雨の日に思い出す、子どもの頃の記憶

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コラム
月曜日、雨の朝です。
ここ最近の暖かさが嘘のように、
少し肌寒く感じます。

私は幼い頃から、
自分の部屋で窓を少し開けて、
雨の音を聞きながら、
本を読む時間がとても好きでした。

今でも、雨音がよく聞こえる日は、
ふと本を読みたくなります。
雨の日はなぜか本がよく進む。

雨の日の読書は、
私の中に残っている、
小さな癖のようなものかもしれません。

今朝は、傘をさして、
歩く親子を何組か見かけました。

月曜日なので、上履きや体操服など荷物も多く、
子どもたちは片手で傘を持ちながら、
一所懸命歩いていました。

途中で寒くなったのか、
上着を着ようとしている子もいました。
でも荷物が多くてうまくいかず、
傘は斜めになって、
あまり雨を防げず濡れている。

そんな姿を見ると、
ふと自分の小学生の頃の雨の日を思い出していました。

私は共働きの家庭で育ちました。

雨の日に母が迎えに来てくれることも、
まして送ってくれることも、
ほとんどありませんでした。

それが当たり前だと思っていたし、
お願いしようとも思っていなかったと思います。

でも小学生の頃、
急に雨が降り出した日に、
お母さんが学校の外で、
待っていてくれる子を見て、
うらやましいと思ったことは、
一度や二度ではありません。

傘を持っていなかった私に、
「一緒に入っていく?」
と声をかけてくれた友達のお母さんがいました。

もう高学年だったので、
少し恥ずかしくて、
「そこまでで大丈夫です。そこから走って帰ります」
と言って、雨の中を走って帰った記憶があります。

また、雨の日は家の中もどこか薄暗くて、
共働きの親を待つ時間が、
少し怖く感じることもありました。
家中の電気を全部つけて、
帰りを待っていたこともあります。

ただ、大好きな母が早く帰って来ないかなぁと、
そう思いながら過ごしていた雨の日。
でも帰宅した母から、
「寂しかった?」
「頑張ったね。」
と声をかけてもらった記憶は、ありません。
でも、本当は少しだけ寂しかった。
そう言葉をかけて欲しかった。

雨の日には、
人それぞれ色々な記憶がよみがえるのかもしれません。

子どもの頃の、少し寂しかった気持ち。
誰かに気にかけてもらえたときの温かさ。
雨の日、ふと思い出す気持ちがある方は、
少しだけゆっくりしてみてくださいね。

雨の日でも、
時間に追われながら子どもを送り出したり、
先に家を出なければいけなかったり。

きっと、それぞれの場所で、
みんな頑張っているんだと思います。
「これでいいのかな」と思う日もありますよね。

正解なんて分からないまま、
それでも毎日を回していくしかない。
そんな中で子育てをしていること自体、
本当にすごいことだと思います。

だから、少しだけでもいいので、
自分のことも労わってあげてくださいね。
もし今、
誰にも言えない気持ちや、
ちょっとだけ聞いてほしいことがあれば、
短い時間でも大丈夫です。
お話をお聞きします。

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