50代60代になり親の介護、頼られる苦しさを知る――遠距離から向き合う心のリアルと支え

50代60代になり親の介護、頼られる苦しさを知る――遠距離から向き合う心のリアルと支え

記事
コラム
「親の介護くらい、子どもがやって当然」
そんな言葉に押し潰されそうになりながら、
それでも親と向き合おうとする遠距離介護の記録。
頼られることがつらくなる、その心のリアルを綴りました。



はじめに

いま、親の介護問題に直面している人は
決して少なくありません。
それぞれの事情や家族関係の中で、
介護の形もまた多様です。
けれど、
親との関係にしこりがあった人ほど、
その一歩が重く、
つらいものになるのではないでしょうか。
私もそうでした。
かつて私を苦しめた「毒親」と向き合いながら、
遠距離介護という選択にたどり着いた、
その記録を綴ってみたいと思います。



第1章 「一人で不安」と言いだした父

「ひとりの方が気楽でいい!」 
「自分の事は自分でできるから。」
そう言い張っていた父が、
入院後すっかり気弱になってしまいました。
退院を控えたある日、
父は病院の相談員さんにこう漏らしたそうです。
「一人で生活するのは寂しいし、不安。」
「本当は、一か月ほど面倒を見てほしいんだ。」
直接ではなく、
相談員さんを通してその言葉を聞いた私は、
正直ショックでした。
実家では
ケアマネさんや民生委員さんが動いてくれて、
手すりやポータブルトイレの設置も済んでおり、
本人も何も言っていなかったのに……。
どうして事情も知らない相談員さんに
そんなこと言っちゃうの?
肝心なことを私に直接言わない不信感。
自分の気持ち次第で、自分に都合のいい事を
第三者に言ってしまう父に、
思わず怒りが湧いてもきました。
もちろん、
冷たくあしらうつもりなんてなかった。
けれど、あまりに当然のように
自己都合で“頼られる”と、
心の奥で反発する自分が顔を出すのです。
「なぜ、全部自分たちが背負わないと
いけないの?」
「自分で生ききる意地はないの?」
そんな思いが胸の内で渦巻いて、
自分でも抑えきれなくなる。
そして、その気持ちを抱えてしまう自分に、
また罪悪感を感じてしまう……。
「私は、冷たい娘なんだろうか」
自分を責めて、悩んで、
答えが出ないまま気持ちが塞いでいく。
そんな状態に、
押し潰されそうになっていました。



第2章 母の言葉が教えてくれたこと

グループホームに入居している母は、
「帰りたい」とは一言も口にしませんでした。
むしろ、
落ち着いた表情で
楽しく過ごしているように見えました。
でも、あまりに父が寂しがるのなら、
いっそ母を退所させて、
また一緒に暮らしてもらったほうが
いいのではないか。
今まで毎日喧嘩しながら、
それでも長年連れ添ってきた夫婦なんだから、
どうなろうと、
最後まで添い遂げてもらいたい。
そんな意地悪な気持ちも頭をよぎりました。
──それは、私もどこかで
「自分がこれ以上背負いきれない」という気持ち
で、この現状から逃げたかったのかもしれません。
母に
「お父さんと、また前みたいに喧嘩しながら
2人で暮らす?」
と尋ねたとき、母はこう言いました。
「掴まれたり叩かれたりしたからね~」
「家では這って歩いてて、
責められたりもしたし~」
その言葉を聞いて、
母はもう以前のように父と二人で暮らす生活には
戻りたくないんだと強く感じました。
母の中にも、
長年積み重ねてきた疲れや痛みがある。
それを無理やり元の生活に戻すことは、
母にとっても良いことではないのかもしれない。
いろんな心の葛藤をしてしまうほど、
父の言葉が私にとって重たく、
のしかかっていたんです。



第3章 受け止めすぎてしまう私へ

遠距離介護で一番つらいのは、
ワガママや要求を言われたときに、
それをすべて真に受けてしまい、
ネガティブに考え込んでしまうこと。
「そんな事まで私が対応しなきゃいけないの?」
「また私が責められてるように感じる……」
距離があるぶん頻繁に帰れないし、
直接手を出すことも難しい。
それなのに、気持ちだけは
ぐいぐい引っ張られてしまうんです。
家族のことだから、無下にできない。
でも、無理に応え続けていると、
今度は自分が壊れてしまう──。
そんな自分の弱さを、
どう受け止めていいのか分からず、
心の置き所を探して
さまよう日々が続いていました。



第4章 私が救われた前向きな言葉がけ

そんな中でも、私達には心強い味方がいました。
ケアマネージャーさんです。
母のことを細やかに見守り、
ちょっとした変化にも気づいてくれて、
私達が離れていても、
母がどんな状態かをきちんと伝えてくれます。
「次にこういう段階を見越しておくと
安心ですね」
「こうしてみましょうか?」
そんな前向きな言葉をかけてもらえるだけで、
どれだけ救われるか分かりません。
そして、父のほうは地元の民生委員さんが
定期的に顔を出してくださり、
何かあれば即座に連絡・対応してくださいます。
自分たちだけではどうしようもないとき、
第三者の存在が本当にありがたいと、
身に沁みて感じています。
結局、今回も──
ケアマネさんや民生委員さんのお力を借りて、
“ベストな介護”に近づくことができそうです。
頼ってもいい!
甘えてもいい!
人に頼ることは、恥ずかしい事じゃない。
それが、介護における「支え合い」なんだと、
今やっと実感できています。



おわりに

遠距離介護は、心がすり減る瞬間の連続です。
離れているからこそ、見えないことも多い。
そして、見えないからこそ、
妄想と不安と罪悪感が押し寄せてくる。
でも、そんなときに必要なのは、
「全部、自分で抱え込まない」
と決めることなのかもしれません。
親のことも大事。
でも、自分の人生もまた、大切にしていい。
そう思えるようになったのは、
支えてくれる人たちの存在があったからです。
少しずつ、距離のある介護でも、
“心の距離”だけは近く、
あたたかく保っていけるように。
そんな思いで、
これからも向き合っていこうと思います。
今回は、毒親との距離、遠距離介護、
そして“頼られる苦しさ”。
実体験から生まれた、心のリアルを綴りました。
同じような葛藤を抱えている方に、
少しでも届きますように。
もし、この記事があなたの気持ちに少しでも
寄り添えたなら嬉しいです。


50代、60代で今同じように悩む方、
そして、
将来の事で悩んでいる30代以上の方の
参考になったら、と願っています。



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