは、その人ですか?忙しい毎日ですが、その事について考えてみるのも良いのかもしれません。和多志が嫌っているのは、誰なのか?和多志が怒っているのは、誰なのか?
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それは、遠くにある

落としてしまったボール思わず謝った。投げた人が悪いんじゃない。落とした人が悪いんじゃない。何かが起こる原因って、もっと、前からおきている。
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じぶんを好きですか?

じぶんのことを好きですか?そんな事は考えたこともない?一度、考えてみるのも良いと思います。じぶんを好きなのか?じぶんを大切にできているのか?じぶんを大切にするって、どういうことなのか?今は、答えがだせなくても、ある日、ふっと湧き出たように、答えが見つかるかもしれません。
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