通うだけで自己肯定感のあがる学校⁉

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コラム
先日、キャリア教育を研究している小学校に、講師として呼んでいただきました。
その日の授業は4年生に「表現運動」。タイトルは「海底探検」です。

体育の教科目標を追求することは、広い意味でキャリア教育の求める「基礎的・汎用的な能力」≒「生きる力」を養うことにつながります。
それに加えて、こちらの小学校では「キャリア教育の日常化」を目指し、そこにある「キャリア教育の芽」に着目して実践していました。
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授業では、カードをめくって出た「お題」を即興で動きにします。そして
・   仲間と話してお互いの「よさ」を伝えあう
・   仲間の「よさ」を見つけて自分の表現を広げ、深める
というアプローチをしていました。今回の「キャリア教育の芽」はこの2点でした。
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私は、この授業でのアプローチに可能性を強く感じました。
互いを良く観て「よさ」を伝えあい、表現の質を高めていくことは子どもたちが自分の「つよみ」を意識することにつながります。そしてこれは「表現運動」だけでなく、さまざまな教育活動に広げることができると感じたのです。

すべての教科や総合的な学習の時間、係・委員会活動や行事、それらすべてにこの方法を用いることができる場面があります。
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学校の教育活動全般で、このアプローチが用いることができたら、
学校を「つよみに気づいて伝え合う習慣が身につく場所」にすることができるのです。
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そうすれば日常的に、当たり前のカリキュラムを受けているだけで「生きる力」の涵養のひとつの要素である「自己有用感・自己効力感」ひいては「自己肯定感」の獲得までつなげられる環境をつくることができるのです。
必要なことは「子どもは未来のおとな」であるという私たち「今のおとな」の意識だけです。
特別なプログラムを追加することなく広い意味での「キャリア教育」を実践することができるのです。

ききわけの良い、素直な子」の育成を目的とする時代は終わりです。変化の幅、速度ともに大きく予測が困難な時代を生きる「未来のおとな」たちには「判断・行動・協働する子」の育成という教育観が不可欠なのです。



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