「赤い紐の座敷童子」
むかし、岩手の遠野に、古い曲がり家があった。
馬屋と母屋がL字につながり、
冬になると薄く積もる雪が、
静かに屋根を白く染めるだけだった。
その家に、旅の行商人の弥吉(やきち)が泊まった。
遠野の道は雪こそ積もるが、閉ざされるほどではない。
それでも夜の寒さは骨にしみ、
囲炉裏の火だけが頼りだった。
家の主は、どこか遠慮がちに言った。
「夜中に子どもの足音がしても、気にしないでくだされ。
悪さはしませんで」
弥吉は笑って答えた。
「子どもが遊ぶくらい、どうということもない」
しかし、夜が更けると、
廊下を走る小さな足音が、
コツ、コツ、と響き始めた。
弥吉がふと目を開けると、
部屋の隅に、赤い紐を結んだ小さな影が立っていた。
幼い子どもの姿だが、顔は霞のようにぼやけている。
影は弥吉をじっと見つめ、
かすかな声で言った。
「……ここは、もうすぐ“変わる”……」
弥吉は身を起こした。
「どういうことだ。危ないのか」
子どもは首を横に振った。
「危なくはない。
けれど……この家の“縁”が変わる」
そう言うと、影はふっと消えた。
翌朝、弥吉が主に話すと、
主は深くうなずいた。
「その子は座敷童子です。
家が栄えるときは笑い、
家が衰えるときは泣くと申します。
昨夜は……別れを告げに来たのでしょう」
主は続けた。
「最近、家の者も減り、
わしらも年を取りました。
座敷童子も、そろそろ別の家へ行くのでしょう」
その日の夕方、弥吉が旅立つと、
家の前の道に赤い紐がひらりと落ちていた。
拾い上げると、どこか温かい気配がした。
ふと遠くを見ると、
曲がり家の窓に、小さな影が立っていた。
赤い紐を結んだ座敷童子が、
静かに手を振っていた。
その冬の終わり、
家は古さゆえに手放され、
主は町へ移り住んだという。
だが、弥吉の旅先では、
不思議と商いがうまくいき、
人との縁にも恵まれた。
弥吉は赤い紐を大切に持ち歩き、
時折そっとつぶやいた。
「……あの子が、導いてくれたんだな……」
遠野では今も語られている。
「座敷童子は、幸を呼ぶだけでなく、
別れの時も静かに知らせてくれる」
──おわり