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日本で最も古い家に行ってみよう

 日本でいちばん古い家、というのがあって、旧国名で言えば摂津ではありますが、現代の三木市にほどちかい神戸市北区の山田町にある「箱木千年家」です。 場所は、新神戸トンネルの北側出口から車で十数分といったところですが、なんと室町期から建っているという 日本で一番古い家(国指定重要文化財)なのですよ、この箱木家は!! さて、このおうち。大同元年という「棟上の記録」が残っているため平安時代からあるという 千年家と呼ばれていますが、現在の建物に残る6本の柱は、移築解体の際に 室町時代からのものだと推定されています。 ↑中から外を見ると、頭がぶつかりそうなくらい深い軒。 ↑戦国期大河ドラマに出てきそうな、板の間づくり。注目は、床板です。 まだ、「かんな」が発明されていないので、床板は槍鉋(やりがんな)で削られており、完全に平面にはなっていません。 荒い板を、槍の曲がったような道具でちょこちょこ削って大きな平面を作っていったのです。↑官兵衛ちゃんの時代の息吹を伝える、「柱」。角が大きく面取りしてあるのが特徴で、古い時代ほどこの面取り巾が大きいそうです。 (これもチョウナで”はつって”いったものと思われる)========= さて、そんな箱木家住宅ですが、いまでも管理は子孫の「箱木一族」が担当しておられます。 古いよろいなども展示されていて、箱木一族の「戦国武将」→「帰農して豪農」→「旧家として今へ至る」歴史がよくわかるというものです。 というわけで、ここからは箱木氏と官兵衛ちゃんの同時代体感話をいくつかお届けしましょう。 展示してある系図には、なかなか興味深いことが書いてあります。 箱木一族
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百王伝説(3)

     第二章 野馬台詩   一「それゆえ、やつがれを訪ねてきたかや」「その通りです」「ふうむ」 小四郎の話を聞き終えて、くろ梵字は何やら考え込むふうである。「陽が落ちるようです」 ややあって、くろ地蔵がおそるおそる告げた。「おお。つい、長話になったようだ。小四郎とやら、腹は空いておらぬか」 くろ梵字に訊かれて、小四郎も空腹を意識した。それを察したのだろう、「くろ地蔵よ。頼むぞ」「承って候」 くろ地蔵は、ゆっくりとくろ梵字から離れた。くろ梵字は小四郎の手を借りて壁にもたれると、「山名どのは何処に?」「まだ京には入っておりませぬ。白子どのが京を探り、それがしがここを訪ねた次第」「内野の戦いから三年ほどしか経っておらぬゆえな。そのうえ満幸どのは、乱の首魁であったな」 くろ梵字は憐れむように言った。「教えてくだされ。この詩を読み解けるのはどなたでござろう」 小四郎は紙片を手にくろ梵字に低頭した。「読み解けるのは、賢人と呼ばれる人物のみであろう。当代の賢人といえば、貴族か叡山か……。いずれにしろ武家で読み解ける者はおるまい……」 すでに頓阿法師は亡い。くろ梵字は、思案しながら、「そうじゃ。安倍有世どのであれば、あるいは」 と、思い出したように一人の人物の名をあげた。「陰陽頭おんみょうのかみの安倍どのでござりますな」 くろ梵字は肯いた。「山名どのの謀叛を予言した安倍有世どのは、野馬台詩によりそのことを知ったという真しやかな噂がある」「本当でござりますか」 小四郎は半信半疑だが、もし事実であれば、今後の満幸の身の処し方も最善の方法が、あるいは分かるかもしれない。「して、その住まいは」 小
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百王伝説(2)

   第一章 双ヶ岡のくろ梵字   一「あれは確か、暦応四年(一三四一)孟夏(旧暦四月)のことであったか。兼好法師を訪ねてここへ来たのは……」 くろ梵字は、遠くを見るような目で言った。そして、「懐かしいのう。そうそう、夕暮れのことであったわ」 一人、五十年ほど前の世界に没入していくようであった。 くろ梵字とは人の名で、暮露ぼろという半僧半俗の遁世者でもある。 堀北小四郎が、くろ梵字を訪ねて来たのは、聞きたいことがあったからで、どうやら五十年ほど前の話は、そのことと無縁ではないものと思われた。 小四郎の見当に間違いが無ければ、五十年前のくろ梵字は三十代、『徒然草』で名高い兼好法師は六十代のはずである。 そのころ兼好は、比叡山を下りて、洛西双ヶ岡のここに居を定めていた。相変わらずの方丈の庵だったそうだが、貧しさは叡山横川よかわの比ではなかったらしい。だが、出家し頓世した兼好は、全く意に介さなかったと伝わっている。 後に兼好は、阿倍野に転居し、長い間無住であったこの庵にくろ梵字が住み着いたのは、十年ほど前からだという。 五十年前――。「おう。来たかや」 くろ梵字を認めたのだろう、兼好が庵の中からにこやかに声を掛けてきた。 今度は覚えていてくれたようだ、とくろ梵字は安堵した。前回訪れたときは、確かに忘れていたはずである。それとも手ぶらだったくろ梵字への不満の表れだっただろうか。「此度は持参つかまつりまいた」 くろ梵字は、右手に持った大振りの徳利を持ち上げてみせた。「よきかな。よきかな。朋あり遠方より来る……」 兼好が『論語』「学而編」の一文を朗じようとするので、「肴はこれでよろしかろう
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