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4月20日💖朝のご挨拶🍀「心の向き」の巻✍️

このブログを見てくれてるあなたへ。おはよ👋いつきです😊いつもブログやサービスを見てお気に入りしてくれてありがとう🍀その気持ちが励みになってます🙈引き続き、『グリーン』で🌳今、モー娘。のモーニングコーヒーかかってる🙄✨懐かしっ😌♪さてさて、今マスクの下😷は両鼻の穴に鼻栓をしている人です(笑)…今日は昔話。まだココナラ始める前の話。20代の時も今と同じようにお悩み相談屋みたいな事をしていた😗てか、いつの間にか話をされるというかね。友達の間柄でも悩みを打ち明ける事は勇気のいること。勇気を振り絞って話してくれた事に対して、『改善案』だったり『元気づけ』だったり、前向きになるようなお話をする訳さ。でも、自分の中に『無理』『出来ない』『やりたくない』『諦め』『嫌嫌』などで固めていると言葉は入っていかない。どれだけあれやこれやの前向きな陽の展開をしても、陰のシャットダウンをしてしまう。それは気持ちがついてこないから仕方ない。だがしかし、何かを変えたくて、何かに縋りたくて勇気を出した一歩には変わらないのですよ🙄✨そこに自信を持つべきなんだな。もちろん、若気の至り、あまりにも話が堂々巡りになって『結局どうして欲しいの?』と怒ったこともあります😅今思えば、どれだけ話がループしようが、どれだけ意見を否定されようが、見守れば良かったなと思う。むしろ、悩んでる事に対して『その時』で解決しようとする事に無理があったのかもしれない。心の向きを変えるってのは、それだけ難しく、そして根気のいる二人三脚なのですわ🫂そんな昔の事をふと思い出し己を戒める木曜日でしたとさ📝日常は『タラレバ』ばっかだよ(笑)…ということ
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1月26日💖朝のご挨拶🍀「昔話」

このブログを見てくれてるあなたへ。 おはよ🍀 いつきです👋青春時代に浜崎あゆみが好きだった事はもうバレているとは思いますが、今聴き直しても良いなって思う歌がいっぱい😌いつも強い子だねって言われ続けてた泣かないで偉いねって褒められたりしていたよそんな風に周りが言えば言う程に笑うことさえ苦痛になってた一人きりで生まれて 一人きりで生きて行くきっとそんな毎日が当り前と思ってた今日は少し、昔話。小さい頃からただ真面目に当たり障りなく生きてきた。小、中学時代は野球部にいて「おりこうさん」が嫌いな奴らに何故か後ろ指さされ、高校では日陰を歩き、専門学校に進学して自分を変えようとしたら、今度は目立ってしまって裏で陰口やらやっかまれたりした。今思い返せば虐めだな、こりゃ🙄💧ハタチくらいまでは人間関係に希望や楽しさなんて見出せなかったな。めっちゃすれてたと思う。一人が気楽だったし、一人で良かった。でも、社会に出れば嫌でも人間関係の構築は必要だし、その準備期間として学生生活があるとするならば、もっとうまくやっとけば良かったなと思う時もある。学際で先頭に立たない自分を変えるためにグループリーダーってもんをやって改めて思ったかもしれない。もっと早くから人との関わりを意識してたら今より社交的になってただろうな…と。まぁ、そんなこんなでもう40過ぎたわけで。プライベートは気の合う人と、なんとなくの付き合い。それでいいんじゃないかなって思う。一日中だらだら繋がってても苦じゃないくらいの心地よさ。そんなのがあったら、いいよね。ココナラで言えば、勿論、頼られたら全力で応えるし、心配もするし、背中を押す。この狭い
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ちょっとびっくりな昔話①・・・?!

こんにちは!なごみーなです♡ブログにまで辿り着いてくださりありがとうございます。年末年始は実家、義実家に行ってきたのですが・・・。義実家にも夫は娘と旅行に行ってしまっているので私と息子で行ってきました。元々夫は義実家が苦手で私が窓口のような感じになっているので・・・夫抜きでもまあいいといえばいいのですが。。。もう義両親は亡くなっていませんが、夫のきょうだいがいるのでそちらに挨拶をしてきました。(姉と弟という組み合わせで住んでいます。)少し変わった感じなんですよね。今回も色々ありましたが、まあ一番不思議におもった昔話を。今から10年以上前の話になります。体温計的なものを購入した義姉。でも何かで全く同じものが手に入ったそうで「なごちゃん体温計いる?いるでしょ。子供も小さいし」と「ん?体温計?ですか・・・?」(いらないんだけどな・・・なごみーな心の声)「うんそう。一万円でいいよ」「あ・・・はい〜・・・・。じゃ、じゃあ・・・はい・・・」と(なぬ?体温計に一万円???なんでだろ?いらな・・い・・いえない)というわけでお断りできずに一万円を渡してしまったんですけどね・・・(後で夫に驚かれたけど夫は口もきかないので。。)ちょっとびっくりなんですよね私もはっきり断れば良いのにぶりっあ、こちら、ぶり私ぶりっ子・・・ついついいい子ぶりっ子のくせが・・・・抜けずで。まだ続きというか他の話もあるんですけどこれはまたいつか・・・・アーンもうやんなっちゃうw
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明日は成人の日、という事で………

こんばんは🌛はるか昔に成人式に行った気がする龍てん❗20歳の頃、皆さん何をされていましたか?龍てん、京都にある車専門のデザイン専門学校に進学し土日は京都競馬場まで🚴🚴🚴🚴🚴懐かしいですね🤗🤗馬券買う以外は、もちろん絵を描いてましたよー。そしてこの頃は、恩師からエアロパーツのデザインのバイトをしてみん?と言われ、先生の持ってくるデザインの話を元にデザイン画を描いていました。今回のカバー画像もその一つ。大阪オートメッセ、というモーターショーへ出展しています✨ハイエースをフェラーリレッドで塗って出すらしいで。と聞いた時はびっくりしましたがꉂ🤣𐤔スーパーカーだから似合う色って事ですよね。ハイエースにはちょっと…………😅と思いながらも、デザインした者としては感無量。 他にも複数の車種をデザインしましたよ☺️あの頃はホント、オラクルカードもヒーリングも知らなかった訳で。人生何があるかほんとうに分かりませんね〜ꉂ🤣𐤔それでも、側は老けたけど中身は変わってないかなーと🤔いつまでも純粋な心は持っていたい、と思う龍てんでした(*^^*)今は成人は18歳。だけどタバコとお酒は20歳から。何でやねん!もう18歳で統一したらいいと思いますけどね。それでは、明日は婚活頑張ってきまーす*˙︶˙*)ノ"❤️皆様、応援の♡ポチッと宜しくお願い致します🙏
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色鉛筆・パステル画「一寸法師 実体化」

オイルパステル(クレヨン?)で描いた昔話から主人公が飛び出してきたら面白いなと思い、試しに描いてみました。出来上がってみると他には無い不思議な感覚の絵になりました。実験絵画です。私事ですが、これから数日、旅行に行ってきます。ブログは数日お休みします。旅から帰ってきたら再開します。
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15年前の龍てん、ここに居ました

こんばんは🌛今日は龍てん、15年前のお話です☺️この写真が何か分かりますか?これ、右はハウス栽培のチンゲン菜。左は収穫後の玉ねぎ。ものすごい量ですよねꉂ🤣𐤔玉ねぎ1丁分の一部がコレです。ちなみにこの写真は、龍てんの職員時代のもの。社会復帰前、ここでお世話になっていたのです。受給者証と障害者手帳を持ってました。その頃はチンゲン菜しか作ってませんでした。なのであの日、このハウスでチンゲン菜の苗の植え付けをしていたんですよね。あれから15年。すっかりオッサンになった😅しかし、15年の間にも龍てんは色んなことに挑戦してきたなぁ🤔と思いました。今は占い🔮とヒーリングもしてますしꉂ🤣𐤔これから恋愛するし❗絶対する‼️めっちゃ可愛い性格のいい女性と結婚する(๑♡∀♡๑)今週出会います🤭なんでも言葉にして、願望実現していかないとね。これから日記も書きます📖☡✍最近、ものすごくヒーリングが忙しくなりました✨皆様、本当にありがとうございます🙇‍♀️三寒四温の影響でしょうか?年度末。皆さま、くれぐれもお身体ご自愛くださいませ🍀
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【小説】BARD――世界は囁く(前編)

 それは今日のことか、昨日のことか、明日のことでありましょうか。  とある小さな村に、バードという名の娘が暮らしておりました。  バードは、風や木や虫たち、その他様々なものと話をすることができる娘でした。川の楽しそうな笑い声、土の優しい子守唄、星たちとの秘密の内緒話。他の村人たちが知らないことを、世界の神々の囁き声から知ることができました。  時には神様たちの話を皆に伝えることによって、村人たちを助けることもありました。バードと村人たちは、周りの生き物たちと支えあいながら、毎日を過ごしていたのでした。  ある時、村に一番近い街から、由緒ある家柄の若い男がやってきました。  その若者は珍しいものを集めることが生きがいでした。東に妖しげな仮面ありと聞けば、使いの者にこれを手に入れさせ、西に未知なる島影ありと聞けば、船を出して航海に出かけるのでした。そんな若者が一風変わった娘がいると聞けば、目をつけないはずがございません。そういった訳でございまして、この村に自ら足を運んできたのでございました。  到着してさっそく出会った村人に、若者は娘の居場所を尋ねました。  村人は、不思議な娘バードが住んでいる家の前まで、若者を案内致しました。道の途中でたくさんの村人に会いましたが、彼らは村の外に出たことがない者ばかりでありましたから、大勢の使いの者を引き連れ、色鮮やかな衣を纏う余所者の男を、物珍しげな目で眺めるのでございました。  バードは小さな木造りの家のなかに座っておりました。若者は尋ねます、神々の声を聞くことができる者がいると、風の噂より聞いてやってきた。お前がその娘であろうかと。  バー
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「炭焼き女房」と女性の自立

皆さんは「炭焼き女房」という昔話をご存じでしょうか。それほど有名な話ではないので、知らない人も多いと思いますから、以下に簡単にご紹介します。-長者の娘が、長者の息子と結婚しました。ある時、妻が夫に麦の飯を出すと、夫は「麦の飯なんて喰えるか!」と言って蹴飛ばしました。これを見て、妻は「我慢できない!」と言って、家を出てしまいます。その時、妻は、蔵の神様が「わたしたちもこの家にいることはできない。炭焼き五郎の小屋へ行こう」と言っているのを耳にしました。妻は炭焼き五郎の小屋に出かけていき、「私と結婚してください」とプロポーズして結婚します。すると、炭焼きのかまどには、黄金があるのが見えたとのこと。さて、元夫はだんだん貧乏になりました。そして、彼は偶然、元妻に会い、その立派な様子に恥じて、舌を噛み切って死にました。元妻は、元夫のことを弔ったそうです-この話の女性を高名な心理学者 河合隼雄は高く評価しています。受け身だった彼女がみずから行動するようになったからです。確かに、傲慢な夫を捨て、自ら炭焼き五郎のところに行ってプロポーズするのは、非常に能動的だと言えるでしょう。その後の日本でもここまで積極的に自分の運命を切り開こうとする女性の話はあまり聞きません。しかし、言わせていただけば、この主人公の行動は中途半端ですね。なぜかと言うと、結局のところ、炭焼きの女房になったからのです。やはり夫によりかかっている。本当の意味で自立しているとは言えないでしょう。もちろん、この話が成立した当時の社会的事情もあるでしょうが。現代なら、彼女は一人で仕事を見つけ、自立して生きるべきです。もちろん、恋愛や結婚
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【小説】melting of snow ‐六花の伝承‐

はじめに 本書は、北方に存在する、とある地域の説話、口承文芸を後世に残すべく制作されたものである。この地域は、一年の大半を雪と氷に覆われている。その様子から、隣接した地域より「雪原の民」「氷の地」などと呼ばれることもある。  その異名に違わず、ここでは「雪」「氷」に関する説話が多く散見されている。雪や氷には(その性質の良し悪しにかかわらず)精霊、妖精が宿っていると信じられ、彼らの存在を口承によって伝え続けてきた。また、単に精霊、妖精と言われる時には、雪(氷)の精霊のことを指すほど、魔力をもつ生物のなかでは身近なものであった。  しかし現代では、様々な要因からこの重要な文化の継承者、いわゆるシャーマンと呼ばれる者が不足している。後継者選抜の厳格さ、少子化による地域語話者の減少や、シャーマンの素質を持つ人の発見が、年々困難になりつつあるのである。  また、伝承者側の高齢化もひとつの課題となっている。現在この地域で確認されている伝承者の最年少年齢は七十八歳。このままでは、地域の貴重な文化遺産が途絶えてしまうだろう。  このことに危機感を覚えた筆者を含め数名の有志によって、十年前よりこの地域で口承されている物語を収集し、書き記すことを始めた。  説話を保持するシャーマンたちの中には、その文芸の性質上か、声で継承していくことに意味があるとし、物語を文字、文章として残すことに抵抗感を示す厳格な者も少なくはない。それでも幾人かのシャーマンたちが、名を伏せることを条件に彼らの話を文章として書き記すことを同意してくれた。この場を借りて彼らに感謝を申し上げる。  前口上はこれくらいにしておいて、こ
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久しぶりの「日本一たい焼き」

こんばんは🌛最近ブログサボり気味の、龍てんです。昨日は皆既月食でしたね☺️今辞めたいこと、等を実行するには丁度いいと言われています。皆さん何か、手放してみようと決心されました❓龍てんは、️⭕️️⭕️️⭕️を手放してみようかなと。さてさて、先週ふとたい焼きが食べたくなって行ってきました「日本一たい焼き」😆何年ぶりの来店か🤔❓10年以上前、福祉の職員として送迎に行っていたルートにあったこのお店。片道1時間コースでしたꉂ🤣𐤔給料日に、ここでたい焼き買って職員さんへ配ってました。あの頃の記憶が色々と思い出されて、懐かしかったなー。そして、当時より値上がりしててꉂ🤣𐤔メニュー増えてました!写真は新メニューのチョコレート。ちょっと合わないかなー😅😅やはりたい焼きは黒あん‼️そして次にカスタード、白あん、そしてチョコレートかな?少し懐かしい記憶に癒された気もします✨そういえば、送迎車をたい焼きの匂いで満たしていました笑めちゃくちゃ良い匂いの送迎車🤭さて、過去の記憶。いい思い出ばかりでは無いですよね。さらには前世の記憶なども過去の記憶。混今世に影響のある、過去を書き換えてより良い「今」を生きるお手伝い、致しますm(_ _)m気になる方はぜひ、お気軽にご相談くださいね😊
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つぶやき龍ten~③

高校を卒業し、京都の専門学校へ進学。カーデザイナーになる夢を叶える為にひたすら絵を描く。が、本気でデザイナー目指してるやつってすげぇ😱💦とりあえず、1番絵が上手い人と仲良くなり描き方を真似るꉂ🤣𐤔競馬も頑張った(๑•̀ㅂ•́)و✧ 自転車で京都競馬場まで🚴自転車で疾走し、馬券を買う‼️パドック出馬をガン見👀✨ホント、毛艶も馬体もすごく綺麗なんですよ。そして馬券売り場にいた恐らくはバイトのお姉ちゃんに一目惚れ😍💘「このレース、どの馬が来ますか?」って声掛けてみたら「さぁー…………………」すんげえ塩対応でした………………💧男だらけの高校だったから、女子が怖かった😭仲良くなりたいけど話しかけられない学生時代の龍tenなのでした。1つ下に可愛い女の子いたなあ〜🤔さて、学生時代は高校の後悔を反省し悔いの残らない結果を出そう。親に進学させて貰ったんだから。と、起床時から登校の間の時間も描いた。そして当時、福留さんの「ズームイン‼️」を聞いて起きてたなぁ〜って思い出しましたꉂ🤣𐤔しかしながらデザイナーって難しい。日産自動車、関東自動車(トヨタ系)、トヨタ自動車と受けたものの採用されず。いずれも最終審査で落選😭ここでカーデザイナーの夢は終わった。しかし、校長先生がデザイン顧問として関わる自動車系のホイール会社へ内定し、ここに工業デザイナー龍tenが誕生した‼️🙌🙌🙌🙌🙌🙌🙌🙌🙌💕入社一年目の研修で描いたアルミホイール。現役デザイナーから絶賛されました。しかしホント、先輩や上司の現役デザイナーの絵はこんなもんじゃないですよ笑そして、その後…………恐怖のデザイン業務が幕を開けた笑人前で大声を出せな
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自分を楽しませる工夫

「好き避け」という言葉を初めて聞いたのはいつだったでしょうか。文字通り、相手のことが好きだからこそ、なんとなく避けてしまう行動です。好きだからこそ仲良くなりたいのに、話しかけられても無視したり、素っ気なくしたり、本心とは裏腹に冷たい態度を取ってしまう。そこまでではないにせよ、私も軽度の「好き避け」気質があるな、と思っています。好きだからこそ、遠巻きに見ていたい、というのでしょうか。ちなみに性別問わず発動します。最初にこの言葉を聞いた時に真っ先に思い出したのが、高校時代の国語の先生のことでした。授業の度に毎回素敵なファッションで登場する当時20代半ばの先生は、制服姿の高校生の私には眩しく思えました。3歩先ゆくオネーサン的立ち位置の先生は、当然他の生徒にも大人気で、屈託のないクラスメイト達が授業後に気軽に話しかけているのを、羨ましさ半分で遠巻きに見ているのが私には精一杯。その先生の授業が一番好きな科目となるのに、そう時間はかかりませんでした。ファッションもさることながら、私の心を捉えたのはその先生の授業スタイルだったのです。例えば芥川龍之介の「羅生門」について。簡単にあらすじは以下です。---------------------------------------------------------平安京にある羅生門で雨宿りをしている下人。災害や飢饉で荒れ果てた都のその門には、死人が放置されている。行くあてのない下人はこれから生きていくためには盗人になるしかないと思い詰めていいる。ふと見ると、老婆が一人の女の死体から髪を引き抜いている。その行為に下人は憎悪を覚えるが、聞けば生きてく
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あの日、二次創作や同人活動なんて何の役に立つの?と言ってきた某サロンの経営者さんへ

こんにちは、ほうりです。 今回はちょっとした昔話になります。 現在、私は二次創作や同人活動に関しての悩み相談サービスをココナラで立ち上げ、ありがたいことに30人以上の方がご利用くださっています。毎月一~二回のペースで相談があり、事前にメッセージを送ってくださる方もいますし、口コミでも多くの高評価をいただいています。本当に立ち上げて良かったと心から思っています。 ですが、過去に30年近く続けてきた二次創作や同人活動というアイデンティティを思いっきり否定されたことがありました。そこから10年以上も「私の持つ得意なことや強みには価値がないんだな…」という現状を受け入れてしまったことがあったのです。今回はその話をさせてください。 私の趣味は何の金銭的価値もない? 10年以上前のことです。私は副業やビジネスに興味があり、いろんな安価な起業塾やサロンに参加し、無料のコンサルも受けていました。その中で、とある有名な某サロンに入会しました。このサロンは月額2500円以下という破格の料金で、【あなたの持つ強みをビジネスに生かして人生を楽しもう】という触れ込みでした。 サロンにはオーナーとの無料診断が初回特典としてついており、私は内心ウキウキでその無料診断に臨みました。そして当日、サロンオーナーに「あなたの強みは何?」と尋ねられました。私は二次創作・同人活動が唯一の特技だったので正直に答えました。すると、オーナーは「で?それが何の儲けになるの?」とバッサリ切り捨てました。言葉に詰まった私。文字通り目の前が真っ白になった感覚を味わいました。そんな私を知ってか知らずか、オーナーに「他に何かないの?」と
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「炭焼き女房」と女性の自立

皆さんは「炭焼き女房」という昔話をご存じでしょうか。 それほど有名な話ではないので、知らない人も多いと思いますから、以下に簡単にご紹介します。 「ある長者の娘が、別の長者の息子と結婚しました。 ある時、女房が旦那に麦の飯を出すと、旦那は「麦の飯なんて喰えるか!」と言って蹴飛ばしました。 これを見て、女房は「我慢できない!」と言って、家を出てしまいます。 その時、女房は、蔵の神様が「わたしたちもこの家にいることはできない。炭焼き五郎の小屋へ行こう」と言っているのを耳にしました(付け加えておくと、炭焼き五郎はかなり貧乏だったのです) 。女房は炭焼き五郎の小屋に出かけていき、「私と結婚してください」とプロポーズして結婚します。 なんでも、炭焼きのかまどには、黄金があるのが見えたそうです。 さて、元旦那はだんだん貧乏になります。 そして、彼は偶然、元女房に会い、その立派な様子に恥じて、舌を噛み切って死にました。 元女房は、元旦那のことを弔ったそうです」 この話の女性を高名な心理学者 河合隼雄は高く評価しています。 受け身だった彼女がみずから行動するようになったからです。 確かに、傲慢な旦那を捨て、自ら炭焼き五郎のところに行ってプロポーズするのは、非常に能動的だと言えるでしょう。 その後の日本でもここまで積極的に自分の運命を切り開こうとする女性の話はあまり聞きません。 しかし、言わせていただけば、この主人公の行動は中途半端ですね。 なぜかと言うと、結局のところ、炭焼きの女房になったからのです。 やはり旦那によりかかっている。 本当の意味で自立しているとは言えないでしょう。 もちろん、この
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イラスト完成しました

こんにちはナツイダイクです先週から描きはじめたイラストが完成し、ポートフォリオに追加しました。こちらからどうぞhttps://coconala.com/users/null/portfolios/1329904
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思い出の階段

 みなさんこんばんは。寝不足+過労で寝てしまいそうな千冬です。 今日は単純にただの日記です。教えや学びではありませんので、読みたくない人はこの辺でページを切り替えてください。 今から25年前、今の仕事の研修会がありました。月に1回この場所で1日研修をしたものです。その時、私は一人の女性と出会いました。Yさんは私の1つ年上で、茶髪のストレートで髪は長く、とても美人でした。 その頃の私はかなり奥手で、なかなか話しかけることができませんでした。たまたま研修班が一緒になって話ができました。携帯がまだ普及していなかったので、電話番号を聞くのに3か月かかりました。 Yさんには月1で電話をして、仲良くなっていきました。しかし、食事に誘うこともデートに行くことも、ちょっと帰りにお茶に誘うこともできませんでした。 1年の研修期間が終わって、最後の日に私とYさんでこの階段をのぼりました。その時初めて彼女の手にふれました。しかし、Yさんはほとんど反応がありませんでした。結局最後の日も何もできず帰ってしまいました。 私の仕事は激務で、Yさんも超忙しかったので、電話もできない日が続きました。ようやく長期の休みに意を決して電話をしました。すでにYさんは他の男性とお付き合いを始めており、私はYさんを諦めました。  後悔はしていません。結婚の報告もお互いしましたし、メールのやりとりもしました。すでに連絡を取る手段はありませんが、まだ私はYさんを覚えています。 ちょっと甘い恋でした。Yさんが幸せであることを信じています。ほんとに雑談でしたね。読んでくれてありがとうございます。では~               
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今日の制作風景

こんにちはナツイダイクですあれだけあった雪もだいぶ融けて春らしくなって来ましたそんな如月の終わりですが、毎年載せてもらっている『青函考路』の昔話を制作中です毎年ですが、今回も〆切ギリギリになりそうなので(汗もう少しギアをあげて制作していきたいと思います今年はaffinityで仕上げていますが、ここにきてillustratorと違ってちょっと不便な点が出てきたりしていますぬうぅぅぅぅ!
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浮気された話

昔の浮気された話を書いていきたいと思います。相手は、私の友人。発覚したのは別の友人から教えてもらったのがきっかけです。当時の私は、彼女を信用しており自分の彼女に限って浮気なんてないと思っていました。まさかと思い彼女に確認するとお酒を飲んだ勢いでと。。。浮気したと。しかも、1回だけでなく数回泊りにいったと(彼女は1回だけと言っていただが別の女友達が教えてくれた)。蓋をあけると、知らなかったのは私だけで周りは知っていたみたいでした。そこから、周りの人を信じられなくなり、今まで信じていたものが壊れた感じがしました。ただ、好きだということもあり、許そう、許したいとの気持ちもあったので、そのまま結婚しました。けれど、数年経過しても忘れられず精神的にきつかったので病院に行って薬をもらったり、カウンセリングを受けたりもしました。そのことで喧嘩も増えたり、ずっと私の中では鮮明に残っていました。嫁や周りからは、そんな昔の話をと言われたりもします。時間が忘れさせてくれるって言いますが、十数年経った今でも未だに思い出すこともありますし、結婚した後悔もあります。浮気相手の家の近くを通ると今でも気持ちが落ちますし、関係のある場所にいくと動機や汗がとまらなくなります。そんな私に色んな事が重なり、今の婚外相手と出逢いがありました。そこから、彼女のことが好きになっていくと自然と昔の浮気されたことを思い出すことが減ってきたんです。いけないこととはわかっていますが、正直あんなに思い出すと苦しかったのにこんなに楽になれるんだと彼女には感謝しかないです。不倫はダメなことですが、救われる面も人それぞれあるのかなと個人的
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(160日目)軟禁事件。

苦情対応には自信がある。ただ、20代に苦い経験をしたからこそ今がある。苦情なだけに、”苦い”経験ってか!最近、駄洒落が止まらない。これは前頭葉の劣化が原因らしい。前頭葉のアンチエイジングって無いっすか?さて苦い経験について書いてみたいのですが、タイトルにある通りマジ軟禁でした。小売店で勤めていた時売り場にいると”顔に傷のついた”オッサンから声をかけられたんですよね。客『おい、兄ちゃん!』ワイ『なんすか?』客『この前、ここで買ったキムチ腐っとったぞ!』ワイ『ホンマですか!それは申し訳ありません。』客『舌の痺れが止まらんのや。』ワイ『(腐ってたら痺れるんだっけか?)』客『キムチ家にあるからな、現物確認してくれや。』ワイ『ではお伺いします。』で、お宅訪問したわけですが、玄関先で確認しようとしたら家に入れと言われたのです。その時はねピュアでフレッシュそんな素直で可愛いワイだったのですんなり入っちゃったワケです。そこから5時間以上も家から出られないことになるとは知らずに。家の中ではその客がスゴイ勢いで怒ったかと思いきや唐突に世間話しだしたり。『兄ちゃんは何も悪ぅないねんけどな。』とか言ってくるし。結局のところ要求は「お金」。ただのクレーマーでした。脅しと籠絡のジェットコースター状態で話し合いも平行線のまま。さすがにもうキッツイわーって思ったので上司に救難信号(電話)を発信。その上司がソッコーで来てくれてワイ救出作戦も成功し、無傷で帰還することができました。上司に後で言われましたよ。『絶対に家に入るなよ!相手のフィールドに入ると不利になるからな。』仰る通りです。実は当時、上司には言えなかっ
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過去の音楽CD制作時の思い出

過去、労働省が開いた大学校(専門課程・応用過程)で触った端末に作曲できそうなシーケンサがついていて、コンピュータで作曲できるんだと知りました。そこで、XGWorksとs30というソフトシンセを買いました。しかし、ソフトシンセは使いこなせないまま音源モジュールとしても使用できませんでした。で、sc-8820当たりを購入してmidiで作曲したものをそのまま録音して音楽CDにして同人販売していました。その時に、ジャケットを依頼するときに今はもうなくなった募集系サイトを使っていて、絵のことを知らない僕からしてびっくりするほど上手なお二方に描いていただけました。構図は全てお任せという形で、1枚目.片側が少年が歩いている感じ2枚目.少女が前面を出している感じという感じで、絵はすごいと思っていたのですが、bgmの特性か何も準備できてなくて結果的にはおおこけしました。で次からは3枚目.素材を使って男女キャラクターを追加4枚目.ミステリアスな黒い少女5枚目.夜明けっぽい少女2人6枚目.夜の少女他は、小説的なイメージで作ってたり、一部二次創作的な曲も出してました。その二次創作的な曲のジャケットの色が好きなんですが、塗り自体も年齢が立つと同じ塗りが出来なくてという感じでした。という感じでやっていました。良くも悪くもオリジナルの音楽CD同人ということで、ジャンルは持たずその人が基本的に好きに作ったというものを出し続けていた感じです。(僕の中の認識では)今回のアイコン依頼も多分、厳しく求めてもそれが相手にとって負担になるならないとあると思いますし、本来の意向に反したものを依頼することには抵抗があるため、
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ほんとうにあったかもしれない不思議な話『きつね』

栃木県の森いつもの山道を歩いているはずが いつのまにか深い森の中に迷いこんでしまって 目の前をキツネが走り去って行ったと思ったら 見なれたいつもの山道に戻っていた
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【鈴森のぼそっと独り言】#056 完璧じゃなくても、まぁいっか♬の話

若い頃に知人の方に言われた言葉を思い出しました。 ご縁をいただき誠にありがとうございます。 タロット占いカウンセラーの鈴森理乃です。 以前の鈴森は、 完璧主義者のところがあって、 こうする!と決めた毎日のルーティーンは、 絶対に守りたい気持ちが強かったんです。 自分設定のルーティーンが乱れると イライラしたり、不安になったり、焦ったり…。 かなり面倒なタイプの人間だったと思います。(笑) いろいろなことに強いこだわりがあったのかな。 でも逆に、 人に対してはゆるゆるなんです。 人は人、自分は自分だから、 その人の好きにすればいい…。って ほとんど人に興味がない状態。 えー!?って思われる方もいるかもしれませんが 若い頃の鈴森を客観的に分析するとそんな感じ。 占い師になる前は、 仕事も超絶ハードで忙しくて、 日々の生活も忙しくて、 時間に余裕がないんだけど、 自分のルーティーンを崩すの嫌…。 やるべきことを増やすことはできても、 減らしたり、楽な方にいけなくて…。 余裕のない状態が続いていたら、 モヤモヤ、イライラしまくって、 感情がぐちゃぐちゃになっていたんです。 そんな時、 知人の方にね、 突拍子もなく、 「今日、洗濯ができなくても、明日、死ぬわけじゃないよ?」 って言われたんです。 「今日できないからって、 明日にやることを回したとしても、 明日、死ぬわけじゃないから…。 そんなに重たく考えなくていいんじゃない?」 とも言われました。 だから、鈴森は、 「今日やらなければいけないことを、明日に回したら、 明日の自分がもっと大変になるから…。 だから、今日やらないといけないと
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民話シリーズ4 東北地方の民話 岩手編

「赤い紐の座敷童子」むかし、岩手の遠野に、古い曲がり家があった。馬屋と母屋がL字につながり、冬になると薄く積もる雪が、静かに屋根を白く染めるだけだった。その家に、旅の行商人の弥吉(やきち)が泊まった。遠野の道は雪こそ積もるが、閉ざされるほどではない。それでも夜の寒さは骨にしみ、囲炉裏の火だけが頼りだった。家の主は、どこか遠慮がちに言った。「夜中に子どもの足音がしても、気にしないでくだされ。 悪さはしませんで」弥吉は笑って答えた。「子どもが遊ぶくらい、どうということもない」しかし、夜が更けると、廊下を走る小さな足音が、コツ、コツ、と響き始めた。弥吉がふと目を開けると、部屋の隅に、赤い紐を結んだ小さな影が立っていた。幼い子どもの姿だが、顔は霞のようにぼやけている。影は弥吉をじっと見つめ、かすかな声で言った。「……ここは、もうすぐ“変わる”……」弥吉は身を起こした。「どういうことだ。危ないのか」子どもは首を横に振った。「危なくはない。 けれど……この家の“縁”が変わる」そう言うと、影はふっと消えた。翌朝、弥吉が主に話すと、主は深くうなずいた。「その子は座敷童子です。 家が栄えるときは笑い、 家が衰えるときは泣くと申します。 昨夜は……別れを告げに来たのでしょう」主は続けた。「最近、家の者も減り、 わしらも年を取りました。 座敷童子も、そろそろ別の家へ行くのでしょう」その日の夕方、弥吉が旅立つと、家の前の道に赤い紐がひらりと落ちていた。拾い上げると、どこか温かい気配がした。ふと遠くを見ると、曲がり家の窓に、小さな影が立っていた。赤い紐を結んだ座敷童子が、静かに手を振っていた。その冬の終
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日本昔話より~十二支の物語

大晦日の紅白は書き物をしながらだったので、集中してみていないのですが、いつもとなにか雰囲気がちがっているような気がしました。なにか紅白歌合戦の総集編という感じを受けました。AKB48がいちばんよかったです。😊さて、今回はむかし話です。実際にある昔話をリティクしました。🐁 🐄 🐯 🐰 🐉 🐍 🐴 🐏 🐵 🐔 🐶 🐗ある年の暮れのこと、神さまが動物たちにお触れを伝えました。「皆の者、元日の朝に、私のところに新年の挨拶に来なさい。一番早く来た者から 12 番目の者までは、順番にそれぞれの1年の間、動物の大将にしてあげよう!」と、神さまは動物たちにいわれました。動物たちは、自分が一番と思って、それぞれに準備をして元日が来るのを待っていました。ところが、猫だけは神さまのところにいつ行くのか忘れてしまい、ねずみに尋ねました。すると、ねずみはわざと猫に一日遅れの日を教えてしまったのです。猫はねずみの言うことを真に受けて、喜んで帰っていったのです。そして、元日になりました。牛は「おいらは歩くのが遅いから、一足早く出かけるさ」と言って、夜のうちから支度をし、まだ暗い夜のうちから牛小屋を出て、神さまの元にでかけたのです。牛小屋の天井でこれを見ていたねずみは、ぽんと牛の背中に飛び乗りました。そのことに気づかない牛が、神さまの御殿に近づくと、まだ誰も来ていません。牛は自分が一番に着いたぞと喜んで待つうちに、ようやく御殿の門が開きました。そのとたん、牛の背中からねずみが飛び降りて、ちょこまかと走って一番になってしまいました。それで牛が2番、それから虎、ウサギ、龍、蛇、馬、羊、猿、鶏、犬、猪の順で到着しま
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「おひさまは好きだけど、暑さはつらいのよ」

こんにちは、マキばあです。最近、暑くなってきましたねぇ。あんまり日差しが強いもんだから、「おひさまはありがたいけど、もうちょっと手加減してくれませんか?」って、空に向かって話しかけたくなります。でもね、昔はこんなじゃなかったんですよ。わたしが若いころの夏っていうのは、たしかに暑かったけど、夜になるとちゃんと風が通って、扇風機ひとつあれば眠れたものです。セミの声を聞きながら、縁側でスイカを食べて――うちわでパタパタしながら、涼を感じる。それが、夏の“楽しみ”でもありました。けれど、今はどうでしょうね。日が落ちても、空気はまだもわっとしていて、夜の間もずっと、体が緊張してるような感じがするんです。これじゃあ、心も体も疲れちゃいますよね。だからね、マキばあは、昔と同じように夏を過ごそうとは思わないようにしています。年を重ねると、「がんばらないこと」をがんばるのが大事なんですよ。エアコンも使っていい、外に出ない日があってもいい。お日さまが照ってても、自分を守ることをいちばんに考えてくださいね。占いでいうと、「太陽」は元気の象徴だけど、“火”のエネルギーが強すぎると、消耗しちゃうこともあるんです。……とはいえ、まだ夏本番じゃありません。でもね、こうやって少しずつ陽ざしが強くなって、セミが鳴きだす頃には、きっとまたひとつ季節が変わっていきます。だからこそ、**今のうちに“暑さと仲良くなる準備”**をしておくといいんです。無理せず、がんばらず。この夏も、あなたがあなたらしく過ごせますように。それではまた、涼しい時間に、お話ししましょうね。
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「くだらない」話ほど…

こんにちは。今回は「記憶」について書きます。なにも、記憶のメカニズムとか、そのような難しい話ではありません。昔話に花が咲くと同級生の友人と昔話をすると、必ず他の同級生の話になります。「〇○君は△△と呼ばれてた」とか「□□ちゃんにイジられた」というような、思い出話が次々と出てきます。また、同級生共通の話となると、修学旅行、運動会、音楽会…話のネタは尽きることはありません。酒の肴に、昔話。つまみ以上の「つまみ」といえるでしょう。だが、記憶については人によってさまざまで、また記憶にもズレがあります。それは仕方がありません。同級生といえども、同じ時間に違う経験をしていることに加え、思い入れや成功体験の数等、記憶の違いに大きく影響しているのではないか、と思います。その中で、誰に聞いても、私がいちばん昔の記憶が多いようです。勉強法の本を書いているから、記憶力がいい、という訳ではありません。勉強については、なかなか記憶ができなかったからこそ苦労し、意識的に記憶が定着できる勉強法を探した、というのが正直なところです。では、なぜ昔の記憶が多いのか。それは、「くだらない」ことばかり覚えている、からと思います。「『くだらない』なんて、決めつけなくても」とお思いの方もいるでしょう。いえいえ、ここでいう「くだらない」とは、無意識に、覚えるつもりがなくても覚えている記憶、という意味です。つまり、覚えようとして覚えている訳ではなく、また、何かの役に立てるために覚えている訳でもない、ということです。先ほどの、「〇○君は△△と呼ばれてた」とか「□□ちゃんにイジられた」という記憶は、覚えようと思ったことはありませ
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考えること

私は精神障害者等級2級のものです、少しだけ小話をしたいと思います。小さい頃からADHD、ASDのようなものがあったらしいのですが、私自身は気にしていませんでした。でも人とは何かが違ったんでしょうね、いじめられました。何かが違うと、集団行動の中で判断されれば排除されるのは当然のことなのかもしれません。学校生活で小中高でいじめられなかったことはないという位でした。子供のうちは排除される側でしたが、大人になるとそれは触れてはいけないものの対象に移り変わっていきました。ですが、専門学校では「そんな触れてはいけないもの」を素敵な個性として扱ってくれ、好成績を収めることができ入学前からの夢を叶えることもできました。しかし社会や会社は個性を受け入れる場所ではありませんでした。私は徹底的に排除され、叩き潰され、引きこもり、薬漬けで失禁をしたり幻聴幻覚や希死念慮に悩まされることになりました。自殺未遂も2回くらいしました、失敗して精神病院に運ばれました。ここまで、まるで私だけが悲劇のヒロインのような話しぶりですが、私なりにも努力はしてきました、注意をしてくれる優しい友人からのアドバイスや人の行動を観察しこういう時はこのような言葉をかける、行動するなどメモを取り目の届く場所に貼ったりいつもメモを見直したりしていました。しかしそれでは足りなかったのです、まったくもって足りてなかったのです。もっと早くに行動していれば、と後悔ばかりが募ります。でももう過ぎてしまった針は元には戻りません、進んでいくだけなのです。1つ嫌なことがあるとそれだけに視線がいって、どうして自分はこんなにダメな人間なんだろうと塞ぎ込ん
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『うらしまたろう』

女子3人が1人の女子をいじめている『ブス!』『デブ!』『xxxx!』子供とは思えない汚い言葉が飛び交う私『ちょっとあんた達!何やってるの!』子供達『うるせぇな!』『なんだよこのクソババァ!』舌打ちをしていなくなる子供達女の子『あ…ありがとう…』私『え?…この子…』子供の頃の私だそうか…私のことなんて誰も助けてはくれないんだ今までもこれからも…自分で自分を助けてあげるしかない私『大丈夫…もう大丈夫…』私には私がずっとそばにいるから
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竜宮城の乙姫から授かる㊙玉手箱の秘唄2種教えます ☆玉手箱の中に入っていたのは2つの玉(ぎょく)でした☆

浦島太郎といえば誰しも耳にしたことがある日本昔話の有名な物語です。子供たちにいじめられていた亀を助け竜宮城へ向かい帰り際に乙姫様から大きい玉手箱と小さい玉手箱のどちらかを差し上げますという有名な一節がありますよね。あの中身って何が入っていたかご存知でしょうか?それは古神道に伝わっている秘儀なのですがネガティブな出来事をなかったことにする唄と願い事を呼び起こすポジティブを増す唄が入っていたと伝わっています。そしてこの秘密の唄が言霊の元祖だとも言われていたりします。ファンタジーが現実の世界に蘇るワクワクするようなこの玉手箱の中身を今回貴方だけにご紹介したいと思います。
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