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こんにちは!あさひ☀️です☺️
自分が大人になり、親になってみて、
ようやく分かったことがあります。
”母”も”妻”も、一人の人間だったということ。
幼い頃の私は、
「ママ」に感情があるなんて、あまり考えたことがありませんでした。
ママは“ママ”という人で、
疲れないし、弱らないし、
いつも家の中心にいる存在。
どこか「人間」ではなく、
「ママという生き物」みたいに感じていた気がします。
でも今、母親になった私は思うのです。
あの頃の母は、
何を思いながら仕事をし、
何を思いながら子育てをしていたんだろう、と。
私の記憶の中に、ひとつ強く残っている場面があります。
母が職場の男性ととても親しくしていて、
それに対して父が強く怒っていたこと。
当時の私は、何が起きているのかよく分かりませんでした。
今思えば、父は「不倫」を疑っていたんだなって思うんです。
…その真相は分かりません。
母はフルタイムで働いていて、本当に忙しそうでしたし、
そんな余裕もなかったんじゃないかな、とも思います。
…でも。
当時の父の言動を振り返ると、
正直に言うと、
「…不倫されても仕方ないくらい、あなたは母を追い詰めていたよ?」
と思ってしまう私がいるのです。
父はストレスの吐き口のように母に絡むことがあり、
両親の夫婦仲は決して良くありませんでした。
些細なことで喧嘩を繰り返し、
娘の私にとっては、それを聞いているだけでもしんどかった。
「そんなに毎日喧嘩するなら、離婚したらいいのに」
子どもながらに、本気でそう思っていましたね。
今なら想像できます。
喧嘩した翌日、
二人とも家に帰りたくなかったんじゃないかなって。
例えば。
もし自分が、
夫に大事にされていないと感じていたとして。
そこに、ふっと優しい人が現れて、
優しい言葉をかけられたら。
心がホロっと傾いてしまう心理は…
私にも理解できてしまう。
それはさ、 妻だって、ただの「人間」だからね。
そう思うんですよ。
父もまた、不器用だったのだと思います。
甘え方を知らず、
不安を怒りで表してしまう人だったのかもしれない。
でも母もまた、
「母」や「妻」という役割の前に、
ひとりの女性で、ひとりの人間だった。
それを、私は子どもの頃、理解していませんでした。
だからこそ今、時々思うのです。
夫婦であっても、
家族であっても、
「大事にする」「優しくする」「気遣う」ことを意識しなければ
愛情は簡単に消えてしまう。
「家族なんだから分かり合える」
それは、案外幻想なのかもしれません。
だって本当は、
別々の人生を歩いている人間同士。
感情も違えば、
価値観も違うし、
それぞれの機嫌もある。
家族だからといって、
分かり合えて当然!ではないのです。
時々、このことを思い出す必要があるのかもしれませんね。
母も。
妻も。
夫も。
そして、私も。
ひとりの人間なんだ、と。
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人間の弱さも、
「きれいごと」だけじゃない感情も。
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私はここでお待ちしていますよ。