第三章 第二話 悲しみの奥にある、大切なもの

第三章 第二話 悲しみの奥にある、大切なもの

記事
コラム

子供の頃から
「泣かないのが偉いこと」と
教わってきました。

転んでも、
注射を打つ時も。

喧嘩しても、
悔しくても、
悲しくても。

泣くのは
いけないことだと。


そして、
悲しむことも、
喜ばれないことだと思ってきました。

前を向けていない。
とどまっている。
そんな印象を受けるからでしょうか。

どこかで、
悲しんではいけない。
そんなふうに思っていました。


だから私は、
どんな時も
何事もなかったかのように振舞うために
感情のスイッチを切って過ごしてきたのです。

いつも笑顔でいようと、
笑おうとしてきました。


でも、
心を見つめるようになってから、

悲しみは、そんなに単純じゃない。


そこには、
我慢してきた苦しさも。

わかってもらえなかった寂しさも。

飲み込んできた怒りも。

いろいろな気持ちが、
重なるように隠れていました。


そして、
泣くことを許して、
まるで子供のように泣いた日は、

その涙のしょっぱさに、
幼少の頃の記憶がよみがえります。

思いっきり泣くと、
気が晴れるというよりも、
泣き疲れる。

そんなことを思い出します。
いまでも、そうです。


悲しみは、
どうして生まれるのでしょうか。


大切な人を失ったとき、
楽しかった時間が終わってしまったとき、
「こうなってほしい」と願っていた未来が
消えたと感じたとき。

こういうとき、心の中には
「本当は、こうだったらよかったのに」
という思いが残ります。

その「こうだったらよかったのに」と
「今ここにある現実」の間にあるものが
悲しみなのかもしれません。


よく考えてみると、
悲しいということは、

それだけ、
大切にしたかったものが
あったということ。


本当は、
叶えたかった望みが
あったということ。

失いたくないものが
あったということ。


もし、
何も大切じゃなければ、

きっと、
悲しみも生まれなかったはず。


私はずっと、

悲しみを遠ざけようとしてきました。

でも、
悲しいという感情を通して
「ここに大切な気持ちがあるよ。」
と、そっと教えてくれている。
そんな気がします。



今は、
悲しいと感じることを
受け入れ、
寄り添い、

涙が出る日は、
そこに素直でいようと
心がけています。


悲しみも、
自分を知るための
大切な感情。


わたしは、
何に傷ついて、
何を大切にしたかったのだろう。

そんなふうに、
自分へ問いかける時間が、
少しずつ増えてきました。


悲しみは、心が「大切と感じている」
ことを教えてくれる声。


あなたの悲しみは、
何を教えてくれていますか。


🌿最後まで読んでくださり、ありがとうございます🌿

この連載では、
母との関係から始まった心の旅を、
少しずつ綴っています。

もしかしたら、
あなたの心にも重なる景色があるかもしれません。

これからも、一緒にゆっくり歩いていけたら嬉しいです。

そして、もし誰かと一緒に心を整理したくなった日には、
その続きを、安心して話しに来てください。


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