「努力が報われない」の理由

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コラム
努力できる人は褒められます。
努力できることは武器だと思います。

真面目。
粘る。
投げ出さない。
ちゃんとやる。
周りが嫌がることを引き受ける。

学生の頃からこのようなことを意識して頑張ってきた人も多いのではないでしょうか。
そして、頑張れることが、そのまま自分の価値になり
社会に出て、苦しくなっても、まず「もっと頑張ろう」とする。


でも、頑張れてしまう人ほど、引き際が下手という落とし穴がある。
と、思うようになりました。


なぜなら、私自身が真面目で、頑張り過ぎて、つぶれてしまった経験があるからです。


資料を何度も直す。
十分伝わるところまでできているのに、まだ気になって、言葉をいじる。
フォント、余白、順番、言い回しをずっと触っている。
手を抜きたくない。


でも、そこにかけた数時間で、何か大きく変わるかというと、
結果はそんなに変わらない・・。


それなのに止まれなかったのは、何故か?
それは「努力すること」が目的になっていたからです。


本当の目的は、
伝わることだったり、
意思決定が進むことだったり、
相手が動けることだったり、
にあるのですが・・・


手を止めた瞬間に、不安。
雑だと思われそうで怖い。
中途半端に見られそうで怖い。


だから続けてします。
こうなると、努力はもう前に進む力ではなく、
自分を安心させるものになっていきます。


その末路は・・
しんどい。
頑張っているけど、報われる感じがしない。
疲れているけど、やめ時が分からない。
周りからは「努力家だね」と言われる。
そして、他の仕事を任される。
「期待されている」と思って引き受ける。


本当は苦しい。
でも、限界を超えるまで「苦しい」と言えない。
限界もどこか分からなくなる。

そして、「いけます」と言ってしまう。

弱音を吐いた瞬間に弱く見えそうで。
任された役割を降りるみたいで。
だから、黙ってやる。


そして、ある日、急に折れる。


あんなにちゃんとしていたのに・・と、周りは驚きます。
でも、違うんです。


ちゃんとしていたから、折れてしまったんです。


頑張った。やり切った。逃げなかった。
聞こえはいいですが、目的を外した努力は、ただの消耗になってしまうことがあります。


努力をどこで切るか、その基準を持てているか。
成果が出る人は、単に努力量が多い人だけじゃなく、
どこでやめるかも決められる人だと思います。

何に力を入れて、何を切るか。
全部を同じ熱量でやらない。

こう言うと、冷たくて淡白にも思えますが、
長く見ると、崩れないで大事な場面で深く踏み込める人だと感じます。


つまり、何が言いたいかというと、
「努力をやめる」ことは、「怠けること」じゃないんです。
目的に合わない頑張りを切ることなんです。


努力をやめると聞くと、雑になることだと思う人がいます。
私もそう思っていました。

でも、そうではないんです。

この仕事はここまでで十分。
これは自分がやるべきじゃない。
ここは時間をかける価値がある。
これは手放したほうが全体がよくなる。

このように、努力するところを決めている。

努力できる人が苦しくなるのは、能力が低いから、ではありません。
真面目さの使い方を間違えるから、苦しくなってしまうんです。


「もっと頑張れば何とかなる。」
この感覚で、乗り越えられたことも何度もあったと思います。
だからこそ手放しにくい。
その気持ちは、とてもよく分かります。

でも、いつかどこかで変えないといけない。

頑張ることで前に進める時期と、
頑張り方を変えないと前に進めない時期があるからです。


目的がズレると、
本当は成果を出したいのに、頑張っている自分を守り始める。
本当は前に進みたいのに、手放す怖さでその場に留まる。
本当はいい仕事をしたいのに、努力している姿が価値になってしまう。

すると、苦しんでいる割りに変わらないという焦燥感が続いてしまいます。

努力できる人は、
本来かなり強いはずなのに、もったいないことになってしまう。

離す技術。やめる判断。
そこまで持って、初めて強さの本領が発揮されるんだと思います。

今の努力は、
前に進むためのものか?
やめる怖さをごまかすためのものか?

もし、「頑張っているのに報われない・・」と感じている方は、
ここにヒントがあるかもしれません。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

なんだか、モヤモヤする。
そんな気持ちの整理のお手伝い役になれたら幸いです。



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