【小説】BARD――世界は囁く(前編)

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 それは今日のことか、昨日のことか、明日のことでありましょうか。
 とある小さな村に、バードという名の娘が暮らしておりました。
 バードは、風や木や虫たち、その他様々なものと話をすることができる娘でした。川の楽しそうな笑い声、土の優しい子守唄、星たちとの秘密の内緒話。他の村人たちが知らないことを、世界の神々の囁き声から知ることができました。
 時には神様たちの話を皆に伝えることによって、村人たちを助けることもありました。バードと村人たちは、周りの生き物たちと支えあいながら、毎日を過ごしていたのでした。
 ある時、村に一番近い街から、由緒ある家柄の若い男がやってきました。
 その若者は珍しいものを集めることが生きがいでした。東に妖しげな仮面ありと聞けば、使いの者にこれを手に入れさせ、西に未知なる島影ありと聞けば、船を出して航海に出かけるのでした。そんな若者が一風変わった娘がいると聞けば、目をつけないはずがございません。そういった訳でございまして、この村に自ら足を運んできたのでございました。
 到着してさっそく出会った村人に、若者は娘の居場所を尋ねました。
 村人は、不思議な娘バードが住んでいる家の前まで、若者を案内致しました。道の途中でたくさんの村人に会いましたが、彼らは村の外に出たことがない者ばかりでありましたから、大勢の使いの者を引き連れ、色鮮やかな衣を纏う余所者の男を、物珍しげな目で眺めるのでございました。
 バードは小さな木造りの家のなかに座っておりました。若者は尋ねます、神々の声を聞くことができる者がいると、風の噂より聞いてやってきた。お前がその娘であろうかと。
 バードは視線を外し、どこか遠くを見つめてから、再び若者と目を合わせ、こう答えました。
「今、風があなたのことを教えてくれました。
 この村に来る少し前、遊びで雌鹿を捕らえようと、あなたは使いの者に弓を三本射らせたのですね。しかし、鹿は逃げてしまい、あなたは彼女を捕らえることができなかった」
 若者は驚きました。確かに、先ほど部下に弓を使わせ、雌鹿を捕らえ損なっていたのでありました。
 バードは話を続けました。
「彼女は今、森の奥で泣いております。射った矢の一つが腰に刺さったまま、抜けずに痛み続けているのです。ああ、なんて可哀想なことでしょう」
 バードの声は悲しみに満ちておりましたが、若者はそれに気がつきませんでした。
 なるほど、噂は本当であったと若者は思い、また、彼女こそ自分の妻にふさわしいとも思いました。
 若者は自分もそろそろ結婚をと考えておりましたが、まだ相手を決めることができずにおりました。
 彼は友人たちと同じように、ただ家柄の良いだけの女性と結婚することを拒んでおりました。輝く石や珍しい動物を手に入れたがるのと同じように、自分の妻になる者も、他の誰もが羨ましがるような、貴重な女性を手に入れたいと思っていたのでございました。
 若者は言いました。
「気に入った、お前を私の妻に迎え入れる。今すぐ私と共に都に向かおう」
 しかしバードは、決して首を縦に振りませんでした。
 娘の両親は慌てました。自分たちより遥かに地位の高い者の命令に背くなど、普通の村人にできるはずがないのです。そんなことをすれば、どんなに酷い仕打ちが待っていることか。そのことを分かっておりながら、バードはきっぱりと若者の言いつけを断ったのでございました。
 若者は娘に腹が立ちました。生まれてこの方、自分の命令に逆らった者など、他に誰一人いなかったのです。若者は、娘が自分のものにならないのであればと、彼女にあらぬ罪を着せ、処刑するよう命じてしまいました。
 死を迎えるその日の朝、悲しむ村人たちに向かって、バードは静かに言いました。
「悲しむ必要はありません。身体を失っても、わたしは生きているのです。森の木の枝陰、水の透明な輝き、空の鮮やかな色のなかで、わたしは皆さんを見守り、世界の声を届け続けます。
 困ったら世界の声を聞きなさい。聞いていないだけで、本当は誰でも神々の声を聞くことができるのです。皆、この世界で生きる者なのですから」
 そう言い残してバードは、偽りの罪を清める炎に炙られて、死んでしまったのでございました。



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