こんにちは。
「人間形成の場」エンパワLaboの有岐です。
皆さんは 「正直者は損をする」、この言葉どう思いますか?
倫理観の違う人が増えて、日本の秩序が守られなくなってきた…
最近そんな風に感じていないでしょうか?
ゴミを見れば、そこに住む人間が分かると言いますよね。
「今だけ、金だけ、自分だけ」、
そんな私利私欲にまみれた「ズルい人が勝ちやすい社会」。
・嘘OK
・操作OK
・責任転嫁OK
・ルールの穴を突く
・バレなければ何でもOK
「正直者は損をする」 今まさにその最中で生きている私たちは、 一体どうしたらいいのでしょうか。
🟩「獲得量」だけで勝敗が決まるゲームの限界
現代社会の多くの制度は、「渇愛のルール」で成り立っています。
”渇愛(かつあい)”とは、
もっと欲しい、失いたくない、人より上にいたい という 「不足感を埋めようとする人間の心」です。
言い換えると、 人間の「欠乏感」の心理を前提にうまく設計されている社会なのです。
例えば:
・成果主義(より多く取った人が勝ち)
・競争社会(他者より上に立つ)
・株主利益最大化
・タイパ・コスパ思考
・フォロワー数・評価・ランキング…
「より多く獲得した者=価値がある」
全部ロジックが同じですよね。
安心や徳ではなく、 「量」と「比較」で価値を決めている世界です。
その世界で行われるゲームの目的は、
倫理的な「正しくあること」ではなく、 「より多く取ること」です。
すると、
誠実かどうか、思いやりがあるかどうかなんて関係なく、
ましてや、真実かどうかなんて、二の次になります。
「勝ったか」「儲かったか」「上に行ったか」
これだけになります。 —その世界の評価に「倫理」は存在しないのです。
そもそも倫理観を守る国民は、 「これは正しいか?」を常に考えています。
行動に「制限」というブレーキがかかります。
しかし、
「勝てばいい」と考えると、そこには制限はありません。
どちらが早く、強く動けるでしょうか? —明らかに後者です。
だから、「渇愛のルール」、つまり “獲得量だけで勝敗が決まるゲーム” では、
ズルい人が理論的に有利になってしまうのです。
ここからは私の意見です。
でもそれでは、人は猿山の猿と同じやと思います。
人間の脳は、そんな「浅はか」なこざかしい生き方の進化のために発達してきたのでしょうか。
そんなすぐ剥がれる”メッキのような嘘”を取り繕い、 バレないかを恐れ、緊張して、慢性的に策略を上塗りする。
嘘や不義は、常に「自己分裂」を生みます。
そして、心の平安を失い、一瞬の快楽の奴隷になっていきます。
お金、女性、薬、お酒、ギャンブル…
ゲームを支配しているつもりが、
ゲームに操作されているのに気づかないのです。
得した、有利に立てたのは一瞬だけ。 分かっているんです、いつも薄氷の上に立っていること。
🟩長期的に崩壊していく「利己的」な集団
いつも信頼を失い、人が離れ 常に不安で、内なる心は荒れている。
長期的に見ると、
このゲームの世界は、速く強いように見えて、 ゆっくりと内側から崩壊していくのです。
私たちが今目にしている「恐れと利害だけで動く集団」は、 実は「最も壊れやすい集団」でもあります。
なぜなら、
そこには「損をしてでも支えたい」という利他的な「義」が存在しないからです。
そんな集団が作る世界システムでは、 「損をしたくない」個々人が、真っ先に自分の利益だけを持って逃げ出し、 「監視システム」が”攻撃”に変わり、責任を他人に押し付けけあう。
結果、
会社や国は、そこに生きる人々の利益を「喪失」する負の連鎖が起こるのです。
ひとたびシステムが利を生み出せなくなった瞬間(経済危機や災害など)、 全員が即座に互いを見捨て、蜘蛛の子を散らすように瓦解(がかい)するからです。
長く続く国や組織、人物は、 例外なく「義・勇・仁」の三位一体を持っています。
これらは、私たち日本人が持つ「丹」のエネルギーと、実は関係しているのです。
本日は、
人間の身体に存在する”エネルギー発生装置”のお話です。
それは、単に「役割りや効能」だけの薄っぺらい話ではないのです。
エネルギーは、日々の生き方の中でこそ、 大きく着実に変容していきます。
呼吸や瞑想、身体の修練や学びは、あくまでもそのベースなのです。
日々をどう生きるか、
その「実践」こそがエネルギーを作り出す最も大切な鍵なのです。
今日は、深い側面からのチャクラお話。
最後までゆっくり読んで頂けると嬉しいです。
🟩チャクラとは何か?
「チャクラ(Chakra)」は、古代インドの精神文化から生まれた概念です。
それは、サンスクリット語で、
「車輪・円・回転するもの・中心から広がる力」を意味します。
電気のコイルも台風や竜巻、そして宇宙も…
エネルギーは全て、回転と膨張の力学で強く大きくなります。
私たちの身体も同じ。
身体の中心線の上に、そのエネルギーのスポットがあるのです。
チャクラという言葉を聞くと、 「スピリチュアル」 「特別な能力」 「限られた人の世界」 そんな印象を持つ方もいるかもしれません。
でも 昔から、 「腹が据わる。胸が詰まる。」
そんな風に、私たちが日常使う日本語の表現の中に、身体と心を表す言葉が自然に入っています。
実は、人間の身体のエネルギーが発生する要所を
インドのヨーガ、東洋医学、内丹術、武術が、
発祥や「理論」こそ違えど、それぞれの文化が異なる言葉で説明しているだけなのです。
怪しいものでもなく、逆に医学的に現代では立証されている概念だと言えるでょう。
・・・
🚩日本の知恵「丹田」が教える生命の力
日本には、昔から「丹田」という言葉があります。
「丹」とは、古来水銀と硫黄を結合してできた、鮮やかな赤色の天然鉱物を「辰砂(ちんしゃ)」と呼び、それを精製して作った薬を「丹」と呼びました。
現代では、「水銀=毒」という認識ですよね。
しかし、古来の東洋においては、「色褪せない赤色」に永遠の生命力を感じ、 そしてその防腐作用により、不老不死の薬だと信じられていました。
実際に「丹薬」として、司馬遷による歴史書『史記』にも、
始皇帝が不老不死の薬を求め、水銀を含む丹薬を常用していたことが書かれています。
日本の古い神社や高松塚古墳などの壁画に使われている赤色は、
この「辰砂(ちんしゃ)」丹が原料です。
千年以上たっても色あせていない力。
だからこそ、古代人は人間の持つ、人智では計り知れないエネルギースポットを「丹田」と呼んだのです。
🚩チャクラと丹田の関係
丹田には、「上丹田・中丹田・下丹田」があります。
そして実は、チャクラの位置と丹田は同じ場所に位置するのです。
▪️下の丹田(肚):2番チャクラ
▪️中丹田(みぞおち・水月):3番チャクラ
▪️上丹田(額・松果体):6番チャクラ
「人生」という道を、私たちは、身体という車に乗って走っています。
そのハンドルをしっかり握って進むためには、
車体であるお腹(下丹田/2番チャクラ)に、たっぷりのガソリン=生命力が必要です。
そして、
ハンドル(中丹田/3番チャクラ)は、「私はこう生きる」という意志を制御し、ハンドリングする場所。
その満タンのガソリンと完璧なハンドル操作があっても、行先がわからないければ迷子になります。
上丹田(6番チャクラ)は、
直観とひらめきを受け取り、自分の人生の「目的地」をパッと照らしてくれるカーナビのような存在なのです。
6番チャクラは、
自分軸を支え、外側で起きることを正しく見るための「曇りのないフロントガラス」。
ここが曇っていると(思い込みや雑念が多いと)、外の世界が歪んで見えてしまいます。
フロントガラスをピカピカに磨かれた状態にするには、
まず、首から下をどっしりと整えること。
そこで初めて、目の前の出来事を「鏡」として正しく映し出し、真実をありのままに捉えることができるようになります。
すると、
あなたを乗せた車は、 外側の嵐に振り回されることなく、最高のドライブを始めるのです。
🟩東洋医学とチャクラの概念
私たちの身体には7万2千本の気の通り道があると言われます。
そして背中に沿って、神経が束になって集まる箇所が3か所あり、 そこを「神経叢(しんけいそう)」と呼びます。
東洋医学で言う、神経の束がまさにチャクラと同じ場所なのも偶然とは思えません。
🌿 尾骨神経叢(びこつしんけいそう): 1番チャクラ
日常、常日頃から不安や心の焦りを感じていませんか?
腰から下の体勢を変え「姿勢の支点が整う」ことで「心の軸」は作る事が出来ます。
尾骨神経叢(1番チャクラ)は、
背骨の最下部に位置し、身体を支える支点であり、骨盤の底(骨盤底筋群)と密接に関係があります。
尾骨付近を「支点」として意識できると、自然と足裏(親指・踵)に重心がきます。
さらに、骨盤底を安定させると、上半身の余計な力が抜け、呼吸は深くなります。
尾骨神経叢のエリアは生存本能を司る箇所。
ここが活性化し、どっしりと落ち着いていると、
日常で起こる「焦る事態」に対しても過剰な恐怖を抱きにくくなります。
反応しない、揺るがない心(不動心)—自然と身体が心に影響を及ぼすのです。
逆に、姿勢の支点が崩れる(猫背で骨盤が後傾したり、反り腰で不安定になる)と、
脳はそれを「転倒の危険」や「身体の緊張」と解釈します。
すると脳は「緊急事態」を自動的に宣言するので、
身体は交感神経が優位になり、「戦いホルモン」が排出されます。
何気ない姿勢、
それが心に心理的な不安や焦燥感が広がる原因となっていたりするのです。
世間や周りを恐怖に感じると、私たちは自分を必死に守ろうとします。
自分の存在価値を無くさないため、立場を守るため、状況が悪くならないようにと、
▪️相手の課題を引き受け
▪️自己犠牲をして
▪️相手との境界線を自分から取り去り
▪️自分が先頭だって解決しないといけないと焦る
気づけば、自分だけいいように扱われ、感謝されず、
しかも、自分からその場所に座りに行っていることに気づかない。
自分を見てくれる人を信じすぎて、その袖を離すことが怖くて、
結局、いいように扱われていないでしょうか。
内丹術の呼吸や瞑想は、「姿勢の支点が整う」状態が基本です。
人間の身体の構造は、無料の薬の宝庫なのです。
身についたものはなくならない。一生、自分を支える事ができます。
🌿 仙骨神経叢(せんこつしんけいそう):第2チャクラ
第2チャクラと対応する仙骨神経叢は、まさに「生命の器」である骨盤。
仙骨は英語で "Sacrum"(聖なる骨) と呼ばれるくらいです。
「骨盤内の神経ネットワーク」は、自律神経の要。
私たちの内臓の動き、思考や感情、それらを操るのが、 「骨盤内の知られざる司令塔」です。
腸は「第2の脳」と呼ばれるほど、心や精神に密接に関連している場所なのは有名です。
この、エネルギーの貯蔵庫にたっぷりの「水」を貯え、土台をどっしりさせることが、 3番チャクラの「制御・コントロール」に必要な要素となります。
過去ブログに「骨盤内の神経ネットワーク」を解説しています。良かったら読んでみて下さいね。
第2チャクラは、「丹の充足」。
乾いた大地に生命の水が染み渡り、内側から潤いが溢れ出す。
あなたの「丹のコップ」を「欠乏」から「豊穣」へと変化させるのです。
私たちが外側に刺激や承認を求めて彷徨ってしまうのは、
この場所が空虚で、常に「足りない」という乾きを感じているからです。
しかし、この器がエネルギーで満たされ、あなたの「丹のコップ」が溢れ始めると、
「自分は、(ダメな自分でもいい)ただ存在してもいいんだ…」、
自然とゆっくり心に安定感が定着してきます。
他者の評価で自分を満たすのではなく、
自らの内側から湧き出る熱源によって、自分という存在を肯定し、慈しむこと。
2番では、
「今まで他者からの評価、認められることで、自分の存在価値が許されると感じていた」 その安心を求め続けていた事実に気づく。
そして、
自己犠牲によって、他者に分けるはずの「自分のコップ」に水が少ない事に気づく。
他者や自分へ期待、そしてそれが満たされない不足感、渇愛を求め続けていたこと。
そして、
まずは自分を満たすことが大切だと気づき始める。
その感覚の「気づき」が生まれてきたら、次なる3番チャクラの準備が整うのです。
🌿太陽神経叢(たいようしんけいそう):第3チャクラ
ここは、胃の背側に位置する巨大な自律神経のネットワーク。
・1番チャクラ:生存(根)
・2番チャクラ:ガソリン=生命力
・3番チャクラ:「自分軸のハンドリング(自分を律する力の中心)」
内丹術では、下位のチャクラから順番に完成させていきます。
どんなにハンドルを持っていても、
車体が砂上の楼閣のように不安定では、 ハンドル操作ひとつで自滅してしまいます。
「下」が整って初めて「中」が機能するのです。
下位チャクラが整い、たっぷりのエネルギー(水)が重厚に溜まって初めて、 3番チャクラは「重く、静かな鏡」になります。
3番は、あなたの「今の性格の状態」です。
原因の種を自分の中に見つけ、「自覚の火」を灯す。
これが3番チャクラの”真の活性化”です。
ここどっしりと落ち着き、静かになると、それはまるで風ひとつない湖「水鏡」になります。
その時初めて、 自分軸という「月」や、周りの状況という「景色」が、ありのままに映し出されるのです。
水面が波立っている状態は、外からの刺激に対してただ「反応」してしまっている状態です。
外からの衝撃を「ただの波紋」として受け流して、 自分の意志で冷静にハンドルを回す。
3番は「自分を律する力の中心」。
多くの人が「自律」を「やりたいことを抑えること」だと勘違いしていますが、
律するとは「無自覚な反応」を「自覚的な選択」に変えることなんです。
「自律」とは、エゴの暴走を「自覚」という火で溶かすこと。
あなたは、人生を
「外から襲ってくる出来事との戦い」だと思ってしまっていないでしょうか?
私たちは通常、目の前の出来事に対して、 嫌な事があれば怒り、不安になれば焦る。
そして、 どうにかして現状を変えようと、もがき苦しむのです。
それは、無自覚に湧き上がるエゴに振り回されてしまっている状態。
この「暴走」している無自覚な反応の状態から、
「なぜ私は今、焦っているのか?」
「私の中のどんな種(エゴ)が、この状況に反応しているのか?」
と自分に矢印を向けた瞬間、
3番チャクラの”炉”は、「自覚」という火を灯し始めます。
「相手が悪い」「運が悪い」と外に原因を探している間は、 第3チャクラのハンドルは握れません。 —エゴを「殺す」のではなく「手なずける」
律するとは、
エゴを無理やり押さえつけることではなく、暴走しようとするエゴを冷静に眺めること。
自覚されることで、エゴの衝動は力を失い、 純粋なエネルギーへと還元され消えます
🌿自分を理解する
自分の中の未消化の感情の根底にあるのは、
「こんな自分だったら、見捨てられるんじゃないか。」
「1人になってしまうんじゃないか。」
「生きていけなくなるんじゃないか…。」
—自分の「恥・劣等感・怖れ」です。
「自分を律する」とは、
『心の湖』の波が、どんな思いから出ているのかを観るということです。
自分の奥深くの声を聞いていると、だんだん 「妄想」の恐怖の正体がわかってきます。
恐怖におびえ、目の前の出来事を何とかしようと焦っている。
でも、 何も根本的には変わらないことを知っている。
だから、「感情」が湧き出てくる…
そんな心の動きに気づいてくるんです。
3番が整ってくると、 衝動と行動の間に「一瞬の間」が生まれてきます。
「 一旦停止」、それがすべてのエネルギーを大きく変えます。
「自分を律する」というと、 なんだか自分を厳しく縛るようなイメージがあるかもしれませんが、
本当の「自律」は、もっと静かなんです。
「自分を理解する」自分への優しさそのものです。
3番チャクラは「今のあなたの性格の状態」。
今の自分の感情の「塊」を静かに冷静に、ゆっくりと1つ1つ紐解いていく作業の段階です。
下位の土台があるからこそ、 自分を満たしながら「水面の波紋」を観ることができます。
水面が綺麗に澄んでいれば、 「行くべき方向」を正確に読み取ることができるのです。
そして、 迷いなく、でも力まずに、スッと人生のハンドルを握るように
「自分らしく生きる」ことができます。
腹が立つのも、
傷つくのも、
本当は「自分の中にまだ触れていない部分」が手付かずなだけ。
今までは嫌だと思う出来事に「ばんそうこう」を貼って
すぐになんとかしようと焦り、でもどうにもできず
自分を、他者を責めて戦っていた。
少しずつ
「ああ、ここに引っかかっていたんだな」
と気づく。 そして、気づいた分だけ、
感情は自分軸のエネルギーに変わっていきます。
嵐が減って、
同じ出来事でも、前ほど揺れなくなる。
変わるとは、
何かを足すことではなく、ゆっくりゆっくり、
一杯着ていた「鎧」を脱いで、
本来の自分に還ることやと思うんです。
今日は外側に振り回されない「自分らしく生きる」、
「自分という器」を整える、土台のお話でした。
でも、内なる「丹」の物語は、ここからが本番です。
次回は、この整ったエネルギーがいよいよ胸へと上がり、 あなたの生き方をガラリと変えていく、
さらに深いお話をしようと思います。
そして、その先に待つ「天との共同作業」とは――。
次は、いよいよ「心」の扉を開いていきます。 どうぞ、楽しみにしていてくださいね!
本日も最後まで読んで頂き、 本当に有難うございました。
氣功師の有岐でした。