毒親育ちでも、私はちゃんと親になれた──親のようにならないと決めた私の子育て記

記事
コラム

子どものために「離婚しない」という選択、

本当に正しい?

「本当は離婚したい。でも、子どものことを
思うと踏み切れない…」
そんな想いを抱えている方は、
きっと少なくないと思います。

今は昔ほど「離婚=悪いこと」とは
されなくなってきました。

でも、いざ行動しようとすると、不安が
次々に押し寄せてきます。

──経済的にやっていけるだろうか
──子どもをひとりで育てられるの
 だろうか
──片親にしてしまって、本当に幸せに
 できるのか…

そして何よりも一番大きな心配は、
やっぱり子どもの心ですよね。

「大好きなパパ(ママ)と引き離して
しまうなんてかわいそう」
「大きくなってから“なぜうちは片親なの?”
って聞かれたら、何て答えればいいの…?」
悩むのは当然です。

親だからこそ、子どもを傷つけたくないと
思う。

「自分が我慢すれば、子どもは傷つかずに
済む」と思ってしまう。

その気持ち、私もとてもよくわかります。

なぜなら私自身が、離婚をためらいながらも
子どもと向き合ってきたからです。

でも私は今、こう思っています。

「親の関係が悪いまま続く家庭」より
「親が自分の人生を取り戻して、
心から笑える家庭」の方が
子どもにとってもきっと幸せな選択だった。

そう思えるようになるまでには、
たくさんの葛藤や
後悔、試行錯誤がありました。

でも、
ひとつだけはっきりと言えることがあります

私は、あの家庭で育ったからこそ、
あの両親のようにはならないと心に決めて、
親になりました。

そして、たくさんの不安を抱えながらも、
子どもとちゃんと向き合ってこられたのです

■ 私の育った家庭──喧嘩の絶えない家で

私の父は94歳、母は93歳。
今も健在で60年以上連れ添ってきました。

傍から見れば
「長年連れ添ったおしどり夫婦」
と映るかもしれません。

でも、私にとっては決して「仲のいい夫婦」
ではありませんでした。

家の中では、ほとんど毎日と言っていいほど、
激しい夫婦喧嘩が繰り広げられていました。

母は口が達者で父はいつも言い負かされる側。

そのやりとりを、私は子どもながらに
いつも息をひそめながら聞いていました。

怒鳴り声が響き、物音がしたとき、
私は体をこわばらせていた。

「また始まった…」「もうやめて…」

そう心の中で何度も叫びながら、
静かにやりすごしていました。

父と母が喧嘩をするたびに、母は
「もう別れる!」と叫んでいました。

でも、結局別れることはなく、
その言葉だけが
空しく何度も繰り返される。

そんな環境の中で、
私はずっと不安を抱えて育ちました。

「今日もケンカになるのかな」
「お父さんとお母さん、今度こそ本当に離婚するのかも」
「私はどっちについていけばいいんだろう」

心はいつも張りつめていて、
安心できる時間なんてほとんどなかった
気がします。

親の影響は、思っている以上に心に残る

私は、
いつしか自分の気持ちを言葉にすることが
怖くなっていました。

何かを言ったら、
相手を怒らせてしまうんじゃないか。

言い返されたら傷つくかもしれない。

だったら黙っていた方がいい──

そうやって何度も言葉を飲み込みました。

「結婚=幸せ」なんて、
まったく思えませんでした。

家族の笑い声を聞いた記憶よりも、
怒鳴り声や泣き声の方が鮮明に残っている。
だから私は、
大人になっても「家庭」というものに
夢を持てなかったのです。

ここから先は、
「毒親育ちだった私が、どうやって
自分の家庭を築いたのか」
について、
実際の経験をもとにお話ししています。

もしあなたが、
親になることに不安を感じていたら・・・

その気持ちごと、
受け止めて読んでみてください。

私は、いつも心のどこかで
「自分は親のようにはならない」
と、強く思っていました。

同じようにはなりたくない。

絶対に子どもに同じ思いはさせたくない。

そう思って生きてきました。

■ 親になったとき、私が決めたこと

私はやがて家庭を持ちました。

でも、
結婚生活は長くは続きませんでした。

いろいろな理由がありました。

今振り返れば、
我慢や遠慮ばかりしていた私の
「自分を守るクセ」が、
夫婦関係を壊してしまった部分も
あったのかもしれません。

そして、私はシングルマザーとして
子どもを育てることになりました。

最初は本当に不安だらけでした。

経済的な不安、世間体、孤独──

そして何より、
「自分が子どもにとっていい親で
いられるのか」という不安。

「私はあんな家庭で育った。

愛され方も、接し方も、
教わってこなかった。

そんな私に、
子どもを育てられるんだろうか──」

自信なんてまるでありませんでした。

それでも、私は決めたんです。

絶対に親のようにはならない。

子どもにだけは、
あの時の私と同じ思いをさせたくない。

「反面教師」にしてつくりたかった家庭

私が子育てで大事にしようと
心に決めたことが3つあります。

◎怒りを子どもにぶつけないこと
 疲れていたり、イライラすることはある。
だけど、それを子どもにぶつけるのは違う。
子どもの前で大声を出さないよう、
深呼吸をして気持ちを整える練習を
何度もしました。
◎子どもの話をちゃんと聞くこと
 母には話を聞いてもらえた記憶が
ほとんどないからこそ、「今、話せる?」
「そう思ったんだね」と、できる限り丁寧に
向き合うように意識しました。
◎「安心できる場所」をつくること
 喧嘩のない家、笑える家、泣ける家──
 子どもにとって「自分の居場所」と思える
空間にしたかった。
 シングルでもできることはたくさんある。
そう信じてやってきました。

子育ては、大変。でも──

もちろん、うまくいかない日もありました。
子どもにイライラして、
思わずきつい言葉をかけてしまった日も
あります。

でも、
そんな時は必ず後から「ごめんね」と
謝りました。

「ママ、今日は余裕がなかった」と
自分の気持ちもちゃんと伝えるように
しました。

完璧な親にはなれないけど、
「あの家庭とは違う形」を、
自分なりにつくる努力はできる──

そう思って毎日を積み重ねてきました。

私の子どもたちは、今では明るく、
よく笑い、よく話してくれます。

ときどき一緒に泣いたり、笑ったりできる
関係が築けている今を、
心から嬉しく思っています。

伝えたいこと──毒親育ちでも、親になっていい

私は、自分が育った家庭を
心から好きになれませんでした。

喧嘩ばかりの両親、いつもピリピリした空気、
「安心して過ごす」なんて感覚は、
ほとんど味わえなかったと思います。

そんな家庭で育った私は、
長い間ずっとこう思っていました。

「私は親になってはいけない」

子どもを持ったら、自分も親のように
なってしまうんじゃないか。

無意識に傷つけてしまうんじゃないか。

そう思うと、怖くて仕方なかったんです。

でも──
いざ自分が親になってみて、
気づいたことがあります。

たとえ毒親に育てられたとしても、
たとえ愛され方を知らずに
大人になったとしても、
自分の選び方次第で、「新しい家庭」
をつくることはできるということ。
「こうはなりたくない」
と強く思う気持ちは、
「どうしたら大切にできるか」
を考える力に変わります。

「親みたいにはならない」と決めることは、
「自分なりのやり方で愛する」覚悟を
持つことでもあります。

私は、私のままで親になれた

私は今、自分が歩んできた道を振り返って、
はっきり言えることがあります。

毒親育ちでも、
アダルトチルドレンでも、
傷だらけの子ども時代を過ごしてきた
としても、
過去は変えられないけれど、
「子どもに渡す未来」は、
自分の手で選ぶことができます。

私はあの頃の自分も、
あの家庭も、
今も、
全部抱えながら、それでも今日も、
子どもと一緒に笑っています。

最後に──今、悩んでいるあなたへ

「私に親が務まるのか」
「自分が育ったようにしか、
子育てできないんじゃないか」
そんなふうに思っている方がいたら
私は伝えたいです。

大丈夫。

あなたは、ちゃんと変えられる。

自分を責めなくてもいい。

自分の過去と戦わなくてもいい。
「こうありたい」と思うあなたの気持ちが
もう十分に子どもを守る力になっているから。

毒親育ちでも、
あなたは、ちゃんと親になれます。

そのことをどうか忘れないでくださいね。

不安になったり自信がなくなったりした時は
私と
お話しましょう(*^▽^*)







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