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座敷わらしが幸運を呼ぶ理由とは

   座敷わらしは古くからや青森県の南部や岩手県を中心に伝わる子供の姿をしている精霊的な存在とされています。目撃した者に大変な幸運をもたらす存在として民俗学者の柳田國男が収集した民話集「遠野物語」にも書かれています。  座敷わらしは精霊的な存在なのに、なぜ、幸運をもたらすのでしょうか。  座敷わらし伝説の宿として有名な緑風荘によれば、以下の歴史があったそうです。  およそ670年くらい前の南北朝時代(室町時代)。 当家の先祖である藤原朝臣藤房(万里小路藤房)は、南朝の後醍醐天皇に仕えていました。  しかし、南北朝戦争において南朝は敗北し、北朝の足利軍に追われ現在の東京都あきる野市に身を隠しました。  その後、さらに北上を続け、現在の岩手県二戸市にたどり着きました。 道中、二人連れていた子供の内、当時6歳だった兄の亀麿が病で倒れ幼き生涯を閉じました。 その際『末代まで家を守り続ける』と言って息を引き取ったそうです。  つまり、緑風荘の座敷わらしは、亡くなった時の誓いによって幸運を呼び寄せる精霊になったのです。  事実、緑風荘はこの座敷わらしのおかげで大変な人気で半年先まで予約で埋まっています。そして座敷わらしを観た人には幸運を分け与えているようです。  ここの宿に泊まる人は宿泊中動画を撮り続ける方が多く、たとえ肉眼で座敷わらしが見えなくても動画にオーブが映っているということがよくあるそうです。    緑風荘の敷地内には、座敷わらしになった亀麿を祭った祠とお稲荷さんがあります。お泊りの際には忘れずに参拝するようにいたしましょう。  https://coconala.com/serv
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民話シリーズ4 東北地方の民話 岩手編

「赤い紐の座敷童子」むかし、岩手の遠野に、古い曲がり家があった。馬屋と母屋がL字につながり、冬になると薄く積もる雪が、静かに屋根を白く染めるだけだった。その家に、旅の行商人の弥吉(やきち)が泊まった。遠野の道は雪こそ積もるが、閉ざされるほどではない。それでも夜の寒さは骨にしみ、囲炉裏の火だけが頼りだった。家の主は、どこか遠慮がちに言った。「夜中に子どもの足音がしても、気にしないでくだされ。 悪さはしませんで」弥吉は笑って答えた。「子どもが遊ぶくらい、どうということもない」しかし、夜が更けると、廊下を走る小さな足音が、コツ、コツ、と響き始めた。弥吉がふと目を開けると、部屋の隅に、赤い紐を結んだ小さな影が立っていた。幼い子どもの姿だが、顔は霞のようにぼやけている。影は弥吉をじっと見つめ、かすかな声で言った。「……ここは、もうすぐ“変わる”……」弥吉は身を起こした。「どういうことだ。危ないのか」子どもは首を横に振った。「危なくはない。 けれど……この家の“縁”が変わる」そう言うと、影はふっと消えた。翌朝、弥吉が主に話すと、主は深くうなずいた。「その子は座敷童子です。 家が栄えるときは笑い、 家が衰えるときは泣くと申します。 昨夜は……別れを告げに来たのでしょう」主は続けた。「最近、家の者も減り、 わしらも年を取りました。 座敷童子も、そろそろ別の家へ行くのでしょう」その日の夕方、弥吉が旅立つと、家の前の道に赤い紐がひらりと落ちていた。拾い上げると、どこか温かい気配がした。ふと遠くを見ると、曲がり家の窓に、小さな影が立っていた。赤い紐を結んだ座敷童子が、静かに手を振っていた。その冬の終
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