🌈正しいことが、いいことだと思ってた🌈

🌈正しいことが、いいことだと思ってた🌈

記事
コラム
「あの人が悪い。」

そう思っているのに、
どこか苦しい。

責めても責めても、
心は少しも軽くならない。

それよりも、
もっと、固まっていく感じがしてた。

絶対におかしいのに。
こんな理不尽、あり得ないのに。


昔の私は、
答えを探していたのかもしれない。

正しくなくちゃいけないと思ってた。
だから、
正しいか間違っているか
白黒つける癖があった。

それが「いいこと」だと信じ込んでいたから。


誰が正しくて、
誰が間違っているのか。

傷つけたのは誰で、
傷ついたのは誰なのか。

その境界線をはっきりさせたら、
いいことをしたはずなのだから、
苦しさは終わる。
そう思っていた。

でも、
どれだけ考えても、
納得がいかない。
心は晴れない。


そんなふうにもがいていた頃、
少しずつ自分の内側と
向き合うことを始めた。

古い思い込みがゆるみ始めると、
「もし、あの時、
 ああでなければ、
 今の私はいないのかも。」

そんな思いがよぎった。



もちろん、
あの時が、そうであって良かった
と思える場面もある。

あの出来事は、
どうしたって嬉しくない。
と思う場面もある。

傷ついてきたことも
たくさんある。


ただ、
もう、ここに来てまで
良し悪しを着けようとするのは
やめよう。

結局、固くなるだけ。


自分の世界で正解を振りかざすだけで、
相手の世界には、影響しないんだ。

そう思えたとき、今までは
「どちらかが正しくなければ安心できない。」
そんな世界を生きてきたのかもしれない。

正しければ評価してもらえる。
正しければ愛される。

そんな思いがあったのかも。


だから、誰かを悪者にして、
「私がしあわせじゃないとしたら、
 あの人のせいです」
と、被害者意識を味方につけて、

崩れてしまいそうな自分を
支えていたのかも。


人はみんな凸と凹を持っていて、
不思議なくらい、
その凸凹でお互いを育て合っている。

そんな聖人めいたこと
認めるには、
今までの人生、なんだったのかと、
悔しくて
すんなり認められない。


最近は、
人を見る目が少し変わった。

それは、
自分を見るようになってきたから。

何に腹を立てているのか。
なんで腹が立つのか。

私自身のことを、優しく見る。
そして、
相手の世界のことは、
相手にお任せする。


白黒つけなくても、
誰かのおかげで泣いて、
誰かのおかげで笑って、
その全部が今の私に繋がってる。


そんな風に思える日は、

世界に対して、
いつでも正しさを証明できるように、
鎧と兜を身に着けて生きてきた。

けれど、
鎧や兜は脱いで、
身軽なままでいる方が、
本当は気持ちいい。

最近は、
そんなやわらかな時間が
少しずつ増えてきました。



🌟いつも読んでくれて、ありがとうございます🌟
🌷こころから、感謝しています🌷



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