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手のひらに宿る もうひとりのあなた

廉清生織のブログの部屋へようこそねえ自分の手のひらちゃんと見たことある?そこにはまだ言葉にならない想いが静かに流れてる線は未来を決めるものじゃないあなたが歩いてきた道とこれから選ぶ道がそっと重なっているだけ迷ったときは手をぎゅっと握ってみてあなたの中にある答えはもうそこにあるだから大丈夫その手でもう一度あなたの未来を選び直していい手相はね変わるんだよ今のままを続けるかそれとも自分を大切にする未来を選ぶかその分岐点が今“自分を雑に扱うのをやめる覚悟”その瞬間手のひらの未来は静かに変わりはじめるねえ一緒に未来を動かしてみない?
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心の大掃除しませんか?

廉清生織のブログの部屋へようこそ2024年も残り2日となりましたね年末はバタバタ忙しくしておられるのでしょうか?それとも仕事が終わってゆっくりのんびりでしょうか?お仕事頑張っていらっしゃる皆様お疲れ様でございますお休みに入る直前でインフルエンザが流行っていますのでどうか手洗いうがいをしっかりとしてウィルス対策してどうぞご自愛くださいますよう願います年末になると家の大掃除は念入りに行うと思うのですが心の大掃除が忘れがちなんですよね?心の大掃除?聴いたことが無いというあなたのために今回は心の大掃除についてお話します心の大掃除とは?物理的な掃除だけでなく”心理的な”掃除をすること 自分の気持ちや価値観・習慣などの見直し・来年の目標を立てたり・準備したりすることで新年をよりスッキリとした気持ちで迎えるための活動なのです潜在意識の大掃除をしませんか?片付けられない心理は?片付けられない人は「片付けなきゃ!」と思っているからなのです片付けられる人は「片付けよう!片付けたい!」と思っていますつまり追われるのではなく自ら実行しようとしているんです自ら実行しようとなんてどうしたら思えるの?ここが重要な大きな差となって行動に大きく違いが出るんですメリットを知ること1.片づけを行なうことで精神的変化が生れます考え方・生き方にまで影響が及ぶのです仕事・お金・人間関係・性格・容姿・ありとあらゆるものに変化が生れるのです環境が整うと心も整うのです2.上質なものだけを買うので無駄が無くなる3.睡眠の質が高まる4.メンタルが強くなる5.執着を捨てられるようになれる片付けたいけど・・・コツや方法が分からない?!
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2025年あなたはどんな1年にしたいですか?

廉清生織のブログの部屋へようこそ2024年本当に多くの方々と知り合い出会えることが出来ました一緒に涙したり一緒に笑ったりお正月早々から能登地震があったりそのことでクラッシュバックして3.11のときの震災を思い出して不安になったりコロナワクチン接種により仕事を失ったり実る恋もあれば未来へ進む恋もあり新たな挑戦へと踏み出す恋もあり様々な人とお話を伺い沢山の人生模様を垣間見てきましたみんな一生懸命生きているから悩むんです悩むことは悪いことではありません前に進む一歩なのです悩みながら迷いながら答えを探すのですその都度立ち止まって考えて精神的成長をし続ければ良いのですみなさん私の大切な人たちですその大切な人たちへ感謝を込めてこの曲を届けたいと思います2025年皆様にとって素晴らしい1年となりますよう願いを込めてお届けします聴いてくださいミセスグリーンアップルで「Dear」ですもう既に私の手相鑑定の中では2025年の運気について未来鑑定が行われています今ならば特別価格にてご提供中です年始は混雑が予想されます是非、今のうちにご利用をお待ちしております今年のモヤモヤは今年のうちに解決しましょう来年、笑って年を明けられるように鑑定しますお話を聴いて解決方法もアドバイスしますので是非お待ちしております
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黒子占い:黒子の種類により意味も異なるの?

廉清生織のブログの部屋へようこそ私の占いサービスの一つに手相のサービスがあるのですが...私の場合は手にある黒子も診ています黒子には2種類あるのをご存知でしょうか?黒くて艶があり膨らみがある「生き黒子」薄茶色くてツヤがなく平らなものを「死に黒子」と言います基本的には茶色っぽいものとなりますが…色調がハッキリとしていない小さなものを指します平らというよりもえぐれたようになっているものもあり左右非対称で形がいびつなものもあります生き黒子に毛が生えることは縁起の良いこととされ尊ばれてきています黒子に生える毛はメラニン色素が濃く立派なものになりやすく成長が早いのが特徴とされます宝の毛とも呼ばれているので抜くことはあまりお勧めできませんまた死に黒子にも毛が生える場合もあります特に意味があったり死にほくろの影響が強まることはありませんしかし見た目が悪いので場所によって抜くほうが・・良いこともあります時々手相占いのときにお顔にある黒子についても質問が出ることがあります部位や大きさ艶などを拝見させていただいてお悩みの黒子についてどうしたら良いのかという質問にもお答えさせていただいております是非私の手相占いのサービスにてあなたのお悩みやモヤモヤしてしまう黒子についても鑑定しながらズバッとお答えさせて頂いておりますので気になる黒子がございましたら遠慮なくお尋ねください黒子占いについても別料金は戴きませんのでご安心くださいませ手の平にある黒子はもちろんですが…手の甲・腕・顔にある黒子の位置や大きさ艶・色・形などから丁寧に鑑定致しております手相占いを通して今まで気にしなかった黒子があなたにとってどんな
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自分を知ってる?

 私たちは、自分のことは自分が最もよく知っているつもりで暮らしているのではないでしょうか。ところが、案外、そうでもないことに気付かされたクイズがあります。簡単なものですので、ぜひ、挑戦していただきたいと思います。こんなクイズです。 ◇ <問題>父と息子がドライブに出かけました。ところが、事故に遭(あ)ってしまい、二人はそれぞれ別の病院に運ばれました。 息子が病院に到着すると、待っていた外科医が出てきて叫びました。 「これは私の息子!」 病院に運ばれてきた息子と、外科医とはどのような関係でしょうか。 ◇  答えは出ましたでしょうか。 息子のことを「私の息子!」と呼ぶ人は父か母です。お父さんはここにいませんから、外科医は運ばれてきた息子の母親になります。息子と外科医の関係は母子だというのが正解です。お母さんが外科医として勤務する病院に、たまたま息子さんが運ばれたのでした。  私はこのクイズに答えることができませんでした。なぜかと考えていきますと、「外科医と言えば男性」という誤った思い込みが原因でした。試(こころ)みに問題文の「外科医」を「看護師」に置き換えると、間髪入れずに正解できそうです。  もちろん、私も女性の外科医がおられることは知っていました。けれども、その知識は役立ちませんでした。つまり、このクイズでは、知識の有無ではなく、私の愚かさ、すなわち誤った思い込みに自分の力では気付くことができないことが問題にされているのです。 仏かねてしろしめして  私はこのクイズに出あうまで、自分の物事の見方がこんなに危ういものであるとは考えもしませんでした。  私がクイズに答えられなかった
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手相占いについて

お久しぶりです。 色々とお仕事や私生活で慌ただしくしている内に、気付けば前回のブログから半年ほど経っておりました。 月日が経つのは早いもので、皆様はいかがお過ごしでしょうか? 今回は、改めてココナラで出品もしている「手相占い」に関して私の想いをお伝えさせていただきます。-------------------------------------------- 手相占いをはじめるきっかけとなった事 「手相を通して、自分に合った天然石を探す」 もともと私は天然石やパワーストーンに興味があり、気付けば家には天然石に囲まれて好きになり、仕事につながり、今では天然石と関わりのある仕事をさせていただいています。 天然石は色々と不思議な力が宿るといわれていたりしますが、始めはそういった不思議な力やスピリチュアルに関する事というより、純粋な好奇心として、綺麗な天然石を見るだけで心惹かれていき、次第に天然石のルーツや起源、石の意味に深く興味を持つようになりました。 その後、天然石の持つエネルギーについて「自分に合った天然石とは、何なのか?」といった事を詳しく調べていく内に、人の持つ運気や運命に関する手相占いに出会い現在に繋がります。 -------------------------------------------- 手相を通してつながるご縁 「手相を見れば、その人の知らなかった一面が見えてくる」 最初はあくまでも自分に合った天然石を探す為の手相占いでしたが、元々占いに対してもすごく興味があり、この事がきっかけで、占いを通して色々な事に気付けるのが楽しくてどんどんと手相占いに熱中していきました
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最初の水晶の選び方

天然石に興味を持った時、初めて天然石を持とうと思った時。 一番最初の天然石として、おすすめなのが【水晶】です。 水晶には浄化の意味があり空間の浄化や、天然石の浄化など万能の天然石です。 その水晶を選ぶときにいくつかのポイントを抑えてもらうと、買いやすくなるかと思うのでご参考にしてください。 --------------------------------------------選ぶときのポイント① 【形で選ぶ】 水晶といっても様々な形があります。 球体の丸玉の形や、原石のクラスターの形、水晶が柱のようになっているポイントの形。 水晶が細かくチップになっているさざれ石、アクセサリーとして身に着けられるブレスレット。 このような様々な種類の形に加えてサイズもかなり幅広くあるので、選ぶときはかなり迷う事になるかと思います。 この中で一番最初に持つのであれば個人的におすすめなのがブレスレットです。 理由としては、まずは水晶を身近に感じてもらいたいからです。 水晶とは、どういったものなのか、浄化とは何なのか。 なかなか言葉では表現できない部分を、ブレスレットとして身近に身に着けてもらうことで感じてもらいやすいのかなと感じています。 --------------------------------------------選ぶときのポイント② 【透明度で選ぶ】 形を問わず水晶にはクラックといわれる自然にできる「ひび」のようなものだったり、インクルージョンといわれる「内包物」などで、純粋な透明な水晶というのは少なかったりします。 しかし、ひびの入り方で虹が見える事があったり、内包物が価値を上げ
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手相に財運線のV字(臨時収入線)が出たら宝くじが当たる!!

今日は、クリスマスイブですね。 先日、岡山城の近くのマグリットという結婚式場で行われたクリスマスパーティに参加してきました。 当日の朝、久しぶりのパーティなのでアルコールを飲むつもりで…電車で行くことにして、息子に駅まで送ってもらったんですが…ありえないことに電車がこない?? 「運行管理システムトラブルで運転見合わせ」ということで、電車が運休中。 いつ来るのかわからない電車を待っている訳にもいかず… 急遽、自分で車を運転して、クリスマスパーティへ出発。 ありえな~い! 電車が動かないなんて…「アルコールを飲むなってことなのね~!!」」 と思いつつ…高速道路を使って岡山へ。 途中、娘に電話すると、娘も車で友達に合うために車で岡山に迎っているとのこと…(笑) なんて偶然…結果、お互いの予定が終わったら…岡山城に向かうことに… 前から改装したばかりの岡山城には一度行こうと思っていたところだったので…車で行くことになって良かったのかも…と思い直し、クリスマスパーティへ。 クリスマスパーティは盛りだくさんで、とても楽しい時間が過ごせました。 そして…なんと…終わってから行った岡山城の効果なのか… 12/20の ナンバーズ4でセットのボックスが当たりました!! やった~!! 改装したばかりの岡山城には、ビジネス運がアップする効果があるから行こうと思って行ったのですが…なんとくじ運がアップするなんて…ラッキーです!!しっかり手相にも、財運線のV字(臨時収入線)が現れてました!! みなさんも自分の手相を確認してみてくださいね。
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爆心280メートルで被爆

 8月6日、ヒロシマは79回目の朝を迎えました。私は爆心から280メートルの勤務先で被爆しました。19歳でした。奇跡的に一命は取り留めましたが、骨髄性異形症候群という難病のため、新しい血液があまり作れず、いま生きているのが不思議なくらいです。  あの時、即死された多くの遺体を見て私も覚悟しましたが、おかげさまで生かしていただいています。しかし、何も知らず、何も言えずに亡くなった多くの人たちがいます。どうか、二度と戦争のない平和な世の中を築いていってほしいと思います。  以前、NHKで朗読されました。 「原爆を知らない 幼い人たちに」 その時昭和20年8月6日 午前8時15分 とてもよく晴れた朝でした 赤ちゃんのミルクをつくっていたお母さん 植木に水をやっていたおじいさん 仏さまにお花をあげていたおばあさん ごはんを食べていた坊や 会社に出てこれから仕事をしようとしていたお父さん そして仕事にゆくために道を歩いていたたくさんの人 みんな死んだのです 原爆を落とされることなど何も知らないで いつものように用事をしていたのに 突然「ピカッ」と光って 「アッ」と気がつくまもなく 家の中にいた人は家ごと押しつぶされ 道を歩いていた人は吹き飛ばされ 顔も手も足もからだ中 ヤケドをして広島中の人がみなヤラれてしまったのです たったひとつの原爆で その時死んだ人 百人?いいえ千人?いいえ一万人? いいえもっともっとたくさんの人 かぞえきれないほどの人が なんにも言えないで なんにも知らないで 死んでしまったのです ほかの人も大ヤケドをしました大ケガもしました 投げ出されておなかのやぶれた人 背
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ひざの上が定位置に

 大切な人を失うと、いくら時間が経っても、遺(のこ)された家族には悲しみや苦しみが大きくのしかかってきます。人生は喜びや楽しみよりも、苦しみや悲しみに直面することの方が多いのではないでしょうか。  お釈迦さまの説かれた教えに「四苦八苦」があります。その中に、愛するものと別れる苦しみ「愛別離苦(あいべつりく)」があります。親鸞聖人の尊敬された七高僧のお一人・中国の善導(ぜんどう)大師も「五苦(ごく)」と顕(あらわ)され、第三代覚如上人の『口伝鈔(くでんしょう)』には、「愛別離苦、これもつとも切なり」と記され、愛するものと別れる苦しみは、さまざまな苦しみの中でも特にきびしいものであると示されています。  私自身も、愛する者と別れる苦しみを経験しました。それは母方の祖母との別れでした。祖母は大柄で、いつも笑顔で、優しく、温かい人でした。私が祖父母の家で両親に怒られると、泣いたり怒ったりした私を、祖母はいつも慰めてくれました。ですので、心安らげた祖母の膝(ひざ)の上がいつも定位置となりました。  祖母とは、学校の休みごとにしか会わなかったのですが、いつも、どんな時でも「ナンマンダブナンマンダブ」と称えていたそうです。 共にお念仏申す  そんな祖母は、毎日決まって夕方の5時になると、祖父と共に仏間で正信偈をおつとめしていました。そして、おつとめが終わったあとも、一人でお念仏を称えていたことを今でも覚えています。  そんな祖母が、体調を崩したのは10年ほど前のことでした。糖尿病になり、目が見えなくなりました。次々に病気にかかり、大柄だった身体もとても小さくなっていきました。  そして、私が
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長生きの保証書

 「浄土真宗ってどういう教えですか?」と尋ねられたら、「それはお浄土の真(まこと)を宗(むね)とすることです」と答えます。私のいのちが、人生が、お浄土の真に貫かれているということです。お浄土とは、私がこの限りあるいのちを生き切る依りどころ、支えです。  ところが、私たちの現状はどうかといえば、お浄土が生きることとは無関係なところに切り離されて、死後の世界に追いやられてしまっているように感じます。ですから、60歳や70歳になった方にお寺参りを勧めても、「私にはまだ早いから、当分お参りする気はありません」と言われます。80歳、90歳まで生きられて当然、死後のことなど考える暇があったら、いかに楽しく生きるかを考える方が利口と言わんばかりです。  ちまたでは、いわゆる「平均寿命」なる数字が幅を利かし、あたかも80歳までは生きられるかのように考える人も多いようですが、私は誰からもそんな保証書はもらっていません。私だけでなく、誰一人としてそんな保証はしてもらっていないはずです。  確かに、100歳まで生きる人は年々増えているのかも知れません。しかし、平均寿命に至らずに終わるいのちもたくさんあります。病気が縁で終わる若いいのちもあれば、不慮の事故が縁で終わる幼いいのちもあります。いのちの事実は「老少不定(ろうしょうふじょう)」。老いた者から順番にいのちが終わるのではないのです。  そう言うと、「そんなこと言われなくてもわかっているさ」と言われるかも知れません。しかし、頭ではわかっているつもりでも、私たちの心と体はなかなか理解しようとはしません。だから、大切な人を失った時には、私たちは平静を保
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携帯に残る温もり

 今年の夏、あるご門徒宅で初盆のお参りをした時のことです。お仏壇に携帯電話が置いてありました。付いているストラップなどの様子から、それが亡くなった奥さまのものであろうことがわかります。毎日触れておられた携帯電話には、今も奥さまの温もりが残っているような気がしました。  私自身も、今年の3月、妻をお浄土へ見送りました。38年の生涯でした。  妻は、昨年の9月に娘を産みました。ようやく授かった第一子で、婿養子に入った私も、妻の両親も、とても喜んでいました。夜泣きによる寝不足の疲労も、娘の一つ一つの仕草で吹き飛んでしまうように思っていました。  しかし、妻は産後の体調がすぐれず、娘の1カ月健診の1週間後に入院したのです。検査の結果、卵巣がんであることがわかり、妻本人にも伝えられました。すぐに抗がん剤治療が始まり、妻は病室で娘の様子を気にかけながら、私たちに子育ての指示を出し、治療に取り組んでいました。ところが、順調に進んでいると思っていた抗がん剤治療のさなか、11月に脳梗塞(こうそく)をおこし、病状は絶望的に悪化したのです。 妻の言葉  年明けを病院で迎え、友人や親戚(しんせき)がお見舞いに来てくれました。病院の方々の懸命な処置もあって、一時は体調が上向きのように見えました。家に帰ったらあれを食べたい、娘を連れてどこに行こう、そんな話もしていました。しかし、がんの進行を止めることはできず、2月に入って状態は見る見る悪くなっていきました。  がんの転移は明らかで、完治は見込めないことから、体調のいい時を見計らって一度家に帰ることを検討するようになりました。治療方針の変更にともない、本人
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自分がなってみて

 うちの母は、8年前から認知症。母との生活や応対を通して、母の想いと、心に気付かされました。母の気持ちを聞いてください。  私は86歳。8年ほど前、私にとっては自然な行動だったのですが、周囲には異常に見えたようです。これが「認知症」の初めの頃。会話がうまくできなくなり、直前の記憶があいまいになって、多くの人たちに迷惑をかけたようです。  その時、周囲の人たちは認知症のことをよくわかっておられなかったようです。  「あの人ボケてはる」「恥ずかしいな」「なりとうないな」と陰口を立てられ、悲しい思いをしました。恥ずかしいことですが、実はそういう私も「認知症」をよく知らなかったんです。  自分がなってみて、みんなの変な視線に、やり場のないストレスを感じました。でも、私が病気の理解のお役に立てたことはうれしいことです。家族も最初は戸惑っていたようですが、福祉施設で働く孫娘の助言のおかげで、少しずつわかってもらえたようです。  初めて病院に行き「認知症」だとわかった時は、認めたくないという気持ちでいっぱいになり、「なんでこんなことになったんやろ」と情けなくなって一人で泣いたこともありました。でも、家族のみんなが支えてくれ、やがて周囲も受け入れてくれました。 これが病気の自然な姿  私は編み物や手芸の教室も開き、人一倍手先も頭も使いましたが、この病気になりました。でも、罰(ばち)だとか、恥ずかしいと思ったことはありません。ご縁をいただいたと理解しました。「認知症」は、病気なんですね。  この病気、物覚えがあいまいになっても、プライドや生きてきた経験は今でも身に付いています。ただボケーッとして
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敗戦で生活が一番

 私は中学校の恩師やその仲間たちと一緒に、地元で活躍されている方々のお話を聞く会を月に一度開いています。  その会の会員にある女性がいます。彼女は81歳の今でも、「下宿のおばさん」として、地元の農業高校に通う女子生徒の世話をしています。毅然(きぜん)とした態度で学生に向き合うその姿には、大人の私たちも大いに学ばされます。  そんな彼女の原風景には、過酷な戦争体験があります。  樺太(からふと)(現・サハリン)生まれの彼女は、12歳の時、父親に連れられて満州(現・中国東北部)へと渡りました。一家5人が入植したハルビン近郊の村には、樺太や北海道から新天地を求めて多くの人が移り住んでいました。しかし、その土地は満州を統治する関東軍が中国の農民から略奪したものでした。  比較的自由な気風の青年学校で学んでいた彼女でしたが、1945(昭和20)年8月15日の日本の敗戦を境に、生活が一変します。ソ連軍の侵攻の知らせに、着の身着のままで村から逃れた一家は、何とか難民収容所にたどり着くことができました。  けれども、逃げ遅れた人々の中には、ソ連軍や中国人に襲撃されて全滅した開拓団や、強姦(ごうかん)されて殺された女性もいました。息絶え絶えの子どもを連れてこられず置いてきた母親もいました。また、収容所にたどり着けても、そこには食糧も暖房もなく、病気も蔓延(まんえん)して、大勢の人が冬を越せずに亡くなりました。満州で生まれた彼女の幼い妹二人も命を落としました。 先生やお坊さんが・・・  彼女の一家は翌年、無事帰国することができ、水戸にある父親の実家に世話になりました。ですが、もはや生まれ故郷の樺太
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たまには自分の手相を視てみます♪

自分の手相って見た事、ありますか?私が占いを始めたのは実は、手相なんです。なのでめっちゃ時間はかかるんですが個人的には手相は好きです。ホロスコープや四柱推命は当たりますが、誕生日で運勢が決まってしまう部分があるのでそうすると同じ誕生日で(時間でも変わりますが・・・)ある程度、運勢が同じになってしまうんですよね。。。ですので経営者の方は、手相が好きな事に気づいたんです。1人、1人違いますし、結構当たります。体調も出ますし。自分の場合は、右手が真ん中の頭脳線の終点が枝分かれしていてフォーク型になっているのは、マルチリンガルの可能性。。。当たっている。そして生命線と頭脳線の根元が離れている手離れ型なので好奇心旺盛でチャレンジ精神豊富、器用に色々と出来るタイプで1つに絞るとダメなタイプで柱を3本にすると良いタイプ。大体、当たっています。感情線の先端が二股で一本が下向き。真面目で誠実さがあり、物事は常識的に捉えるとされます。 人から憎まれたり嫌われることが少なく、対人関係は基本的に良好になります。しかし常識外れの人は苦手なようです。(笑)何事も真摯に向き合うので、幸運がつかみやすく、望む成果が手にできるはずです。 恋愛・結婚面では相手の愛情が確認できるとされます。喜びや楽しさといった感情が際立ちます。恋愛運が上昇しているので、単身者の場合は新しい出会いがあるかも?再婚可能かしら。。。誠実な人に限る!ですね。しかし保守的な恋愛・結婚観を持っているので、自分と同じ誠実な相手と相性が良いとされます。恋人がいる場合、結婚が早まる傾向。さあ、行動しよう♪生命線は長くてくっきりしているから長生きタ
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念仏者の生き様から

 人ならば仏性(ほとけしょう)なるなまこ哉(かな)  江戸時代の俳人・小林一茶の句です。一茶は1763年、現在の長野県信濃町柏原で農家の長男として生まれますが、3歳の時に母を亡くしています。そのような生い立ちからでしょう、有名な句「我と来て遊べや親のない雀」があります。  15歳で江戸へ出て、20代からの2万句とも言われる一茶の句には、蝶(ちょう)、蛍(ほたる)、蚊(か)やハエなどの虫、動植物がたくさん出てきます。そこには動植物との一体感が読み取れます。  また、熱心な念仏者であった祖母、父親の影響もあり、念仏生活の中で育てられた一茶にとって、俳人としての旅は、そのまま仏法求道の旅であったのではないでしょうか。40代後半から65歳で亡くなるまでの句にはお念仏の句も多く、社会的弱者の視点とともに、念仏者の視点から、いや念仏者の生き様から詠まれているように私には感じられます。  さて、「人ならば仏性なるなまこ哉」の句は一茶48歳の時のものです。  「なまこよ、もしも人間ならば仏になれるのになあ」との意でしょう。一茶がなぜなまこに仏性を見ているのでしょうか。その背景には『古事記』の中にある一節が関わっていると思われます。 絶望などない一本線  『古事記』によると、アメノウズメノミコト(神様の前で踊りをする踊り子)が、すべての大きな魚、小さな魚を追い集め、尋ねて言います。  「お前たちは、天(あま)つ神(かみ)である御子(みこ)にお仕(つか)え申し上げるか」と。すべての魚は皆、「お仕えします」と申しますが、なまこだけがそう言わなかった。そこでアメノウズメノミコトはなまこに向かって「この
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初めての出あい

 本願寺派のお寺がなかった愛知県刈谷市で布教所を開き、都市開教専従員として法務に勤(いそ)しんでいます。都市開教における法務の特徴を一つ挙(あ)げますと、「初めての出会いがその方の葬儀」ということでしょうか。  長崎県の地方都市で法務をしていた頃、寺院周辺の家庭のほとんどは本願寺派のご門徒で、それぞれの家庭で亡くなる方がおられたら、顔見知りであるのが当たり前のことでした。  顔見知りのお宅へ臨終勤行(りんじゅうごんぎょう)に訪れ、顔見知りの葬儀社のスタッフと打ち合わせをして、顔見知りのご遺族と故人の思い出を語り合うのが常でした。  長く門徒総代を務めていた方が亡くなられた時、臨終勤行に参らせていただきました。ご遺族と一緒に読経をさせていただきながら、報恩講やお彼岸の荘厳(しょうごん)(お飾(かざ)り)を一緒にしたことを思い出すと涙がこぼれて止まらず、困った覚えがあります。  おつとめを終えてご遺族やご近所の皆さんの方へ向き直ると、故人の長男さんが同様に涙をこぼしながらバツが悪そうに笑っておられました。  「家での親父は頑固でうるさいばかりで、お坊さんが泣いて惜しんでくれるような男でしたかなぁ・・・」  僧侶が泣いてしまうのはいかがかと思いますが、忘れ難い記憶として大切にしています。私の命が尽きるまで、何度も思い返すことでしょう。お寺とそれを護持されるご門徒が、代々にわたって関係性を築いてきたからこそ、故人お一人おひとりの話題やご遺族との絆が育まれていくのでしょう。  ところが、私が都市開教を行う愛知県下、特に都市部においては事情が異なります。本願寺派の盛んな地域、北陸・中国・九
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命がけで仏法を

 「無上甚深微妙(むじょうじんじんみみょう)の法(ほう)は、百千万劫(ひゃくせんまんごう)にも遇(あ)い値(お)うこと難(かた)し。我今(われいま)見聞(けんもん)し受持(じゅじ)することを得(え)たり。願(ねが)わくは如来(にょらい)の真実義(しんじつぎ)を解(げ)したてまつらん」京都の中央仏教学院に出講した時の話です。学院の教室では毎朝第1講時の開始前に、講師・学生全員が起立合掌してこの言葉を唱和します。「開講偈(かいこうのげ)」と呼ばれています。遇い難き仏法に出遇えたことをよろこび、命がけで仏法を学ぶ決意を表明する言葉です。布袍・輪袈裟(ふほう・わげさ)に身を包み、「開講偈」を唱える学生たちの姿に初めて接したとき、私は背中を打たれたような衝撃を感じました。 多くは大学を卒業した後、自坊の住職になるために入学された方々ですが、中には定年退職後の人生の依りどころを求めて来られた方、ご住職を亡くされ法灯(ほうとう)を守るために来られた坊守さまや中学を卒業したばかりの若い寺院後継者、さまざまな事情を抱え仏法に救いを求めに来られた方もいらっしゃいます。命がけで仏法を学ぶ人たちに、私は命をかけて講義ができているだろうかと、ふと思うことがあります。  源信僧都(げんしんそうず)の『往生要集』に、逃げ遅れたキツネの話が紹介されています。人道無常(にんどうむじょう)の相を説く一段に、死苦の恐ろしさを知らせるために提示された譬え話です。源信僧都はその文を天台大師の『摩訶止観(まかしかん)』から引用されていますが、キツネの譬喩は、もとは『大智度論(だいちどろん)』に説かれたものです。 物語風に
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恋をしていますか

 学生さんにとっては、卒業式の季節が近づきました。「3月は別れの季節、4月は出会いの季節」ということで、3月4月を「恋の季節」と申します!  思い返せば二十数年前、高校の教室で一人の女の子の笑顔が見たい一心で、ずっこけてみせたり、おどけてみせたり、日々むなしい努力を積み重ねている私がいました。しかし現実は、好きな人には振り向いてもらえず、好かれようとすると、自分が自分でなくなってしまう。  結局、想いは伝えられませんでした(心が純だったから)。しばらくして、その子に彼氏ができたことを耳にした時、私に残ったものは、勇気を出せなかった自分のなさけなさと、怒りだけ。思えば、それが大人に一歩近づいた瞬間でした。  さて、恋にもいろいろあると私は思うのです。この会社に絶対入りたい・・・就職活動という恋ごころ。いつまでも元気で若くて・・・健康への恋ごころ。「オリンピック誘致」というのも、恋ごころの一つでは・・・。  ある中学生が、おばあちゃんに「受験に失敗したら、どうしよう・・・」と、不安を打ち明けました。おばあちゃんは孫を抱き寄せ、こう諭(さと)しました。  「受かっても、受からなくても、あんたの人生に寄りそってあげるよ。どちらを引き受けても、それはあんたの人生の宝だよ」  そこには、中学生の「受験」という恋ごころがありました。  皆さんは、どうお考えになりますか。ふつう、想いがかなった出来事は人生の宝になりますが、どうして想いかなわぬ出来事が宝であるのか。宝とは、何なのか・・・。  今、皆さんはどんな恋をしていますか。 心の眼を開こう  親鸞聖人がお書きになった『高僧和讃』という書物に
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お寺で開く書道展

お寺で開く書道展  「本願寺新報」では、いろいろなお寺でさまざまな行事に取り組んでおられる様子を見ることができます。コンサート、キャンプ、落語会・・・、特に本年が親鸞聖人750回大遠忌法要の年ということもあり、各寺院での活動もバラエティーに富んでいる感じがします。  お寺でも、昨年5月に大遠忌お待ち受け法要を住職継職法要とされました。お参りいただいたご門徒の一人に、美術館の副館長の方がいらっしゃいました。その方から「亡き父がお世話になったこのお寺で、父の書道展を開けないだろうか」とのご提案をいただきました。  この提案が昨年10月に実現。「竹澤丹一 信心の世界展」という書道展で、本紙にも掲載していただきました。  浄土真宗の信仰に深く関(かか)わったこの書家の生涯を通した40数点の作品を本堂や庫裏に展示する、本格的な書道展となりました。多くの方がお寺に足を運び、書道の作品を通して浄土真宗のみ教えに触れることができたと思っています。  書道展自体は、主催者でもある息子さんが、各地の美術館や施設にある作品を借用され、専門業者による移送・展示と、寺院側としては何の心配もいりませんでした。  しかし、裏方としての住職や坊守には、この展示の10日間、大きな心配がありました。それは防犯という心配です。通常は美術館のガラスの中にある作品が、本堂の鴨居(かもい)や庫裏の床の間にそのまま掛けられているのです。しかも、多くのメディアで宣伝したため、遠近各地からこの作品を見るために集まって来られました。  そのため、作品が展示されていた10日間は、神経が休まることはありませんでした。少しの物音が気に
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お浄土の蓮の花

布教にうかがったお寺の坊守さまから、このようなお話を聞かせていただきました。  「私の祖父は『お浄土でまっているぞ』という言葉を母にのこして亡くなったそうです。それ以来、母は『父がまっているお浄土に参らせてもらわないと』と、一生懸命、聞法に励みました。しかしいつも、『お浄土の蓮の花のつぼみが開かん』と口癖のように言っては、さびしそうにしていました。  そうして私が三十七、八歳の頃でした。母は脳こうそくを患い、闘病生活を送っていたのですが、いつの頃からか、母はあの口癖のような言葉を言わなくなったのです。  私は気になって、『お母さん、お浄土の蓮の花のつぼみはどうなったの?』と尋ねました。  すると『もうそんなことは、どうでもいい、どうでもいい』と言うのです。  病気になって、きっと考えるのも煩わしくなったんだ、と私は思っていました。  でも、違っていました。母は阿弥陀さまのお慈悲に出遇っていたんですね。私もやっとそのことに気付かせていただきました。ナンマンダブツ、ナンマンダブツ・・・」  ありがたいお話でした。このお話を、もう少し味わってみたいと思います。  まず「お浄土の蓮の花」とは、ご信心のことです。「つぼみが開かない」とは、お母さまがご信心をいただけないと嘆かれていたということでしょう。阿弥陀さまのお救いは「信心一つ」のお救いですから、み教えを真剣に求める人にとって、どんなにつらいことだったでしょうか。  ところで、親鸞聖人が明らかにされた他力の信心とは、一般的に考えられている「信じる」ということではありません。阿弥陀さまが「必ず救う、間違いないぞ」と喚んでくださっている、
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病を診る 人を診る

 日本緩和医療学会という学会があります。どのような学会かと言いますと、がんやその他の治療困難な病気の全過程において、いかにQOL(生きることの質)の向上を目指すかを考える医療・福祉系の学会です。  以前は終末期医療という考えのもと、治療が困難になった方の終末期に対してどのように医療が寄り添えるかを考えていましたが、今は、大きな苦悩を抱える病気の全過程を対象とするように変わってきました。いずれにしても、かつての医学教育の中には、無かった分野です。  「医者は病気を治すもの」と考えていましたから、「治せない病気の人」に対して医者は関(かか)わりが持てませんでした。  しかし、「病気を治す」という考えから「病気の人を治す」。あるいは「病気を診る」から「人を診る」という考えに変わってきました。海外では日本より先んじて、先の緩和医療という考えも起こり、日本もその考えを学び、医療・福祉の考えも進化してきました。  現在、緩和医療の考えの一つにチームアプローチがあります。医者や看護師、薬剤師、ソーシャルワーカーなどがチームを組み、患者や家族に知識や技能を提供するのです。  かつて海外からこれらの考えが輸入された時、このチームの中に「宗教家」という名前が入っていました。残念ながら、最近の日本の学会発表の場において、このチームの中に「宗教家」を入れている学会発表は少なくなっています(実際、学会が出している「緩和ケアチームの手引き」には「宗教家」の文字は見当たりません)。  海外における宗教観と日本における宗教観の違いでしょうか。あるいは、あまりに動かない日本の「宗教家」に対して、医療・福祉の現場
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親心のはたらく証拠

 親の名告(なの)りは、実に味わい深いものです。  というのも、母親は子どもに「おかあさんよ」と名告りますが、「おかあさん」の「さん」という言葉は、本来よぶ側が用意するものです。それを名告る側が用意したら、おかしなことになります。たとえば、「私は北嶋さんです」と名告ったら、おかしいのと同じです。  けれども、母親は「おかあさん」と名告ります。一体、「おかあさん」という名告りは何なのでしょうか。  それは、母親は最初から子どもの立場に立って、名告っているのです。  「さん」という言葉は、よぶ側の子どもが用意しなければなりません。でも、それができない子どもに先立って、「おかあさん」と名告っているのです。  つまり、その名告りには、「このように、よんでおくれ。私を頼っておくれ。いつでもどこでも一緒だよ」という親心があるのです。ですから親の名告りは、そのままが親心いっぱいのよびかけなのです。  そのよびかけを聞いて、子どもは安心します。その安心しているままが、親を頼っているすがたです。その頼っているすがたが、親心のはたらいている証拠です。実に、親を頼る心まで、親が与えてくれるのでした。 南無の心もご用意に  このように、「おかあさん」という名告りは、最初から子どものためであったのです。  ところで、南無阿弥陀仏というみ名は、最初から私たちのための名告りであったことを、親鸞聖人は「回向(えこう)を首(しゅ)としたまひて」と示されました。  阿弥陀さまは、私たちに南無阿弥陀仏と名告られたのですが、南無は「おまかせします」という意味ですから、本来は私たちが南無の心を用意しなければなりません。
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~4/4(土)の運勢 part5その言葉伝わっていると思いますか

4/2(木)は、丙午で四緑木星が中宮となる日。 自分の気持ちを伝えたくなったり、人と関わる場面が増えやすくなります。ただその一方で、勢いが強くなりすぎることで、「伝えたつもり」と「伝わっていること」にズレが出やすいタイミングでもあります。良かれと思って言った一言が、相手には違う形で伝わってしまうことも。恋愛面では、距離を縮めたい気持ちが強くなる分、言葉の選び方やタイミングがとても重要になります。仕事面でも、やる気や行動力はあるものの、周囲との温度差や認識のズレが出やすい流れです。【ワンポイント行動】今日は「一呼吸おいてから伝える」ことを意識してみてください。少し間を置くだけで、流れが大きく変わります。もし今、「ちゃんと伝えたはずなのに、なぜかうまくいかない」「相手の反応が思っていたのと違う」そんな違和感があるなら、それは大切なサインです。今は“関係性の調整”が入っているタイミング。ズレをそのままにしてしまうと、後から余計に複雑になってしまうこともあります。相手の気持ちや今の流れ、そしてこれからのタイミング。一つひとつ整理することで、関係は大きく変わっていきます。「どう受け取られているのか」「このまま進んでいいのか」少しでも迷いがあるときは、そのままにせず整えていくことが大切です。必要なときは、いつでもお話お聞かせくださいね。4/3(金)は、丁未で五黄土星が中宮となる日。 4/4(土)は、戊申で六白金星が中宮となる日。 今世は、リハーサル 来世は本番。 存分に楽しみましょう♡ 立命が大きなカギ。 ひも解くことで使命、宿命を知る。 如何に今を、目の前のことを真剣に取り組むか。 来世
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自己紹介

はじめまして。悠木レイと申します。今日は私の自己紹介をしたいと思います。少し長いですが最後までおつきあい頂けたら嬉しいです。いろんな経験をしてきた40代女性です。思いつく限り書いてみると…女子高時代にイジメられたことに始まり遠距離恋愛の末に結婚したことラブラブな新婚生活を送り子供がなかなか授からずに不妊治療をしました。生まれた子供が通常の発達と違っているようで3歳健診の時に相談してその後発達グレーと言われ療育と通級に通いました。不妊治療がきっかけで夫と不仲になり長年のセックスレス。そして仕事が多忙すぎる夫はモラハラ傾向に。専業主婦からパートに出て離婚を視野に入れて正社員で就職しました。夫とは関係改善をしたのちに離婚したので今でも良い父&母として子育てに協力しあっているので今では感謝しかありません。ただ、結婚生活の途中モラハラやセックスレスのせいもあり自信を失い、心が壊れかけました。口角が下がり、心からの笑顔になれず子供は大好きだけど幸せとは思えない日々を送っていました。今思うとカサンドラ症候群だったと思います。子供がASDの診断を受け、父性からの遺伝要因が多いと聞き、また元夫本人も自覚がありますがアスペルガーのようです。そんな辛い結婚生活の中で自分軸で生きられるようになりたくてコーチングを学びました。辛い日々の中、たまたま鑑定してもらった手相占いで傷ついた心を救うような言葉を貰いました。たくさん良い事を言ってもらった中できっと占い師さんも「そんなこと?」と思うような些細な言葉。その言葉がずっと支えになってくれたのです。だから、今度は私が誰かの心をあたためる言葉を送りたいと思って
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西に沈む夕日を眺め

 私の今の楽しみの一つは、2人の子どもと本堂でお夕事(ゆうじ)のお参りをすることです。子どもたちが見たいテレビ番組などがあると、なかなか素直についてきませんが、子どもたちには、親である私が、阿弥陀さまのことを大切にして、お参りをする姿をできるだけ見せておきたいと思っています。  本当に大切なことは、後ろ姿を通して伝わっていくのではないかと思います。阿弥陀さまに手を合わせることもそうです。おじいちゃんやおばあちゃん、父親や母親、そして周りの大人たちが阿弥陀さまに手を合わせる姿を子どもたちが見て、またその子も手を合わせる人として育っていきます。 私自身も、かつて祖父と一緒にお参りをしたその後ろ姿が、心に強く残っています。  中学生の頃、私はサッカー部に所属していましたので、日頃は帰宅が遅かったのですが、定期試験前など部活動が休みのときは早く家に帰っていました。そういう時は、夕方になると決まって祖父が「おーい、おつとめやぞー」と呼びに来ました。私は祖父の後について、まず本堂で正信偈をおつとめし、続いて会館の2階の仏間でおつとめをします。そしてその後、天気のよい日には、祖父は決まって会館の2階の窓から西に沈む夕陽を眺めていました。  私の住んでいる地域は夕焼けが大変きれいなところで、「砥山夕照(とやませきしょう)」と呼ばれ、栗太八景の一つにも数えられています。周りをぐるっと山に囲まれているのですが、ちょうど西の方角だけ山が切れていて、天気がよければ、お夕事の時間帯に本当にきれいな夕焼けが見えます。そういう時、祖父は西の方に向かってじっと手を合わせて、なかなか動こうとしませんでした。  
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お仏飯で育つ

 先日、あるお宅で報恩講のおつとめをした時のことでした。お茶をいただきながら話をしていますと、そのお宅のご年配の女性から突然、「私はあんたのおしめを取り替えたこともあるんよ。それもバスの中で」と言われました。そんなご冗談を・・・と思いながら続きを聞きました。  私のお寺では毎年、本山へ団体参拝を行っているのですが、二十数年前、まだ幼かった私も一緒に参加したようでした。おしめの卒業が少し遅れていた私は、予想通り、バスの中でしてしまったらしいのです。  予想していたものの慌てる母を察してか、周りのベテランの女性方が揺れる車中で手際よく私のおしめを取り替えてくれたそうです。話を聞き終わるや、あまりの恥ずかしさに私は耳の先まで赤くなりましたが、その方は「ええ思い出です」とにこやかにおっしゃいました。  また、私が生まれて間もない頃、「跡取(あとと)りが生まれたんじゃね。よかったね」と皆さんが言ってくださったそうですが、そんな言葉を聞いて過ごした私は、幼稚園に入り、将来の夢を絵に描こうというとき、何を勘違いしたのか「鳥」の絵を描いたそうです。お寺に参られた方々は、私が自慢げに示したその絵を見て、「アトトリを鳥じゃと思うとるよ」と皆で笑った、というお話も披露してくださったのです。  このような話を聞くと、周囲の方々の願いとお育ての中にいること、「あんたはお仏飯で育つんじゃよ」と言われたその意味を、あらためて感じることができます。 そんな幼少期を過ごした私も次第に大きくなりますと、自我の芽生えとともに、何でも自分で決め、自分でしないと気がすまなくなってきました。  以前は父が「今年も京都へ団
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この子の分まで...

※ある女性のお話です。 澄んだ夜空を見ると、いまも鮮明に思い出すことがあります。 その日は、通院の日でした。夕方からの診察だったので、終わって病院を出た頃には、夜の帳(とばり)がおりていました。当時、私は九州の小さな町に住んでいて、どこに行くのも自分で車を運転していました。  病院の帰り道に、町で一番の大きな交差点にさしかかったとき、猫の横たわった身体が運転する私の眼に入ってきました。往来する車も多く、止まることができずに通り過ぎましたが、バックミラーに映った猫はピクリとも動きません。ほどなく家に着いた私は意を決し、猫を納めるための箱とゴム手袋を手に家を出ようとしました。  すると、会社から帰っていた夫が「どこへ行くの?」と聞くので、猫のことを話すと、玄関のドアの前に立ちはだかり、「いまの君の状態では、そんなつらいことはしないほうがいい」と言いました。  病院通いの私の身を案じる夫。「このままだと、あの猫のことが心配で・・・」と言う私。 夫は何度も引きとめましたが、私の決意の固いことを知り、一緒に行くと言ってくれました。  交差点まで二人で歩いて行くと、猫の身体は、まだそこに横たわっていました。夫は、私が車にひかれないようにと、車道に立って見護ってくれました。私はそっと猫を持ち上げました。1キロほどしかない小さな猫でした。子猫は、お母さんとはぐれて、こんな大きな道路の角でひかれてしまったのでしょうか。  猫を入れた箱を抱えて10分ほど、家への緩やかな登り坂をトボトボと歩きました。夫も私も言葉が出ません。涙がほほを濡らし、小さな子猫の身体が、歩くほどに重みを増していきます。その重
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三つの小包

 学生時代、郵便局でアルバイトをしていた時のことです。  私の担当は、小包の仕分けでした。全国から届いた小包を、配達区域に分けて、配達員に引き継ぐ仕事です。さまざまな荷物を、差出人から受取人へと取り次ぐという作業の中で、毎月ある荷物が届いていました。  その荷物は大きな段ボール箱で、重量制限いっぱいの30キロの荷物でした。しかも、その荷物が同時に三つも届くのです。配達準備作業もひと苦労です。ところが不思議なことに、その荷物は配達されても、毎回受け取られることなく郵便局に戻ってくるのです。  戻ってくるたびに、翌日の再配達の手続きをしなければなりません。30キロにも及ぶ大きな荷物を持って、保管室と配達員の間を何度も往復するうちに、だんだんとその荷物が煩わしく思えてきます。「どうせまた返ってくる荷物なのに・・・」と思うと、自分のしている作業もむなしく感じてきます。そして保管期限が切れると、決まって差出人に還付されてしまうのです。どうして受け取りのされない大きな荷物が何度も送られてくるのか、長らく疑問でした。  ある時、その荷物を引き受けてきた局員さんに聞いてみました。すると、その三つの小包は年配の母親が息子さんに送ったものでした。ただ、その方は認知症で、息子さんが引っ越したことも忘れてしまい、元の勤め先の住所に荷物を送り続けているのだそうです。  局員さんは事情を知りつつも、その母親の気持ちを思うと言うに言い出せず、結局、荷物を引き受けていたのだそうです。そして、荷物が息子に受け取ってもらえずに戻ってくるときの母親の気落ちした顔を見るたびに「息子さん、次は受け取ってくれるといいです
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予定通りのほうが・・・

 もう7年前になります。私は数人の友人たちと仏跡参拝旅行を計画し、およそ8日間、インドに滞在しました。すでにインドの旅行を経験した方々から、「現地に入ると、なかなか時間通り、予定通りに行動するのは難しいよ」と聞かされていました。しかし、インドでの最終日、帰国する航空便の遅延には、ほとほと疲れたことでした。  3時間ほど待たされたでしょうか。私たちと同じ便に搭乗予定の人の中には、怒り半分に、説明を求めてカウンターに詰め寄る人もいました。そのいずれもが、インド以外の国の人です。そこで、ずっとご一緒くださった現地ガイドの方に、疑問に思っていたことを友人と共に尋ねてみました。  「インドの人は待たされることに、なぜ苦情も言わず、憤りもしないのですか?」  するとガイドさんはニッコリ笑って、私たちに答えてくれました。  「私はいつも同じ質問を受けますよ。でも考えてみてください。予定通りに物事が進む方がおかしくないですか?あなたたちは仏教徒ですよね?『命は風前の灯(ともしび)のようなもの』だと、聞いたことはないですか?」  中国の善導大師のお言葉の中に聞いたことがありました。  「灯(ともしび)の風中(ふうちゅう)にありて滅(めっ)すること期し難きがごとし・・・」 私たちは「聞いたことがあります」と、その方に答えました。  「日本人は、『命は風前の灯・・・いつ壊れても、いつ消えてもおかしくない命』だと言われるのに、灯(ひ)の付くロウソクの長さだけを眺めていないでしょうか?『予定通り。まだしばらく大丈夫だ』と・・・」  先の善導大師のお言葉は、「忙々(もうもう)たる六道(ろくどう)に定趣無(
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浄土真宗が風土に

 大津市は琵琶湖の南で「湖南」といいますが、長浜市など「湖北」では、今も人が生まれたら「赤ちゃん、もらわはったんやてな。おめでとう」「おおきに、おかげさんでいい子をもらいましたわ」。人が亡くなったら「今朝、ばあちゃん、まいらしてもらいましたんや」「ほらまあ、お早いお旅立ちどしたなあ」という会話が日常的に行われていることを知りました。  滋賀県には140万人が住んでいますが、浄土真宗の寺院は1600カ寺近く(そのうち本願寺派が601カ寺)あり、「浄土真宗が風土」ともいえます。そういえば、嘉田由紀子滋賀県知事は、6年前に「もったいない」をキャッチフレーズにして初当選しました。マスコミの取材で「なぜ"もったいない"なのですか」と聞かれ、若いときから県職員として琵琶湖研究所などで環境問題に取り組んできた嘉田さんは「調査で県内をくまなく回ったが、琵琶湖のほとり、あるいは山手のどんな小さな集落に行っても、皆さんが"もったいない"と言うのですよ、だから」と答え「私が生まれた埼玉県ではあまり聞いたことがありません」と言っていました。 「お育て」の大事さ  その滋賀県は全国でも数少ない、人口が増えている県です。この20年、田や山地が開発され新しい住宅やマンションができ、核家族化した住民が増えています。10年ほど前、そのような家族の子どもと昔から住んでいる家族の子どもが混在する20人ほどの集まりで、お経(きょう)をおつとめする機会がありました。  経本を配り、おつとめを始めようと「合掌」と言いました。ちょっと振り返ってみたら半分ほどの子どもは合掌をせずにキョロキョロしているのです。 「君たち合掌を
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「おやさま」と呼ぶ

 私たちのご法義、浄土真宗のみ教えは「他力本願」(他力回向(えこう))のみ教えであるとよくいわれます。  阿弥陀さまは、ふらふら生きているこの私を、抱きかかえて共に歩んでくださいます。そしてこの娑婆(しゃば)のいのち終われば、お浄土へお連れくださり、私をさとりの身と仕上げてくださるのです。他力本願という阿弥陀さまの願いとはたらきは、私の親となってみせることがその中心であるといえるでしょう。  「間違いなく、お前の親はここにおるぞ!安心しておくれ」と、およびくださるその声が、いま私の口から「南無阿弥陀仏」と、お念仏となってくださいます。そして、この私をお念仏する身に仕上げてくださった阿弥陀さまのお慈悲の心に包まれて大きな安心をいただき、私たちはお念仏とともに阿弥陀さまを「おやさま」とお呼びしてまいりました。阿弥陀さまは私をいつも無条件に抱(いだ)いてくださいます。  確かにお経(きょう)さまをいただきますと、讃仏偈(さんぶつげ)の最後に、  たとひ身(み)をもろもろの苦毒(くどく)のうちに止(お)くとも、わが行(ぎょう)、精進(しょうじん)にして、忍(しの)びてつひに悔(く)いじ と、阿弥陀さまが私の親となる決意がうかがえます。  阿弥陀さまが法蔵菩薩(ほうぞうぼさつ)のお姿をして、師匠の世自在王仏(せじざいおうぶつ)にひれ伏される厳しいお姿です。でもそのお姿を、厳しい修行と精進のほどを、凡夫である私たちに説き示して見習わせようとされているのではありません。  人の親も、どれほど仕事で疲れていても、家に帰って幼い子が飛びついてくれば、笑顔で向き合い、優しく抱きしめます。子にいらぬ
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孤独死が社会問題に

 この10年を振り返ると本当に早かったという思いがします。「光陰矢のごとし」。まさにこの言葉が胸に響きます。  時代の変化とともにかつての家族制度は崩壊し、社会全体も大きく変革してきている中で、お寺を取り巻く環境も以前とはずいぶん変わってきました。ひと昔前なら、三世代が一つ屋根の下で暮らすことが当たり前と考えられていたことが、最近では「親は親、子どもは子ども」といった考え方が主流となり、子どもたちもある一定の年齢を過ぎれば自立し独立しています。  祖父母が去った後は家に残るのは夫婦二人。お互いいつまでも健康であれば結構なことですが、そうはいかず、いずれ必ずどちらかは先に亡くなられる。その後、また子どもと同居という方もおられますが、なかなかそうもいかない。その結果、一人暮らしのご家庭が目に見えて増えてきたように思われます。ここ最近、日々のお参りの中での実感です。  この究極の核家族化が変化する兆しは見えてきません。それだけではなく、近隣同士の関係は希薄化し、かつて「東京砂漠」と言われた時代も今は昔。次第に人間同士が無関心な時代になってきました。バブルの崩壊以降、人にかかわっている余裕がなくなってきたことも一因かもしれません。現代人は、時間は持てても、ゆとりと余裕を無くしてしまったといわれます。  そんな状況下、「孤独死」が大きく社会問題化しています。孤独死とは、一般的に一人暮らしの人が一人だけの時に、自分の住居内で生活中に死に至ることといわれるそうですが、中でも多いのは、突発的な事態が起こり、そのまま誰にも連絡できずに亡くなってしまうというケース。遺品整理専門の業者も毎年増えてい
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だいじょうぶだいじょうぶ

みなさんは『だいじょうぶだいじょうぶ』(いとうひろし作・絵)という絵本をご存じでしょうか。 主人公の僕(ぼく)は、幼い頃からずっとおじいちゃんの愛に包まれて成長してゆくのですが、その過程で、いじめや学業不振、杞憂(きゆう)や社会の矛盾というような壁にぶつかるたびに、おじいちゃんから「だいじょうぶだいじょうぶ」という言葉がけをしてもらいます。おかげで僕は大きくなるのですが、今度はおじいちゃんが入院してしまいます。 もしかすると今生(こんじょう)の別れになるやもしれません。二人にとって一番つらい結果が待っているかもしれないその時、僕は「今度は僕の番です」と念じ、おじいちゃんの枕元で「だいじょうぶだいじょうぶ。だいじょうぶだよ、おじいちゃん」と、今までずっとかけてもらっていたあの言葉を、今度はおじいちゃんに返すのです・・・。 この絵本のタイトルには「だいじょうぶ」が二回繰り返されています。その意味は、大切なことは繰り返すのが肝要ということもありますが、一回目の「だいじょうぶ」と二回目の「だいじょうぶ」の意味合いが違うからかもしれません。 一回目の「だいじょうぶ」は、「きっと、たぶん、だいじょうぶよ!」という、安心は安心でも一(ひと)安心(気休め)のだいじょうぶでしょう。きっとだいじょうぶと思い込んで一歩踏み出さねばならないことが、この世の中には多いですよね。でも"きっと"の裏返しは"万が一はダメ"ですから、二回目の「だいじょうぶ」が必要なのです。  この「だいじょうぶ」は「生きてよし、死してよし」のだいじょうぶ、すなわち結果がどうであろうと見捨てられないだいじょうぶ。「ご安心(あんじ
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お彼岸のご法話で

 「口はわざわいのもと」という言葉がありますが、「あんなこと、言わなければよかったなぁ・・・」と、後悔することがありますよね。さて、仏教ではこのようなことを、どう考えるべきだと教えているでしょうか?  私はカナダで開教使として6年ほどご縁をいただいておりました。毎年、特に春と秋のお彼岸になると、多くの開教使の先生方は「六波羅蜜」についてのご法話をよくされます。六波羅蜜(ろくはらみつ)とは、大乗の菩薩が修めなければならない六種の行業(ぎょうごう)です。  この中で、第二に挙げられているのが、「持戒(じかい)」です。  浄土真宗のお寺では「戒(かい)」についてのお話はあまり聞かないかもしれませんが、大乗仏教では仏さまの説かれた「戒(いまし)め」(自らに課す自己規律)というものを、ただ自分のさとりのためだけでなく、利他行(りたぎょう)として味わうものであるといわれています。  浄土真宗も大乗仏教ですので、その道を歩む者が「他の方の幸せを願う」生き方こそが尊いという、慈悲のはたらきによびさまされ続けるみ教えなのです。  さて、持戒の中にはどんなことが掲げられているのでしょうか?それは「十善戒(じゅうぜんかい)」ともいわれています。  ①殺さない ②盗まない ③配偶者以外と淫らな行為をしない ④嘘をいわない ⑤悪口をいわない ⑥二枚舌を使わない ⑦へつらいの言葉を語らない ⑧貪(むさぼ)らない ⑨怒らない ⑩愚かな考えをしない、です。  これを破るのが「十悪(じゅうあく)」です。  耳が痛いとお思いでしょうが、結局この持戒を含めた六波羅蜜とは、仏さまがお示しになられた「仏になる道」、つま
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殻の中に閉じこもる

 皆さんは目の前にいる友人、隣にいる家族でさえ、時々わかり合えないなと感じる時がありませんか。  「凡夫(ぼんぶ)」のことを、仏教では「異生(いしょう)」とも言うそうです。人間は一人一人が異なる境涯を生きていかざるをえない孤独な存在である、と私は味わっています。だから、自分の都合でしか相手を見ることができず、わかり合えない時があるのではないでしょうか。  もしも、相手の喜びや悲しみを自分のことのように共に分かち合うことができたならば、どんなに素晴らしいでしょう。しかし、私自身を顧みてもなかなかそうはいきません。  特に気持ちに余裕がなくなると、最も身近な人の苦しみ悲しみさえ、我が苦しみ悲しみとしてなかなか受け止めることができません。むしろ自分の思いを相手に押し付け、わかってくれないと自分の殻に閉じこもってしまいます。  学生時代、私は龍谷大学男声合唱団に所属していました。仲間と仏教讃歌を練習する中で、私には一つ目標がありました。それは定期演奏会で独唱者に選ばれることです。皆がハーモニーを奏でる中で独唱をすれば、スポットライトを浴びることができると思ったのです。独唱をするのは当然歌のうまい、限られた者だけです。そのために私はひたすら練習に励みました。  しかし選ばれたのは、残念ながら私ではなく、同じバリトンというパートの友人F君でした。私は表面上では「おめでとう」と言いました。しかし本心は悔しくてたまらず、こう思っていました。  「前日に風邪をひいて、演奏会を休んだらいいのに...」  当日F君は元気に演奏会に来て、演奏は感動するほどの素晴らしい出来栄えでした。しかし、私はモヤモ
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お釈迦さまを避ける

 芥川龍之介さんの命日は「河童(かっぱ)忌」として知られています。これは、芥川さんの作品の一つである「河童」や、芥川さんが河童の絵を好んだことにちなむ名称だそうです。  芥川さんは、「河童」に河童の出産シーンを描きます。河童の父親が母親のお腹の中の子どもに対して「生まれたいか」と尋ねると、子どもは「生まれたくはない」と返すのです。なるほど、ここに至るまで流転輪廻(るてんりんね)して繰り返す生(しょう)の中には、生まれたくはない「私」もあったかもしれません。  芥川さんはまた、「尼提(にだい)」という作品を書いています。  尼提は、『阿弥陀経』に「一時仏在舎衛国(いちじぶつざいしぇこく)・祇樹給孤独園(ぎじゅきっこどくおん)」と説かれる、その舎衛国城内で排泄された糞尿(ふんにょう)を城外に捨てに行く仕事をしている人物です。  ある時、尼提は、はるか前方より釈尊が歩んで来られるのを目にします。彼は自分が卑(いや)しい身分であることを恥(は)じ、釈尊の目に触れることを避けようと横道に入ります。  ところが、避けたはずの道で、やはり前から来られるお姿を見つけるのです。幾度繰り返して道を変えても同じことです。持っていた器を割ってしまい糞尿にまみれる尼提の前に立たれた釈尊は、彼に出家を勧められます。  さて、この作品は仏典に材を取っています。その一つ『賢愚経』というお経には、自分は下賎弊悪(げせんへいあく)の極みであるからと、尼提は釈尊の勧めをいったんは断ったと伝えます。  対して、仏の法は弘広無辺にして貧富貴賎男女の差はないのだと、釈尊は説かれます。  いのちに貧富貴賎男女の差別はありま
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善導大師のおことば

 「みづから信じ、人を教へて信ぜしむること、難(かた)きがなかにうたたまた難し。大悲弘(ひろ)くあまねく化(け)する、まことに仏恩(ぶっとん)を報(ほう)ずるになる」 今年は多くの出来事がありました。深い悲しみの中で年の瀬をお迎えの方も数多いことと思います。そんな私たちがさまざまな思いを抱えて生きる今ここが、阿弥陀さまのはたらくところ、「あなたを必ず救う」とよびかける如来大悲の真っただ中なのです。  「自(みずか)ら信じ、人を教えて信ぜしむる」。漢文では「自信教人信(じしんきょうにんしん)」です。これは七高僧のお一人、中国の善導大師のお言葉です。親鸞聖人はこのお言葉を『教行信証』の中で引用されて、他力の信心を恵まれた者は、自ら信じさせていただいたことを大いによろこび、ほかの人をまた信じさせることになる。それは実に得難いよろこびであるといただかれました。  それに続く「大悲弘くあまねく化する」は、阿弥陀さまのお慈悲が主語です。聖人は教えを伝えることも私たちの手柄ではなく、阿弥陀さまのはたらきの中の出来事といただかれました。私たちが教えを信じ、人に教えて信ぜしめることも、法そのものの持つ「弘まる」はたらきということです。お念仏をよろこぶ、お浄土へ向かう今をよろこぶ方々を通じて、私たちに如来の大悲が届いているのです。 若い夫婦がおつとめ  今から10数年前、私は広島県のお寺に法務員(お参りのお手伝い)として勤めていました。広島は各ご家庭で「お取り越し」が盛んな地域です。お取り越しとは、親鸞聖人のご遺徳(いとく)を偲ぶ報恩講のご法要のことで、1月の御正忌(ごしょうき)報恩講より先に「取
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とても謙虚な姿勢

 お経(きょう)は「如是我聞(にょぜがもん)」という言葉から始まります。日頃親しく拝読いたします『阿弥陀経』も「如是我聞、一時仏在(にょぜがもん、いちじぶつざい)・・・」と始まります。『大無量寿経』は「我聞如是」で始まりますが、意味は同じです。「わたしは、かくの如くお聞かせいただきました」。これが「如是我聞」です。  「仏さまがかくの如くおっしゃられました」で始まるのではなく、あくまで「私はこのようにお聞きしました」と、われわれ人間の立場から始まるのが、お経の大きな特徴であると言えます。これは、お釈迦さまのおさとりの世界は広大無辺で捉えようもないが、この私が頂いたところによりますとという、とても謙虚な姿勢です。私見をまじえることなく、そのまま、その通りに聞く、仏さまの意にかなう姿勢が示されていることだと思います。  実際私たちは人間は、自分のあるようにしか世界が見えません。ほかの人を見て、その人の過去も、また何を思ってその人生を歩んでこられたのか、その人の百分の一、万分の一もわかっていないのに、「この人はこういう人だ」と決めつけたりします。何もわかっていないのに、わかっているつもりになっていることこそが迷いです。  また、「今日は寒い」と言いますが、「私が感じるところでは、今日は寒い」と言うのが正確な表現です。寒いと思わない人がその場にいるかも知れません。私たちは自分の感じる世界にしかいることができません。自分がしんどい時には世界は灰色に見え、楽しい時にはバラ色に見えるのが私たちの有り様です。ですからどこまでいっても真実がわからないのです。 よき人のおおせに  しかし私たちは真
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何でだろう?

 親鸞聖人はご生涯をかけて、私に「阿弥陀さま」を告げてくださいました。「すべての世界の『念仏のいのち』をご覧になり、おさめ取り、決して捨てることのないおはたらきであるから阿弥陀ともうしあげるのだよ」とのお心が示された、   十方微塵(じっぽうみじん)世界の   念仏の衆生(しゅじょう)をみそなわし   摂取(せっしゅ)してすてざれば   阿弥陀となづけたてまつる というご和讃も、そんな尊いお言葉の一つです。ただ、このご和讃を聞かせていただくたび、「何でだろう・・・」と気になることがありました。というのは、「十方」とは、四方八方の八方に上下の二方を加えた言葉。「平べったいところも上も下も全部」という意味です。だったら「十方世界の」とおっしゃるだけでも「あらゆる場所に住む、すべてのいのち」という意味は示されます。実際、お経(きょう)にも「十方世界」と示されているのです。どうして親鸞聖人は、数限りないという意味の「微塵」を挟(はさ)まれたのか・・・。「和讃は当時の流行歌の形式だから、歌いやすいよう言葉数を調(ととの)えられたのかもしれない」と思いつつ、それでもそれでも「何でだろう・・・?」 来てあげたよ!  あるご法縁でのこと。そのお寺の幼稚園の年長さんの男の子が、ずっと私と一緒にいてくれました。それはそれで、うれしかったのです。が、何度も繰り返されるトランプ、はたまた、果てしなく続くゲームでの対戦、そのお付き合いには疲れました。なにせ、ご法話の間にとらせていただくわずかな休憩の時間さえも許してもらえなかったのです。  1日目のご縁が終わり、いったん自坊へ帰ろうとした時のことです。見
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胸がつまりそう

 親鸞聖人の兄弟子・聖覚法印(せいかくほういん)が書かれた『唯信鈔(ゆいしんしょう)』というお書物があります。  親鸞聖人も大切にされていたものですが、その結びのところに、「今生(こんじょう)ゆめのうちのちぎり(契り)をしるべとして、来世さとりのまへの縁を結ばんとなり」というお言葉があります。  「ともに過ごした人生は夢のように過ぎてしまったが、この娑婆(しゃば)でのご縁は、実はともにお浄土に生まれる前の不思議なご縁だったんだよ」と私におっしゃっているような気がして、胸がつまりそうになるときがあります。 もう聞きたくない  奥さんが亡くなって四十九日(しじゅうくにち)。その法要のとき、ご主人に「奥さんが逝(い)かれてからどんな感じですか」とお聞きしました。  「お医者さんから、がんだって聞かされて、しばらく動けなかった。先生(医師)は奥さんにも説明しますって言うけど、2回も聞きたくなくて・・・。おれはもう聞いたから、お前聞いてこいって、家族と一緒に先生のところにやった。身体がいよいよ悪くなってから、家内がそのときのことを怒るのよ。『あの時、一緒に聞いてくれなかった』って。1回聞いたらじゅうぶんだって言ったら、キッとした顔してビンタされた」  奥さんが逝かれてから、いろんなことを考えた時間の中で、一番思うことは奥さんに「すまなかった」ということだったのでしょうか。  ご主人だって、奥さんが部屋に帰ってくるまで、どんなにつらい思いで待っていたのだろうか・・・、と思いましたが、私はわざとこんな言い方をしました。  「そりゃ、怒るわ。なんで一緒に聞かなかったのさ」  「2回も聞きたくな
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タイムマシンのように

 「トミちゃん、あんたとしゃべっていたら、あの時、お父さんが何を言いたかったのか・・・やっとわかったわ」  私の父が亡くなって、今年の夏で49年になります。50回忌の相談をしていた時に、急に姉が何やらうなずいていたかと思うと、「わかった」と安堵(あんど)した顔で言ったのです。  父が亡くなったのは、私が10歳の時、8月の早朝でした。父が入院先の病院で死んだと知らせが入り、その後、どうやって病院まで行ったのか・・・。私が病院に着いた頃には、父は遺体安置室に移されていました。眠っているような穏やかな父の顔、高い鼻が印象的でした・・・。  「春休みに新聞社の見学を申し込んでいるので、お母さん、一緒に行ってやってくれませんか?」と、嫁から言われた時、面白そう!!と喜びました。私はわくわくして、孫の保護者として新聞社の見学に行きました。以前に編集の仕事をしていた時から、印刷工程が見たくて仕方がなかったのです。  新聞がどうやって作られるか、新聞社の女性は子どもたちが理解できるよう、やさしく、詳しく説明してくださいました。  印刷現場のドアが開けられた瞬間、インクのにおいと印刷機の騒音で、タイムマシンに乗ったような気分になりました。このにおい、この音・・・いつかどこかで出あったような・・・。  最後に、孫と一緒に「マイ新聞」の紙面をあれこれ言いながら作りました。裏面には、孫が生まれた日の新聞紙面のコピーが用意され、一緒にラミネート加工してくださいました。  新聞社からの帰り道、夕陽に向かって歩いている時に気付きました。孫は10歳、私が父を亡くした時と同じ年齢。そして父は印刷工場をしていた・
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私の手相鑑定はこんな人におススメ♡自分を深く見つめる時間~

私の手相鑑定は・・・自分の“土台”を知り、新しい一歩を踏み出す「手相鑑定」~さてさて・・その魅力とは?先日手相鑑定を受けてくださったお客様は「良い点は自信に、悪い点は戒めにしたい」と話してくださり、手相鑑定がお客様にとっての“土台”を見直すきっかけになったとのことでした!自分を客観的に観れていて凄いなぁと私は感動しました。本当にありがとうございます。この「自分を顧みる」という感覚は、特に忙しい現代の女性にとって大切な時間になります♡自分を顧みるというか本来の自分に還る感覚かも?手相鑑定を受けることで、日々の生活の中では気づけない自分の内面に気づく機会が得られます。、そんな声をこちらのお客様だけではなく多くのお客様からいただきます。皆様ありがとうございます。では、私の手相鑑定はどういう人に向いているのか?自分の“軸”を確認したい方仕事や家庭で様々な役割をこなしつつ、自分の芯を保ちたいと願う女性には、手相鑑定で得られる「自己理解」が心の支えとなるはず。日常の中で少しでも“自分”に立ち返ることで、揺らがない軸を築くことができて何といってもこのままの私で大丈夫!と言う安心と軸が得られます♡現状に悩みやモヤモヤがある方なんとなく日々が満たされない、現状にモヤモヤを感じている方には、手相鑑定による新たな気づきが気持ちをリフレッシュさせ、現状を変えるきっかけをもたらすかもしれません。これもとってもお客様からいただく声で多いのですよ~転機や変化の時期にいる方就職、転職、結婚、子育てなど、人生の転機に立つ女性にとって、手相鑑定は未来を見据えた「自分の確認作業」となるかもしれません。これから進むべ
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今年の夏は本気を出そう!大人の習い事、始めてみませんか?

お盆休みを控え子どもたちは大きくなり・・・夫婦二人だけで過ごす時間が増えてきた・・・ そんな中、「ただの休みじゃ面白くない💧」「何か新しいことを始めたいけれど、何から始めたらいいかわからない💦」 そう感じている方も多いのではないでしょうか。 そこで今回は、そんなあなたにぴったりな習い事やコースをご紹介します♡今年の夏をもっと楽しく、もっと有意義に過ごすために、新しいスキルを身につけることや興味のあることに挑戦してみませんか? 特別限定の夏休みメニューを通じて、充実した夏のひとときをお届けします👆  大人だって習い事がしたい!今からでも始められる習い事とは?  【夏限定!習い事コースのご紹介】 『MBTI』自己分析ルールを使った『好き・得意・才能』を見つけるセッション料金: 3,000円(税込)内容: 自分を知ること。好きなことや得意なことを見つけるヒントがたくさん詰まったコースです。新しいキャリアの第一歩を踏み出したい方におすすめです。おすすめポイント: 自己分析や今後のアクションプランなど、実践的なワークを行います。 あなたも今日から手相鑑定士?基本初級(2時間)コース手相鑑定の世界は、手のひらに隠された秘密を解き明かすことで、人々の運命や性格を理解する魅力的なスキルです。以下のコースで、あなたも手相の基本を身につけることができます。料金: ¥5,000→4,000円(税込)※参加者の手相鑑定付き!通常は手相鑑定はついていません!内容: 手相の基本を学びたい方にぴったりの90分コースです。基本的なラインの読み方を学び、自分自身や家族、友人の手相を読み解く楽しさを体験してみまし
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手相パート2

今日は良い天気でございます。フィンランドは寒いのでしょうか?オーロラ見たり、自分の家のサウナに入りたいです。現在、10℃ですが陽が当たっているのか意外に暖かいです。なぜか手相について書きたくなって書いております。感情線と頭脳線が繋がって1本になっている方がたまにいます。天下取りの”マスカケ線”と言われていますが戦国武将で天下を取った豊臣秀吉、織田信長、徳川家康(幼少時、8歳で今川家と織田家に挟まれていて今川家に援軍を得る為に父が交渉し契約成立をしたそうですがそこはこの時代、裏切りなど当たり前だったらしく、織田信長に引き渡されて、幼少期は捕虜の身だったそうです。。。全然知られていないですよね(汗)苦労人だったそうです)名だたる戦国武将この3名を知らない方は恐らく、日本人ではいない位、有名な歴史上の人物です。この3名全員がマスカケ線を持っていた事から天下取り、世に影響をもたらし片手だけでも100人に1人の珍しい手相です。有名人(福山雅治さん、佐藤健さん、広末涼子さん)やイチロー選手などスポーツ選手が持っているといわれています)日本人なら知らない位の有名人ばかりですよね。マスカケ線は知っていたのですが、まさか自分が鑑定している中で(一般人なので)いないだろうなーと思っていたのですが、数名出会いました。ですが左手に持っていたので持って生まれた運命ですがその方は、別に会社員として働いているのに不満は無いけど何かが足りないと思い、弟さんが飲食をやっている方で自分の店を持った事により自分は特に目標もなく、ダラダラただ毎日を過ごして良いのかと言う気持ちが強くなったそうです。そんな時に私の手相鑑
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お仏飯で育つんじゃ

 先日、あるお宅で報恩講のおつとめをした時のことでした。お茶をいただきながら話をしていますと、そのお宅のご年配の女性から突然、「私はあんたのおしめを取り替えたこともあるんよ。それもバスの中で」と言われました。そんなご冗談を・・・と思いながら続きを聞きました。  私のお寺では毎年、本山へ団体参拝を行っているのですが、二十数年前、まだ幼かった私も一緒に参加したようでした。おしめの卒業が少し遅れていた私は、予想通り、バスの中でしてしまったらしいのです。  予想していたものの慌てる母を察してか、周りのベテランの女性方が揺れる車中で手際よく私のおしめを取り替えてくれたそうです。話を聞き終わるや、あまりの恥ずかしさに私は耳の先まで赤くなりましたが、その方は「ええ思い出です」とにこやかにおっしゃいました。  また、私が生まれて間もない頃、「跡取(あとと)りが生まれたんじゃね。よかったね」と皆さんが言ってくださったそうですが、そんな言葉を聞いて過ごした私は、幼稚園に入り、将来の夢を絵に描こうというとき、何を勘違いしたのか「鳥」の絵を描いたそうです。お寺に参られた方々は、私が自慢げに示したその絵を見て、「アトトリを鳥じゃと思うとるよ」と皆で笑った、というお話も披露してくださったのです。  このような話を聞くと、周囲の方々の願いとお育ての中にいること、「あんたはお仏飯で育つんじゃよ」と言われたその意味を、あらためて感じることができます。 そんな幼少期を過ごした私も次第に大きくなりますと、自我の芽生えとともに、何でも自分で決め、自分でしないと気がすまなくなってきました。  以前は父が「今年も京都へ団
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長生きの保証書ない

 「浄土真宗ってどういう教えですか?」と尋ねられたら、「それはお浄土の真(まこと)を宗(むね)とすることです」と答えます。私のいのちが、人生が、お浄土の真に貫かれているということです。お浄土とは、私がこの限りあるいのちを生き切る依りどころ、支えです。  ところが、私たちの現状はどうかといえば、お浄土が生きることとは無関係なところに切り離されて、死後の世界に追いやられてしまっているように感じます。ですから、60歳や70歳になった方にお寺参りを勧めても、「私にはまだ早いから、当分お参りする気はありません」と言われます。80歳、90歳まで生きられて当然、死後のことなど考える暇があったら、いかに楽しく生きるかを考える方が利口と言わんばかりです。  ちまたでは、いわゆる「平均寿命」なる数字が幅を利かし、あたかも80歳までは生きられるかのように考える人も多いようですが、私は誰からもそんな保証書はもらっていません。私だけでなく、誰一人としてそんな保証はしてもらっていないはずです。  確かに、100歳まで生きる人は年々増えているのかも知れません。しかし、平均寿命に至らずに終わるいのちもたくさんあります。病気が縁で終わる若いいのちもあれば、不慮の事故が縁で終わる幼いいのちもあります。いのちの事実は「老少不定(ろうしょうふじょう)」。老いた者から順番にいのちが終わるのではないのです。  そう言うと、「そんなこと言われなくてもわかっているさ」と言われるかも知れません。しかし、頭ではわかっているつもりでも、私たちの心と体はなかなか理解しようとはしません。だから、大切な人を失った時には、私たちは平静を保
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生老病死の四苦

 お釈迦さまは「人生は苦である」として、「生(しょう)・老・病・死」の四苦(しく)を示されました。確かに、生まれたからには誰しも、老・病・死を背負って生きていかなければなりません。  若い時には平気だったのに、体力が続かないなど、日常のふとした時に自分の老化を痛感することがありますが、そんな時は「本当に年はとりたくないもんだ・・・」と誰もが思うことでしょう。  病気もそうです。誰だって病気になんかなりたくありません。でも、病気になってしまったら引き受けるしかありません。それなのに、なんで私がこんなことになったのか・・・と思い悩んでしまいます。  昨年のことです。突然、腰に痛みを感じました。お酒の席でしたので、友人が「飲めば治る」というので飲み続けたところ、痛みが消えたのです。「本当に治った」と喜んだのですが、次の朝は痛みで目が覚め、動けないほどになり、お世話になっているカイロプラクティックの先生にみてもらいました。  先生は首から肩、腰とマッサージをして、「老化かな」と言ってお腹(なか)を手で診察された時、「あっ」と言われたのです。「何ですか」と聞くと、「いや、何でもありません」と言われましたが気になります。おかげで痛みは和らぎましたが、気になったせいでしょうか、帰宅する車の中でまた痛み出しました。  今度は友人のところで電気治療をしてもらい、湿布をたくさんはってもらいました。帰り際に友人が薬をくれたので、飲んでから帰りました。  家に着いて、横になって休んでいると、妻が「この薬を飲むと、痛くないの?」と尋ねるのです。「痛くないよ」と答えると、妻は「おかしいね、これは化膿止めよ
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阿弥陀さまを大事に

 「あなたにだけあげる」  心に残っているお同行(どうぎょう)の言葉です。  小学校低学年の頃の私は、自坊でお座があるのを待ちに待っていました。いつもご法座があると、私の好きなお菓子を袋に入れてお参りに来られるT子さんというお同行がいたからです。  T子さんはお寺にお参りになられると、本堂にあがる前に必ず家の玄関に来られます。そのT子さんの声が聞こえると、お菓子欲しさに一目散に走っていく私がいました。私の姿を見つけると、ニコニコしながらおいでおいでと呼んでくれます。  「これ、あなたにだけあげる」  と言ってお菓子の入った袋をカバンから取り出すのです。その袋を受け取ると同時に、T子さんは私の手をパッと握ってきます。袋の中身をすぐに見たい私がその手を振り払おうとすると、今度は両手でギュッと握って離してくれません。  「阿弥陀さま大事にしてね。お寺に参ってね」  T子さんの顔を見ると、ドキッとするような優しくも真剣な表情が私へ向けられているのです。「うん、わかった」と応えるまで握り続けるその手の温もりは今も心に残っています。 だひたすらに  昨年の10月のことでした。富山のお寺に嫁いでいる姉のご縁で、報恩講のご法話によせていただいた時のことです。いつもお念仏をよろこんでおられたT子さんの話になったのです。  「T子さんかあ。懐かしいなあ。いつも明るくて、ニコニコしてたおばあちゃんで・・・。そういえば、お寺に来られたらいつもお菓子くれてたよね」  「あれ??」と私は一瞬思いました。私にだけあげると言っていたはずでは?と思ったのです。  家に帰ってからもう一人の姉にT子さんのことを聞い
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まさに無常(あるお坊さんの話)

 今夏、父がその一期(いちご)を終えました。長年、雅楽に親しんできた父は、8月上旬に久しぶりに舞楽を舞ったばかりでした。お盆の時も、住職として多くのご門徒と本堂でお話をさせていただいておりました。ところが、お盆明けに突然体調不良を訴え入院し、8月末に急逝しました。まさに無常を具現するような出来事でした。  通夜や葬儀の準備をしながら、まったく理解できないことの中で自分がいる、という、とても奇妙な気持ちでいました。父の死への悲しみも封印されたままでした。あまりにも突然すぎて、あっけなさすぎて、本来自然に湧き出るはずの感情すら、反応に困っている状態でした。  父や私が所属する雅楽会では、会員の通夜の席で、献楽するならわしになっています。演奏する曲は、父が一番得意としていた舞楽の曲をお願いしました。しかし、献楽の間近になって「これは失敗したかな」と思い始めました。その曲がきっかけになって感情があふれ出て、涙が止まらなくなって献楽後のご挨拶ができなくなったらどうしよう、と思ったのです。  そんな思いを巡らせているうちに、たくさんの方による演奏が始まりました。最初ははらはらしていたのですが、不思議なことに、雅楽の音の中から、笑顔で語り掛ける父の声が自然に聞こえたような気がしました。  「突然いなくなって、お前たちと一緒におれなくなったのは残念やけど、わしのことは悲しむ必要はないよ。お浄土に生まれさせてもろたから・・・。死んだ後も全然つらくないし、むしろ、この雅楽の音のように清らかでええところや・・・」  この声が聞こえてから、凍てついていた私の心は次第に解けほぐれて、涙が出るどころか、不
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その視線の先は...

 長いゴールデンウイークも、あっという間に終わりを告げました。楽しい休日を過ごした子どもたちにとって、次の楽しみは夏休みでしょうか。  ある年の夏休みのことです。長いお休みも終わりに近付いた8月下旬、お寺のサマースクールには、朝から近所の子どもたちが夏休みの宿題を持って遊びにやって来ました。  一緒に「正信偈」のおつとめの後、机を並べてみんな一斉に夏休みの宿題帳「夏の友」を開きます。課題が進んでいる子もいれば、これから取りかかる子も・・・。その中に、兄妹で参加してくれているA君がいました。みんなが勉強しているのをよそに、何をするわけでもなく座っていました。  私が「宿題忘れたん?」と尋ねると、「宿題もうできたよ!」と言ったままじっと座っています。 「どうしたん?」と、さらに尋ねると、「でかいなぁ!」とひと言。珍しそうに見入るその視線の先は、お内陣の阿弥陀さまでした。  ご門徒さんのお仏壇の阿弥陀さまからすると、本堂の阿弥陀さまがとても大きいなぁと目に映(うつ)ったのでしょう。  しばらくA君の視線の先の阿弥陀さまを、一緒に眺めていました。すると「宿題終わったけん、遊んでもいい?」とA君。 「ほかのみんなは、まだ勉強してるから、もうちょっと待ってね・・・」 その時ふと、子どもたちと一緒におつとめした「正信偈」のご文(もん)がうかびました。  重誓名声聞十方(じゅうせいみょうしょうもんじっぽう) ── 「重(かさ)ねて誓(ちか)ふらくは、名声十方(みょうしょうじっぽう)に聞(きこ)えんと」 私が呼ぶ前から  阿弥陀さまは、自らの名前である「南無阿弥陀仏」の名号(みょうごう)が、あら
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あいさつさえも

 みなさんはどんな音楽が好きですか?誰でもお気に入りの曲が一つはあると思います。音楽は、私たちの生活においても大切なものとなっています。  その音楽ですが、さまざまな音から成り立っています。トランペットだったり、サックスだったり・・・。それぞれ違った音色を奏(かな)で、自らが中心となるときは主張し、他の音を引き立てるときは一歩下がり、絶妙なバランスで成り立っています。  もし、そのバランスが崩れたらどうでしょうか。それぞれの音がぶつかり合っているような状態です。音階が一つ違っただけでも、不協和音になってしまいます。不協和音とは、それぞれの音色が本来素晴らしいものであっても、お互いの響きを遮(さえぎ)り、調和のとれない、耳障りに聞こえるような音のことです。  それは私たちの人間関係にもいえるのではないでしょうか。  私は僧侶になる前の仕事の時、まさに不協和音ともいえる関係の方がいました。その方は、私より少し年上の女性の上司・Aさんでした。最初はとても仲良く和気あいあいと仕事をしていたのですが、いつの頃か、私と話をしてもらえなくなりました。  Aさんとは一緒にペアを組んで仕事をしていたので、話さないことには仕事が進みません。しかし、仕事の話どころか、挨拶さえもしてもらえなくなり、意を決して話しかけてみると、「勝手にやったら?」としか言われませんでした。その時、ムカッとした私は、以降、自分からはほとんど関(かか)わろうとしなくなりました。  このことが原因かはわかりませんが、Aさんは胃かいようになってしまい、しばらく胃薬を飲んでいました。苦しかったとは思いますが、なぜそのような対応し
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美しい蓮の花

 広島の作木町の溜池に自生する蓮の花を、見に行きました。青い空の下、優しいピンクや清楚な白の大輪の花が一面を覆い尽くす様は、あたかも大海の波のようで、その迫力に目を奪われました。  この溜池では、4年ほど前に水を抜いて護岸工事を行ったところ、その翌年から突然、蓮の花が咲き始めたそうです。近くの百歳くらいのおばあさんは、ここに蓮の花が咲くのは見たことがないとおっしゃっています。つまり、少なくとも百年以上昔にあった蓮の種が、工事の影響で傷つき、それが縁となって咲いたのです。  実(じつ)は、蓮の種は硬い殻に覆われていて、そのまま蒔(ま)いても発芽しません。種の一部をヤスリなどで削り、傷つけなければ発芽しないのです。傷つくことが縁で発芽し、美しい花を咲かせる蓮の花。私たち人間も、時に傷つくことが仏縁となり人生に目覚め、美しいいのちの花を咲かすということもあるのではないでしょうか。 私を目覚めさせる仏  「仏さま」「ブッダ」とは「覚者」。つまり「いのちの尊さに目覚めたお方」のことです。そして、自らが目覚めるがゆえに、寝ている者を起こし、必ず目覚めさせずにはおれないお方なのです。私たちは口では、命は尊いとは言うものの、日々有り難く尊い命だとは感じず、愚痴や不平の中に暮らしていて、とても目覚めたとは言えません。そんな私たちに、命の尊さに目覚めてほしいとはたらき続けてくださるお方こそが仏さまなのです。  昨年の2月、お寺の総代を以前してくださっていた方の長男さんが、働き盛りでお亡くなりになりました。初七日の折、「私たちが亡き方を仏さまと仰ぎ、手を合わすのは、私たちにいのちの尊さを目覚めさせて
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ラジオで仏事相談

 私の住む地域では、葬儀の大半が葬儀社の会場で行われます。ある時、葬儀の前に放映されていたビデオ映像で、宗派の紹介が行われていたのですが、「浄土真宗は、亡くなると誰もが極楽浄土に生まれて仏さまとなる有り難い教えです」というコメントを聞き、がくぜんとしました。  日常生活の中で、「死んだら仏」という安易な考えや言葉を聞くことがありますが、経典(きょうてん)のどこを探しても、「死んだら誰もが仏となって浄土に生まれる」とは一言も書いてありません。安易な往生論が安易な生きざまとなっていないか、自らを問いたいものです。  私は地元のラジオで、仏事相談の番組を担当しています。日頃の素朴な仏事に関する質問や疑問をはじめ、さまざまな苦しみや悲しみの想いを聴かせていただいています。また寺院や僧侶、宗教者への叱咤激励(しったげきれい)をいただくこともあり、その一つひとつが、私にとっての大切な学びとなっています。  昨年の暮れに、聴取者の方からお手紙をいただきました。60代後半の女性の方で、その手紙には「人は死んだらどうなるのですか?」「死んだらどこへ行くのですか?」という問いが記されていました。  春先にお嫁さんを亡くされ、残されたお孫さんから「お母さんはどこへいったの?」「何になったの?」と、ことあるごとに尋ねられるそうです。ある時、はからずも「お母さんは星になった」と伝えたその日から、お孫さんは毎日、夜空の下に立って母親を探しました。その姿が余りにもふびんで、本当にそのような答え方でよかったのかという自責の想いとともに、その手紙は綴られていました。  後日、その方とお会いして、お話を伺ったので
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『真夜中のギター』

『真夜中のギター』という曲があります。いつ頃この歌を聴いたのかは忘れてしまいましたが、なぜだか歌詞に共感し、時折思い出す歌になっています。ただ今回お話しするのは、私が以前に体験した「真夜中のギター」についてです。  当時、私は引っ越しをしました。新しい住まいは、街中で駅に近くて便利、手頃な家賃、しかも広い、という三拍子そろったマンションでした。下見をせずに部屋を決めたため、引っ越しの当日が初見でした。部屋に入ると、予想以上に広く、これは本当にいい所を選んだなぁと、あらためて満足感でいっぱいでした。  しかし、引っ越しを終えて2日目の深夜でした。もうお察しかと思いますが、突然大きなギターの音が響いてきたのです。あまりに大きい音のため、初めはマンションの中に生演奏をするお店があるのかと思ったほどです。実は、階上の住人がミュージシャンで、夜中にギターの練習をしていたのでした。  引っ越しの満足感から一転、大変な所に来てしまったのではないかと重たい気持ちになりました。翌日、寝不足の状態で仕事を終え、夕方、不動産会社に連絡して、注意してもらうようにお願いしました。会社側からは、マンションの管理は別の管理会社に委託しているので、そちらに電話してくださいと、そっけないものでした。  続いて管理会社へ連絡しましたが、管理しているのはマンションの共有部分だけで、各部屋については管轄外と言われました。結局、全戸への注意書きを掲示板に貼り出してもらうことしかできませんでした。  不動産会社に連絡すれば解決すると思っていましたが、なかなか思うように進まず、また、直接、階上の住人に注意できないとなると、
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アメフトの練習中に

 毎日毎日、暑い日が続いています。8月といえば、お盆を思い浮かべられることでしょう。私には、お盆になると必ず思い出すことがあります。それは亡き友のことです。  私は学生の頃、とある大学のアメリカンフットボール部に所属し、日本一を目指して仲間たちと日夜励んでいました。  学生アメフトは9月初旬からはじまる秋のシーズンが本番で、わが部では毎年8月のお盆の頃に1週間ほど合宿し、集中して練習を重ねるのです。  最終学年の4年生になると、最後のシーズンですから、自ずとより一層気合いが入り、練習の強度も増すことになる、というのは想像に難くないかと思います。  私が4年生の夏合宿最終日、最後の追い込み練習を終えた時、一人の選手が倒れて意識を失ってしまいました。彼は私の同期で、当時の学生アメフト界において名の知られた優れたプレーヤーでした。  すぐに救急車の手配をしましたが、山の上の合宿所ですから、到着までかなりの時間を要しました。やっとの思いで搬送されましたが、みんな気が気ではありません。最終日ですので次の団体のために合宿所を明け渡さなくてはなりませんから、それぞれ不安な思いを抱えながら私たちは帰路につくこととなりました。 危うい存在の私を  帰りの貸切バスの中、逐一、彼の容体が伝えられますが、芳しいものではありません。そして伝えられたのです。彼が亡くなったと。何とも言えない重たい空気が車内を支配しました。  その時に、私のこころにふっと浮かんできたのは、「それ、人間の浮生(ふしょう)なる相(そう)をつらつら観(かん)ずるに、おほよそはかなきものはこの世(よ)の始中終(しちゅうじゅう)、まぼ
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本人でも私物化ダメ

 昨年11月21日、落語家の立川談志さんが亡くなりました。75歳。  「最後の名人」「100年にひとりの天才」などと、談志さんの名声は死後ますます高まりました。その凄(すご)さが多方面から語られているため、生前は談志さんの落語に興味がなかったけれども、あらためて聴いてみたいと思った人が少なくないようです。そのために死後続々と新たにDVDやCDが発売され、よく売れているようです。  ある人が、談志さんのお弟子さんにこう聞いたそうです。  「いろいろ発売されているので、どれを聴いたらいいかわかりません。これが談志のおもしろさだ、これを聴けば談志の凄さがわかると言えるような噺(はなし)をひとつ推薦してください」  それに対するお弟子さんの答えはこうでした。  「それなら、志の輔の落語を生で聴いてください」  そのお弟子さんの言いたいことはこうです。  談志の落語の凄さやおもしろさは生で聴いて初めてわかるもの。いや、談志に限らず落語というのはそういうもの。たしかにDVDやCDで落語を聴くのもいいが、それはもはや記録でしかない。でも、談志の生きた落語は、志の輔に、志らくに、談春に、談笑に、その他の弟子の落語の中に確実に生きている。その弟子たちが今、高座にあがっている。だから、談志の落語を今聴きたかったら、その弟子の落語を生で聴いてほしい。そこに必ず談志は生きている、と(コラムニスト・堀井憲一郎氏の発言より)。  このお弟子さんのことばを私は、とても仏教的いのち観に重なるなあと受け止めました。  談志さんの落語は、談志個人が私物化できるものではなく、弟子たちと共有されていたのでしょう。  
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互いに条件をつける

 「おかえり~」  私が玄関を開ける音に気づいて、息子がリビングから小走りにかけよってきます。先日3歳になったばかりの息子の笑顔と声には、一日の疲れを吹き飛ばしてくれる力があります。  3歳にもなると、いつ、どこで覚えたのかと思うような言葉を使ってみたり、ハラハラするような行動をしたり、好き・嫌い、したい・したくない、欲しい・欲しくない、といった意思表示もできるようになり、私と妻は子どもに振り回されています。日々、子どもの成長に喜び、悩み、不安を抱えながらも、親としてできる限りのことをしようと奮闘しています。  こうした日常を過ごすなか、自坊での法要の際でしたが、私やご門徒のマネをして念仏する息子のすがたを見て、ふと気づかされたことがあります。それは、ひそかに私と息子は、「~をしたら」「~ができたら」という条件をつけあいながら関係を築いていたということです。  例えば、百貨店に行った時です。息子は車が好きなのか、ゲームコーナーにある車の乗り物に向かって脇目もふらず駆け寄ったかと思えば、「ブッブー」と声を張り上げ、ハンドルをグルグルと回し続けます。短い時間ならいいのですが、20分、30分と経つにつれ私も待ち疲れて、「違うところに行こうよ」「もう終わりにしよう」などと声をかけますが、息子は無視・・・。さらに10分も経つと我慢も限界、「ジュース飲みに行こうか・・・」。  息子はそれきた、とばかりに「うん。ジュース、ジュース」とまたもや声を張り上げ、ハンドルを離します。  こういったことは、その時々の都合によってしょうがない面もあるのかもしれません。しかしながら、私はいつも「私の都合」
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おこころをいただく

 浄土真宗の門信徒にとって、ご本尊は、言うまでもなく阿弥陀さまです。私たちの先人は、悲しい時、うれしい時、腹の立った時、それこそ毎日毎日、何があってもなくても、阿弥陀さまと向き合い、「ナンマンダブ、ナンマンダブ」とお念仏申しながら暮らしてきました。  そして、日々の生活の中に起こってくるさまざまな問題を、その都度、阿弥陀さまに相談し、自分とまわりの世界のあり方を問い、生きてきました。  言うなれば、阿弥陀さまのおこころ(願い)をいただき、生きる力としてきたのです。  蓮如上人は、「信心獲得(ぎゃくとく)すといふは第十八の願をこころうるなり」と「御文章(ごぶんしょう)」にお示しくださいました。  阿弥陀さまのおこころを、わが身にいただいて生きなさいとの実に明確なお示しです。  それでは、阿弥陀さまのおこころをいただくとは、どういうことをいうのでしょう。  念仏者、教育者として知られた東井義雄先生のご本の中に、『次郎物語』で有名な下村湖人(こじん)先生の「おかあさんのかんじょう書き」というお話が紹介されていましたので、要約してご紹介します。 〝みんなただ〟  進君という少年が、学校へ出かける時、前夜書きつけた紙片を二つに折って、お母さんの机の上にそっと置いて学校へ行きました。紙片には次のように書いてありました。   請求書   一 市場へのお使い代 十円   一 マッサージ代   十円   一 お庭のそうじ代  十円   一 妹をつれて行き代 十円   一 婦人会の留守番代 十円               進   お母さんへ  進君のお母さんは、これを見てニッコリしました。そして
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生きる価値とは

 ある育児冊子に「子どもを"ほめる""しかる"という一見相反する行為は、実は"評価する"という同じ性質をもったものである」とありました。  子どもの将来を考え、小さい頃から善悪をしっかり教えておかなくては、というのが親心です。誰もがそうして子育てをしているのではないでしょうか。しかし、冊子には子どもにとって本当に必要なのは、評価ではなく、さまざまに生じる気持ちをそのまま受け入れ、寄り添ってくれる存在だとありました。  以前、「自己肯定感」について世界の子どもたちにアンケート調査をしたという記事を見ました。自己肯定感とは「自分は生きている価値がある」という感覚です。結果は、日本では30%程度の子どもしか自己肯定感を持っていなかったようです。  「自分は生きている価値がある」という感覚を持たない子どもがいるということは、大変な驚きであり、本当に悲しいことです。幼い頃から他人と比較され、大人から"よい子"になることを求められ、また過剰な競争の中にさらされていることで、他人と比べることや、自分が大人の期待に応えることでしか自分の存在意義を確認できなくなっている、と専門家は分析していました。  幼い子どもに限らず、学生時代も常に成績や生活態度を評価され、就職してからもきびしく業績を評価されるのが現代社会ではないでしょうか。  ベンチャー企業のある社長さんが、「部下を叱(しか)る時、何に気をつけていますか」と聞かれた時、「叱ると同時に、必ず"あなたは会社にとってとても大切な人です"と伝えることです」と答えました。  この娑婆(しゃば)世界では「評価」もやむを得ないことで、時には必要なことで
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